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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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毒と薬



薬を扱うものとしての心得。
薬剤への知識はもちろんの事。手元が狂わない正確さ。
失敗した時にその全てを捨てる潔さ。
満足がいかない場合は何度でもやり直す我慢強さ。
そのどれも大事な要素である。

薬は飲んだもののその後を左右する重要なもの。
強ければ、それは毒にもなって服用者を蝕むのだ。
細心の注意を払い、薬剤の調合を行わなければならない。
雪男は若いながらも悪魔薬学の天才として周囲から高い評価を受けていた。
正確な処置と、薬の製作技術は群を抜いている。
だから、祓魔師として個人に与えられている部屋で薬の調合ができるようになっているのも、
当然であったし、必要なことではあった。

「あ、間違えた」

しかし時として人は間違う。
雪男は地道に十時間近く作っていた薬の最終段階で、手順を誤ってしまった。
いくら天才と言えども人は人である。人は間違える生き物だ。
本来ならば青く美しい色合いになるはずの液体は、何故か真っ白に染まっている。
色合いがまるで違うし、匂いも何故だか甘ったるい。
雪男は首を傾げた。天才は失敗からも学ぶと言う。

雪男はその意味では紛れもない天才であった。

間違えた手順も覚えていたので、正規の手順から枝分かれするようにメモにその方法を記していく。
どんな効能があるかは試してみないとわからないが、
薬を作る手順というのは記憶でどうこうできるものではない。
確実に記録に残していく必要があった。

雪男はメモを書き終えると、薬の入った試験管を手に取る。
初めてできた薬なので、臨床試験を行わなければならない。
ちらりと棚を見ればそこには魍魎の瓶詰があった。
雪男はその瓶の中に向けて何の躊躇いもなく薬を注いで蓋を閉める。
さて、反応はどうだろうか。
雪男はわくわくとした表情で瓶の中の変化を確認する。
実験を楽しむ子供のような残酷さは、先駆者としては時として必要なことだろう。
瓶の中に閉じ込められている魍魎にとってはたまったものではないが。

「あれ・・・?」

様子を伺っていると、消滅するでもなく。増殖するでもない。
予想外の反応がそこにはあった。

***

雪男が祓魔師として活動し始めてから、燐との距離は開く一方だった。
それは時間的な意味もあったし兄弟としての関係もそうだ。
大きくなってからは小さなころのように寄り添うこともない。
お互いに何を考えているのかわからない。
特に兄は家に帰ってくることを段々嫌がっているようにも思えた。
雪男が任務を終えて帰ってくると、神父が雪男を玄関で迎えてくれた。
修道士達はもう寝てしまっているらしく修道院中はとても静かだ。

「ただいま神父さん」
「おかえり雪男、お疲れさん」

大きな掌で頭を撫でてくれる。子ども扱いしないでほしい気持ちと、くすぐったい気持ちが
ないまぜになってなんともいえない気分だ。
靴を脱ごうと足元を見て気づいた。靴が一足足りない。
他の人のものは皆あるのに、一番あって欲しい人のものがない。
不安げな顔で雪男が顔を上げると、神父は大丈夫だ、と雪男を慰めるように声をかける。

「心配させてくれるよな、これ以上遅くなるようだったら探しに行こうと思ってたんだ」
「なら僕も行く」
「大丈夫だって、お前は寝てろ」
「でも」
「そのうちふらっと帰ってくるかもしれないだろ」

心に引っ掛かりを覚えながらも、雪男は疲れた体を休ませるために
ベッドに入った。
本来なら同じ部屋にあるはずのぬくもりはまだ感じられない。
雪男は眠れなかった。
兄はまだ自分が魔神の落胤であることを知らない。
悪魔に狙われていたらどうしよう。
虚無界に浚われていたらどうしよう。
そんな不安で胸がいっぱいになっていた所で、玄関が開く音が聞こえた。
廊下で神父と兄が言い争う声が聞こえる。
ああ、帰ってきてくれたんだな。心が落ち着いた。
程なくして、兄が部屋の中に入ってきた。
かすかに香る血と埃の匂い。また、喧嘩をしてきたのか。
ベッドに入った音を聞いてから、声をかける。

「おかえり」

聞こえると思っていなかった声が聞こえたからか、驚いた声が部屋に響く。

「起きてたのか」
「心配で」
「いいよそんなの」
「怪我したの」
「気にするなよ」
「気にするよ」
「お前は、俺の心配なんてしなくていいんだよ・・・皆も」

雪男が起き上がると、代わりに燐の寝息が聞こえてきた。
あれは、燐の本心だったのだろうか。

俺のことなんてどうでもいいんだ。

そう言っているようで、とても腹立たしい。
僕が、僕たちがどれだけ心配しているか知りもしないで。
どうしてそんな自暴自棄になるの。
どうしてわからないんだ。
僕は、兄さんの事が。

それは誕生日にほど近い、クリスマスが終わる夜の話だった。


朝目が覚めると、兄はまだ寝ていた。
雪男は今日は任務はないが、神父と修道士達は朝から向かうはずだ。
遠方だと聞いているので、帰りは遅いだろう。
今日は兄と二人っきりだ。普段はできない家事でもして、少しでも家の役に立たなければならない。
燐がいてくれれば料理のことは大丈夫だ。洗濯や掃除でもしていよう。

雪男は鞄の中に入っていたタオルを取り出した。
先日使ったものなのでついでなのでこれも洗ってしまおう。
鞄の中には、あるものがある。
雪男はそれを見なかったことにして、鞄の奥底にしまい込んだ。
タオルを洗濯機の中に放り込むと、その足で部屋に向かう。
寝ている燐を起こす一番の言葉を雪男は持っている。

「兄さん、起きて。僕お腹すいたんだ」

目を閉じたまま燐はゆっくりと起き上がった。
まるで自動人形のようにふらふらと台所へと向かう。
雪男がこうして声をかけていれば燐は自分の傍にいてくれるだろう。
なんだかんだで面倒見のいい兄のことだ。
雪男が頼めばしょうがねぇな。と苦笑してやってくれる。

逆を言えば、雪男が引き止めなければ燐はここにはいてくれない。
安全な家の中にいてはくれないのだ。
兄は目を離せばすぐに何処かへ行ってしまう。
それが、雪男には許せない。
台所には燐が立っている。その背後に向けて雪男は声をかける。

「飲み物は僕が用意するよ」

目玉焼きは半熟がいいな、といえば燐は唸りながらも答えてくれた。
まだ寝ぼけている兄の姿を雪男は笑って見守っていた。


「・・・あれ?」


燐が目を覚ますと、朝だった。
何時の間に寝てしまったのだろう。確か朝雪男にご飯を作っていたはずだ。
そのまま二人で家事をこなすと、午後三時には二人とも暇になった。
電話がかかってきたのは丁度その時だ。
雪男は何か急ぎの要件があったらしくて、すぐに出なければいけないと言っていた。
だから、燐も家に一人でいては暇なので出かけようと思っていたのだ。
雪男は家にいてよ、と言っていたが燐の耳にはあまり入ってこなかった。
男兄弟に自分の行動を制限されるいわれもない。
それから――――自分はどうしたのだろう。
こうやってベッドで寝ている辺り、雪男と喧嘩してふて寝でもしたのだろうか。
若しくは三時頃だったので昼寝でもしたのか。
その記憶はすっぽりと抜けていた。
ベッドから起きあがると、部屋の中に雪男が入ってきた。

「おはよう兄さん、誕生日おめでとう」

なんてことない普通のあいさつの様に雪男は言った。誕生日、そういえばそうだったか。
不可思議に思いながらもカレンダーを見ると、日付は自分たちの誕生日を差している。
自分の記憶に不可解な点を抱えながらも、燐も雪男に同じ言葉を投げ返す。
燐は自分の寝つきの良さは知っていたから、きっとただ眠気が来たんだろう。
それくらいにしか思ってはいない。
けれどこの時から、燐の睡眠時間はゆっくりとだが確実に増えていった。


***


兄さんは睡眠時間が長い。
それは体質の問題だからしょうがないのだけれど、ある一点に置いてはそれは間違いだと言えるだろう。
雪男はポケットから小瓶を取り出した。
中の液体は人に対してなら何の影響力も持たない。

ただ、使う相手が悪魔ならば話は別だ。

雪男はこの薬をありとあらゆる属性の悪魔に試してみたがある一定の効果が得られることは実証済みだ。
使うときに躊躇をしなかったかと言えば嘘になる。
けれど最終的に雪男はその薬を使った。
その証拠に、目の前にはぐっすりと眠る兄の姿があった。
あの頃偶然発見したこの薬は、悪魔への睡眠導入剤として役に立った。
雪男はベッドに眠る兄の頬をそっと撫でる。
そのまま首元に指を滑らせても、身をよじるだけで起きる気配はない。

「兄さん、起きてよ」

囁いても兄は起きなかった。当然だ、雪男がそうさせたのだから。
神父が死に、周囲の環境が変わっても時間は変わらず経っていく。
もうあと数分で誕生日が終わる。
今回は任務もあって、誕生日を祝うのが夜になってしまったけれど。
それでも、よかった。
今日この日に兄がこの手の中にいてくれるのなら、
雪男はどんな手段でも使うだろう。
顔をそっと近づけて、燐の呼吸に乱れがないかを確認する。

そのまま、唇をそっと近づけて―――奪った。

何度も何度も口づけても、燐は目覚める気配はない。
雪男は安心して燐の呼吸を奪い続ける。
来年、燐がここにいてくれるかはわからない。
いつだって世界は雪男から大切なものを奪っていくからだ。

誕生日の日に行う、雪男の祈りのような儀式。
起きていたら絶対に言えないことも、してはいけないことも、
全ては眠りが奪ってくれる。
今日一日、二人の誕生日の日にだけ行われる密やかな行い。
雪男は唇をそっと燐から離した。


「誕生日おめでとう、兄さん」


まるで毒にも似た薬の味は、とても甘いものだった。

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