青祓のネタ庫
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悪魔の血を引く子供など汚らわしい。
それが、母が死んでから人から最初にかけられた言葉だった。
正十字国のはずれには小さな町があった。
町と言うよりも、村に近い小規模な集落だ。
ただ、国境からは遙かに遠く内陸に位置していたため村は貧乏な暮らしの者は多いけれど平和に暮らしていた。
町の片隅には少し変わったある親子が暮らしている。
母の名はユリ。子供は兄を燐、弟を雪男といった。
兄弟は二卵性の双子で、弟の雪男は未熟児で体が弱くよく倒れては
母や兄に心配をかけるような子供だった。
双子の母親ユリは美しい女性であった。
町の者は皆、行き倒れるようにしてこの町にやってきた母の姿を覚えていた。
身重の体でも、粗末な食べ物を前にしても人に感謝を忘れない。
まるでどこかの貴族の女性のような振る舞いがユリからは感じられた。
どんな時でも、美しく気高さを忘れないような女性であったと。
ただし、料理が苦手だったことは兄弟の中でも特に印象に残っている。
目の前の皿には、紫色の液体が浮かんでおり、
兄弟はお互いに顔を見合わせて母親に声をかける。
「母さん、これなに?」
「何ってスープよ」
「何の?」
「さぁ・・・なにかしら」
母はおっとりと笑うだけだった。
なにかしらって作ったのにわからないの。材料を聞きたいけれど聞けなかった。
この家が貧乏なことはよくわかっている。
救いとして口に入れて倒れるようなものではないが、
進んで食べたいものでもないのが問題だ。
燐はちらりと隣にいる弟の雪男の様子を確かめた。
雪男も我慢をして食べているのが目に見えてわかる。
雪男はついこの間も風邪で寝込んだばかりだなので、ご飯を食べて栄養をつけなければならない。
母は子供のためを想って行動しているのだが、苦手なことばかりはどうしようもない。
なんでも料理をあまりしたことがないらしいので勝手がわからないそうだ。
母も子供に食べ物を与えることをなにより優先しているので、
体の線も日に日に細くなっていく。このままではいけない。
燐は家族のために立ち上がることを決意する。
ある日、燐は家から持ち出した果物ナイフを持って森に来ていた。
森の中には木イチゴやブルーベリーがなっているので村の者たちもよく立ち入ることがあった。
けれど、それはあくまで森のごく浅い部分での話だ。
森の奥には獣が多く潜んでおり、仕留めれば肉には困らない。
けれど、それも仕留められればの話。
野ウサギや鳥がいるということはそれを狙う狼も潜んでいる。
特に、子供だけで森に入ることは村でも禁止されていた。
燐は木イチゴを摘んで腰に下げた袋に集める。
母や雪男へのお土産だけど、お腹が空いたらつまむのもありだろう。
燐の目的は、この森の奥だ。燐は辺りの様子を伺いながら藪の中を進んでいった。
時折立ち止まっては身を潜めるのは、獣の気配を察知しているからだ。
普通の人間では気づかないような足音や、葉のこすれる音。
燐の五感は研ぎすまされていた。燐の瞳は青く光り、暗闇に潜むものを見つける。
燐は穴から飛び出したものに向かって潜ませていたナイフを投げる。
子供の力とは思えない勢いで飛んでいった刃は、獲物を一撃で絶命させた。
草むらに血を流して倒れ込んだものを、燐は毛皮を掴んで持ち上げる。
野ウサギだ。それも大きい。
これならおいしいし栄養になるだろう。
濁っていくウサギの瞳に向けて、一言ごめんな、と呟いた。
食べていくためとはいえ、燐は初めて生き物を殺した。
その事実に、恐怖がないといえば嘘になる。
けれどもそれ以上に胸が躍っていた。
「母さんたち、よろこんでくれるかな」
燐の手はウサギの流した血で真っ赤だった。
その血に向かって陰から何か虫のようなものが近寄ってくる。
魍魎だった。死と血のにおいに引き寄せられたのだろう。
燐は魍魎の正体はわからないが、イヤなものであることは察知したらしい。
魍魎に向かって、にらみをきかせた。
「寄るな」
途端に、魍魎はぼうっと青い炎に包まれて消えていった。
燐は驚いた。
魍魎が消えたことはもちろんだが、自分の体から一瞬だけ同じ炎が出たのが見えたからだ。
燐は近くにあった葉に向けて同じようなことをしてみた。
するとどうだろう、青い炎が葉を跡形もなく消していった。
次に燐は手のひらに炎を宿すイメージを持ってみる。
そうするとほんのりと暖かい炎が、自分の手のひらに宿った。
なぜ自分がこんな力を持っているのかはよくわからなかったが、
子供心から単純に便利だと思った。
この炎があれば、寒い夜には暖まることができるし、
料理に使う薪だってあまり使わずに済むかもしれない。
俺は、家族の役に立つことができるかもしれない。
燐は獲物を持って、駆けていった。
早く、早く。
二人の元に戻って見せてあげよう。
きっと喜ぶだろう。
「でも他の人も、できたりすんのかな」
もしかしたら雪男ならできるかもしれない。
自分たちは双子だから、自分だけができるなんてことはないだろう。
燐はそう思っていた。
死んだウサギは自身の体重を自分で支えなくなるのでどんどん重くなっていく、
普通の子供なら持って走ることが難しいことを燐は知らない。
そして、獲物を横取りする存在がいることも。
燐の持つ獲物の血の臭いに惹かれて、狼が目の前に飛び出して来た。
***
「兄さんどこに行っちゃったんだろう」
雪男は兄の姿が見えないことを心配して、家の周囲を散策していた。
母も今朝から姿を見ていないらしい。
この村は平和だけれど、人さらいだってこのご時世珍しい話ではないのだ。
兄は元気が良すぎてすぐに雪男の足では届かない遠くへ行ってしまう。
雪男はそれが歯がゆかった。
この前も森に入ってせめて薪くらいは取ってこようと思ったのに
母に見つかって止められてしまった。
二人には心配をかけてばかりだ。
どうして自分と兄はこんなにも違うのだろう。
もっと僕が体が強かったらこんなに心配をかけることもないし、
役に立つことだってできるのに。
雪男が兄さんと再度呼ぶと、遠くの方から声が聞こえてきた。
森の方からだった。よかった、日が暮れる前に戻ってこれたのだ。
雪男は手をふって、燐に呼びかける。
「兄さん、母さんが心配して―――」
言おうとした言葉は途中で途切れてしまった。
燐は、体中血にまみれていた。手にはウサギを、背中には狼を担いでいる。
毛皮は血で染まっており、そのどちらも事切れていた。
燐は平然とした顔をしている。
兄さんが、殺したの。
雪男は恐怖にかられながらも、燐に駆け寄って声をかける。
「いったい何があったのッ!?」
「こいつが襲ってきたから、倒した。毛皮って売れるのかな」
「そんなことより怪我してない?みせて!」
燐の腕をみれば、布が巻いた跡があった。
その布をどけて確認をするけれど、怪我は大したことはなさそうだった。
聞けば、狼に噛まれたらしい。
それでも燐は笑っている。
「痛くないから大丈夫だって」
「でも・・・」
こんなにすぐ怪我が治るなんて。
兄さんは僕とは違って元気だからそうなのかな。
雪男の疑問は浮かんでは消えていく。
燐が獲物を捕ってきたことは家計を助けるけれども、
燐が危険な目に遭うことは容認できない。
こんなに心配かけさせておいて、大丈夫ってなんだよ。
雪男が燐に向かって怒る前に、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。
「燐!!!森の中でいったいなにやってたの!!!」
振り返れば、ユリがものすごい勢いで怒っている姿が見えた。
燐は思わず背負っていた狼をぼとりと落とした。
足が震えている。襲ってくる狼は怖くないけれど、母の怒りは死ぬほど怖い。
結局燐は、獲物を捕って帰ってきたことは二人に大変ほめられたが、その倍以上こっぴどく叱られた。
「だって、母さんたちよろこぶと思ったんだもん」
「食べ物を取ってきてくれたことはとってもうれしいわよ、
でもね燐がその為に怪我したら悲しいわ。
私たちのために自分を傷つけたりしないで。それをわかって燐」
「そうだよ兄さん」
「・・・うん」
「これからはせめて、森に入るときは私に言わなきゃだめよ。
それも、奥まではいかないこと。戻ってこられなくなったらどうするの」
「俺、道くらいわかるもん」
燐の五感がどれだけ優れているかは、普通の人間である母や弟には理解できないだろう。
燐が当然だと思ってやっていることは人にとってはとても難しいことなのだ。
ユリは燐の頬をつねって引っ張りあげた。おお伸びる伸びる。
餅のように伸びる兄の頬に、雪男は感心した。
ユリは聞き分けのない息子に屁理屈を言わない、とびしりと言い放つ。
雪男はその様子を苦笑しながら見守っていた。
この家には、あたたかい家族があった。
貧乏かもしれないけれど幸せの形が確かにできている。
取ってきたウサギは、新鮮なこともありそのまま焼いて食べることにした。
ユリが薪の準備をしようとしたところで、燐が暖炉に向かって手をかざした。
「そうだ!こうすれば簡単だよ、母さん」
暖炉に残っていたわずかな薪を頼りに、青い炎が灯る。
雪男はその光景を、とてもきれいだと思った。
兄は本に出てくる魔法使いみたいだとも思った。
けれど、母は違ったらしい。
「嘘でしょう・・・」
集めていた薪を床に落とす音が、家の中に響いた。
青い炎に照らされた母の顔は真っ青だったことをよく覚えている。
母さんが亡くなったのは、それからすぐのことだった。
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