青祓のネタ庫
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燐その力を使ったりしないで。
その力は悪いものを呼び寄せるの。
絶対に、何があっても使ってはだめよ。
母は、燐の手を握って繰り返しそうつぶやいた。
あの夜を境に燐は一度も炎を使っていない。
母は、この力をよくないものだと思っているらしい。
燐は二人の役に立てるのではないかと思っていたのに。
どうして、そんなことを言うんだよ。
この炎があれば夜の寒さに肩をふるわせることもないじゃないか。
燐は体が丈夫だが、母や雪男は体が弱い。
二人が寒さに怯えずに過ごせるのなら俺はこの力を使いたい。
なんで使っちゃだめなんだよ。
燐は母にそう訴えた。
ユリはそっと燐の頭を撫でる。
「燐はとっても優しいのね。
ありがとう、でも燐の力を使おうと悪い人たちが寄ってくるかもしれないの。
母さんはそれが心配なのよ」
「平気だよ、俺力強いから追い返してやる」
燐はベッドに横たわる母にそう語った。
ユリはもう起きあがることもできなかった。
あれからすぐに村に疫病が流行り、体の弱いものは次々に倒れていった。
ユリもその疫病と見られる症状が出ており、家には人が寄りつかなくなった。
それに森で狩りをする幼い燐の姿を、よく思わないものがいるのも事実だ。
子供の姿をしているのに、大人顔負けの力を使いこなし獣を殺す。
すべては家族を生かすためにやていることだけれど、他者にとっては恐怖しか与えなかった。
血塗れの獣を平然と抱える姿から、燐を悪魔だと噂するものも少なくはない。
疫病患者に、悪魔のようなこどもがいる家に、情けをかけるものはいなかった。
治療できるような医者もいない地方では、病気にかかったものはただ死を待つしかない状態だ。
「母さん、森で鳥を捕ってきたんだ。食べよう」
燐はユリにスープにしたんだよ、と話しかけた。
森に入ってはいけないと言われていたが、食べて行くには獣を捕らなければいけない。
まだ働けない兄弟にはそれしかできなかった。
母を生かさなければならない。
燐は必死だった。同じく、雪男も必死だった。
雪男は頭が良かったので医術にまつわる本を読んで、薬草を採ってきては母に飲ませていた。
けれどそれは根本的な治療にはなっていない。
せいぜい、滋養をつけさせる程度の効果しか見込めなかった。
薬を持ってきた雪男も、燐の隣に座る。
雪男は薬を、燐はスープを母に差し出した。
ユリはそれを黙って受け取った。
薬を口に含み、スープを飲み込む。
「おいしいわ、薬も効いてきたみたい。ありがとう二人とも」
「ねぇお母さん、今日一緒に寝てもいい?」
雪男がそう言うとユリは病気がうつってしまうからだめよ、と言う。
子供に自分の病気をうつしたくないという気持ちと、
母親として一緒に添い寝もできないのかという思いでユリは辛そうに微笑んだ。
雪男も母の心配は痛いほどわかった。
もう時間がないことはこの場にいるだれもがよくわかっている。
雪男の背中を押すように燐が俺も一緒に寝たいと言い出した。
二人は止める母の言葉を聞かず、布団の中に潜り込んだ。
あたたかい体温に囲まれて、ユリは微笑んだ。
自分の手がもう折れそうなほどに細くなってしまったことをユリは知っている。
その手で二人の頭を撫でた。
彼らの大きくなった姿が見られないことをとても残念に思う。
「苦労をかけて、ごめんなさい」
「苦労なんかしてない」
「そうだよ」
兄弟は母の言葉を否定した。ユリは両脇に兄弟を抱えて、幸せそうに微笑んだ。
どうか幸せに。それだけを心の底から願う。
ありがとう大好きよ。
ユリはそう言い残して、そっと目を閉じた。
その夜、兄弟は眠ることはできなかった。
母の体温がどんどんなくなっていくのを、必死で暖めようとしたけれど無意味だった。
翌朝泣きはらした目で兄弟は母の名前を呼んだ。
けれどユリが、目覚めることは二度となかった。
疫病で亡くなったものは、速やかに火葬しなければならない。
そういう取り決めになっている。土葬すれば、そこからまた病原菌が沸くこともある。
けれど、村での死者は増え続け火葬する時も何体もの遺体をまとめて焼くようになってしまっている。
燐も雪男もそれがイヤだった。
母が、誰かも知らない村人とともに焼かれることがイヤだった。
自分達の母は自分達の手で送り出してやりたい。
けれど、遺体を焼くほどの火力となるとかなりのものになる。
薪もいるし火の周りが早いようにある程度の火種も入れなければならない。
自分達だけでやるには難しいだろう。
母の横たわるベッドを見て、雪男は燐にお願いをした。
「兄さん、母さんを兄さんの炎で送るのは。だめかな」
「雪男・・・」
燐は隣にいる雪男を見た。顔は涙で濡れている。
母には決して使うなと言われた力だ。燐は一瞬躊躇した。
大切な母親を送り出すために、この力を使っていいのだろうか。
悩む燐に雪男が話しかける。
「兄さんの炎ってきれいだから、それでおくってもらえたらいいかなって思ったんだ」
アクセサリーも何もない、胸に兄弟が摘んできた花だけを置いた母へのせめてもの手向けに。
燐は雪男の言葉にうなずいて、そっと手を母の前に差し出した。
もう片方の手は、雪男が握る。
「さようなら母さん」
二人で泣きながら、母親にお別れを告げた。
優しい青い炎に包まれた母の最期は、とてもとても美しいものだった。
炎が収まると、ベッドの上には何も残ってはいなかった。
「兄さん、ずっと一緒にいてね」
雪男は泣きながら燐の手を握った。
この家にはもう兄弟しかいない、頼れるものはいなくなってしまった。
「約束するよ」
二人は離れないようにただ手を握っていた。
***
「悪魔の血を引くこどもなど汚らわしい!」
消えたユリの遺体についていつまでも秘密を抱えておくことは狭い村社会の中では無理な話だった。
雪男と燐は石を投げられ、村人に糾弾されていた。
ユリが死に、その遺体が消えた。
疫病患者の遺体は火葬しなければならない。それは村の掟であり、また国の命令だ。
当初は遺体を森に隠しているのだろうと疑われた。
二人は必死に村人に抵抗したが、雪男に向けて暴力が振るわれそうになったとき。
燐は、使ってはならないと言われた力を使ってしまう。
「雪男に手出すんじゃねぇ!」
青い炎で、村人の手を焼いてしまう。
村人は痛みで転げ回り、周囲で見ていた者は化け物を見るかのような目で燐を見つめた。
悪魔だ、この村に悪魔がいる。
汚らわしい。この疫病も、この悪魔のせいなんだ。
逃げていく村人。村の有力者は、騎士団の方を招くと言い残し、去っていった。
あとには、ぼろぼろになった家と、雪男。血を流す燐が残された。
雪男は燐にすがりついて、ごめんなさいと涙を流した。
あのとき、僕が母さんを燃やそうと言わなければこんなことには。
燐は雪男を抱きしめて、そんなことはないと言って慰めた。
悪魔だと言われて、燐は自分が人間ではなかったことにショックではあったが反面妙に納得していた。
母は力を使ってはいけないと言っていたし、やはり自分の持つ力は他とは違うものだったのだと気づいた。
一番近くにいる雪男とも違う。
人間の中に混じった異端の悪魔。
弟である雪男は間違いなく人間だ。
せめて雪男だけでも人の中で暮らしていけるようにしてやりたい。
俺はここにいては、雪男の邪魔になってしまうかもしれない。
村人の暴力は人である雪男にまで向いてしまった。
俺のせいた。だから雪男、お前が謝ることじゃないんだよ。
「雪男、ごめんな」
「どうして兄さんが謝るの。兄さんは何も悪いことしてないよ」
母を亡くしてすぐに人から悪意ある目で見られることは、
どれほど幼い心に負担になっただろうか。
雪男は燐にしがみついて離れようとしなかった。
燐はそこで雪男の変化に気づく。体が熱い。
まさか。
燐は手の平を雪男の額に乗せた。
額はかなりの熱さになっている。高熱だ。体にも力が入っていない。
雪男、燐は震える声で雪男に問いかけたが雪男が答えることはなかった。
「雪男!いやだ、うそだろ!!」
この症状は、母さんの時と同じだ。
燐は急いでぼろぼろになった家の中に入り、ベッドの上に雪男を横たわらせた。
雪男まで病気になってしまうなんて。
母さんの病気が移ってしまったのだろうか。
ならなぜ自分だけ無事なんだ。もしかして俺が悪魔だから無事なんだろうか。
雪男は人間だから、病気になったのか。
燐には雪男のように薬草に関する知識はない。
燐は熱でうなされる雪男の額に水で冷やしたぼろぼろのタオルを何度も乗せた。
けれどそれで熱が下がることはない。
ここには解熱剤もなければ、疫病に効く薬もありはしない。
燐にできることはせいぜい、森で捕ってきた獣を与えることしかできない。
燐は恐怖を感じた。母も亡くし、弟も奪われるのではないかという心の底からの恐怖。
俺が二人の代わりになれればよかったのに。
そんなことを思ってしまうくらい、燐の心は絶望に満ちていた。
「誰か・・・ッ」
助けてくれ。雪男を助けてくれるなら、俺なんでもするよ。
燐は一晩中願った。雪男の体温はどんどん暑くなり、もはや一刻の猶予も許されない状態だ。
雪男はこどもなので、病気の進行も早いのだろう。
誰か、助けて。雪男を助けて。
「その願い、叶えてやろうか」
燐が振り返ると、そこには見知らぬ男達が立っていた。
胸元に光るマークは、この国の直轄機関正十字騎士団であることを示している。
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