青祓のネタ庫
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遠くで誰かが泣いている声が聞こえてきた。
燐はその声を聞いてすぐに起きあがる。
雪男の声だ。どこにいるんだろう。
またいじめっ子に泣かされたんじゃないだろうか。
それとも怪我をしたのだろうか。
一刻も早く見つけなければならない。
燐は走り出した。辺りは一面真っ白で障害物はどこにもない。
ただ白いだけの空間を燐は泣き声のする方へとただ向かっていった。
程なくすると、小さな後ろ姿が見えた。
燐は急いでその背に声をかける。
小さな体は何かに怯えるように震えていた。
辺りにはなにもなく、見たところ怪我もない。
燐には雪男が泣いている原因がわからなかった。
「雪男、雪男。どうして泣いてるんだよ」
燐の声を聞いて、雪男は振り返った。
涙でいっぱいの顔は、燐の姿を見つけて心底安心したような声を上げる。
にいさん。雪男が燐に抱きついてきた。
小さな体を受け止める。
お互いに体は小さな頃に戻っているようなので、
若干足下がふらついたのは仕方がない。
それでも踏みとどまって燐は雪男を抱きしめた。
兄が弟にするように。安心させるように雪男に声をかける。
「怖いことでもあったのか」
「うん、とっても怖かったんだ。
兄さんが僕の目の前からいなくなってしまう夢を見たんだ。怖かった」
「俺はここにいるよ、どこにもいかない」
「本当?」
「うん」
二人でお互いの体温を確かめあった。
どこにもいかない。お前を置いていかないよ。
雪男は徐々に落ち着きを取り戻してきたが、
頭が冷静になっていくにつれて声も堅くなっていく。
「ねぇ兄さん。今は一緒にいてくれるけど、
大人になったらそうはならないよね」
「そりゃ大人なんだから離れても平気になるんじゃないのか」
「なるのかな・・・そうなればいいけど。もし、もしだよ。
兄さんが本当に僕の目の前からいなくなってしまった時、僕はどうしたらいいんだろう。
寂しくても、兄さんがどこかで生きていてくれたならそれでもいいけど。
兄さんがもし本当に、この世界からいなくなってしまったら、僕はどうしたらいいんだろう」
追いかける勇気がそのときの僕にはあるのかな。
雪男がつぶやいた言葉に燐は怒ったような表情で、
額にデコピンをした。雪男は額を押さえて、目を瞬かせている。
「俺がいなくなっても、お前は大丈夫だ。俺の後を追うとか絶対にすんなよ!」
「どうして、一人は寂しいよ」
「俺だって寂しいよ、けどさ。お前は俺なんかよりずっとずっと頭もいいし、
友達だってできるだろ。だから、俺よりうんとすごいことして、
そのことを俺に自慢できるようになってから、そういうこと考えろよ」
「ハードル高いよ」
「俺はわがままだからな、雪男はいい子なんだからそれくらいできるだろ」
「じゃあいい子じゃなくていいよ、兄さんのそばにいれるならいい子じゃなくていい」
離れるのは寂しいよ。
雪男は燐をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
お互い二人しかいない兄弟だ。燐だって本当はそう思っている。
でも、大人になると言うことは自立をするということだと
昔神父が話していた。
「雪男、俺たちは大丈夫だよ。離れてもきっと大丈夫だ」
「本当?兄さんはそれでも平気なの」
「平気じゃないけど、我慢する。
我慢したら、きっと次会えた時すごくうれしいと思うから。
俺もがんばるから、雪男も頑張れよ」
離れたら会いに行くためにがんばるよ。
寂しかったら思い出す。
もう会えないなんて思わないで、一目会えるその一瞬のために生きよう。
そうすれば、離れてたってきっと大丈夫だ。
「兄さん、離れてもきっと会いにいくよ」
「俺も、いつも雪男のこと思ってる」
そっと二人の体が離れた。
燐の体はまばゆい青い光に包まれて、雪男の腕からすり抜けていった。
雪男はその光に手を伸ばす。
***
「兄さん!!」
声を出して飛び起きた。雪男は目の前にある状況を確認する。
目の前には、皺まみれのシーツとベッドがあった。
自分は床に座って、ベッドにもたれるようにして眠っていたらしい。
強めに握った布地の感覚から、ここが現実であると思い知った。
強い血のにおい。見ればベッドには大量の血痕がこびりついていた。
血のにおいで、徐々に記憶を取り戻していく。
そうだ、僕たちは戦った。戦って戦って、それから兄さんが怪我をしたんだ。
血の滴る体を抱えて、僕は店に戻った。
兄さんは悪魔なので普通の病院には行けない。
かといって騎士團の息のかかった医療機関などにも連れていけるわけもない。
ここで、僕がやるしかないんだ。
血にまみれた兄をベッドに横たわらせて、雪男は覚悟を決めた。
それから、手術を行い体内に残った聖銀弾を摘出して、なんとか腹の傷の縫合までこぎつけたのだ。
血の気のない兄の顔を見て、自分の血が輸血できればと血液型の違いを呪った。
それでもかすかに息をする兄の姿をみて、少しだけ気がゆるんだのか。
そのまま雪男は眠りの世界に引き込まれていったのだ。
目の前に、兄はいない。
どこへ行ったのだろう。あの傷では動くことも難しいはずだ。
また僕のいないどこかへ いってしまったのだろうか。
恐怖を覚えて、雪男は急いで部屋の扉を開けた。
兄を運ぶときに気づいたのだが、ここは一階が店、二階が住居スペースになっている。
扉を開ければすぐに階段があるので、転ばないように気をつけなければならない。
雪男は勢い余って、階段をすべり降りてしまった。
ドカカカカッと鈍い音を響かせて、階下までたどり着いてしまう。
この年になって階段を踏み外すとか恥ずかしい。
雪男は痛む腰をさするが、他に異常はない。
メガネが割れてないので大丈夫だ。
雪男が立てた音を聞きつけたのか、店の厨房から誰かが飛び出してきた。
「雪男!転んだのか、大丈夫か!?」
そこには探していた兄の姿があった。
まだ顔色は良くないが、立って歩いている。
雪男を起こそうと手を伸ばしたので、その手を取って、自分の元へ引き寄せた。
燐はバランスを崩して雪男の腕の中に倒れ込んだ。
耳を寄せれば、とくんとくんと兄が生きている音がした。
その音に心底安心して、ほっと息をつく。
雪男は一息着いているが、燐はいつまでも弟の腕の中でおとなしくしてはいられない。
怪我をして弱っているとはいえ、悪魔の腕力で雪男を引き離す。
「いい加減にしろ、いい年した男だぞ」
「・・・ごめん」
そのまま二人はしばらく無言になった。
あれだけの戦いを繰り広げて、燐は怪我をして。
お互いに今まで秘めていた言葉を言い合った。
感じるのはお互いの体温だけ。
先に口を開いたのは雪男だった。
「ごめんね、兄さん。本当にごめん」
「それは何に対しての謝罪だ」
「全部だよ」
僕が兄さんにしてきたこと全部。
雪男は燐の目を逸らさずに見続ける。
燐は雪男の本心を見抜いているようだ。
そして、雪男もそれをわかっていて言っている。
雪男は言葉を続けた。
「でも、やり直せるとしたとしても。僕はきっと同じ道を選ぶ」
僕たちは逆様だから、望む方へはきっといけないんだろうね。
燐はそっと雪男の頭に手を置いた。
まるで慰めるような仕草だった。
自分たちは間違えた。もう過去を変えることはできない。
そしてこれからもきっと間違え続けるだろう。
間違えて、傷ついて、それでもきっと前に進むしかできない。
「お前、相変わらず融通きかねぇな」
逆様だってんなら、全部ひっくり返せば元通りだろ。
そのまま雪男の手をそっと握る。
雪男は燐の手を握り返した。
あたたかい。
目の前に張られていた鏡が割れたような気がした。
雪男は笑う。
「そうだね」
間違えたらやり直して、ぶつかったらお互いの気持ちを話してちゃんと譲歩しよう。
喧嘩したら仲直りすればいいんだ。
普通の兄弟のように、たくさん話し合えばいいんだ。
そうすれば何かが変わるかもしれない。
二人は立ち上がって、歩き出した。
燐は傷が治ってきたのを見計らって部屋を抜け出し、料理の仕込みを始めていたようだ。
昨日は店を休みにしていたので、今日は開かなければならない。
燐は痛む傷を押さえて厨房に立っている。
その姿を見て、雪男は声をかけた。
「手術したばっかりで、まだ完全に傷は塞がっていないはずだ。今日くらい休めないの?」
「馬鹿言え、昨日も今日も休んだら完全に潰れたと思われるだろうが。
店は開いてなんぼなんだよ、自営業なめんなサラリーマン」
「じゃあ手伝うよ」
「いいってそこにいろ」
雪男は大人しく店のカウンター席に座った。
兄が手早く料理を仕上げていく姿がよく見える。
こうして料理をする姿を見るのも何年ぶりだろうか。
それほどまでに自分たちは遠く離れていた。
昔のように少しは近づくことができただろうか。
「ねぇ兄さん」
「なんだ」
「―――戻る気はない?」
「ないな、店やってかなきゃなんねーし。この店は、俺の命なんだ。
俺はここで店も祓魔師も、両方頑張る。そんで両方とも認めさせてみせる」
「欲張り」
「そりゃお前の方だ天才聖騎士」
目の前に出来たての料理が並べられた。
品物はどれも雪男の大好きなものばかりだった。
ごくりと喉が鳴る。兄の手料理で育った者からしたら、この誘惑はたまらない。
箸で一つ一つ食べていくと身体に染み渡る程美味しかった。
「おいしいね」
「だろ?」
燐が笑う。雪男はああ、幸せだと思った。
こんな幸せが欲しくて僕は頑張っていたんだ。
ポケットからある物を取り出して、カウンターの上に置く。
「なんだ、使い魔契約ならしねーぞ」
「そうだね、家政婦雇うみたいになるしね」
「なんだと」
「冗談だよ」
ポケットにしまっていた石は、あの戦闘の中で砕けていた。
それでよかったのだ。あんなものは僕たちの間に必要ない。
雪男が取り出したのは、燐の祓魔師の免許証だった。
燐は目を見開く。あの時手放したものだ。
雪男はずっとそれを持っていたようだった。
「兄さんの写真ってそれほど多いわけじゃなかったから、
持ち歩いてたんだ―――これは返すよ」
一度認められ奪われた証。
もう一度、今度こそ。諦めずに夢を追いかけてやる。
燐は免許証を窓から差し込んできた日の光に翳した。
長かった夜は、明けたのだ。
「失効してるな、これ」
「うん」
「でもすぐに取り戻してやるからな」
「うん」
「待ってろ」
待ってるよ、ずっとずっと。
言葉にはできなかった。
それから、ご飯を食べ終わって代金を払おうとしたら、止められた。
「今日だけはおごりでいい」
「今日だけ・・・か。また来てもいいの?」
「たまにならな、毎日来たら営業妨害でゆるさねーぞ」
燐が手を振る。それは見送るための合図だった。
けれどこれは別れの挨拶ではない。
次に会うための約束だ。
店の扉を開けると、町は朝日で満たされていた。
今日もまた、一日が始まっていく。
「なら、僕の事一生許さなくていいよ」
そう言い残して扉を閉める。
僕たちは、別々の場所で生きていく。
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