青祓のネタ庫
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燐が痛みで目を覚ますと、そこには天井があった。
天井のある日など、寮で過ごした最後の日以来である。
あのころは天井があって、天露がしのげることがどれだけありがたいかを
わかってはいなかった。
それに、寒くもない。燐は安心したように深呼吸をした。
そこで、自分の寝ているベッドから他人の香りがすることに気づく。
落ち着いている場合ではない。意識を失う前の記憶が一気に甦ってくる。
燐は急いで飛び起きた。しかし、途端に体に激痛が走る。
「いってッ!!」
燐はお腹を押さえて転がった。上半身は裸だった。腹に巻かれた包帯からは
動いたせいか血が滲んでいる。悪魔から負った傷だからだろうか。治りが遅い。
そうだ、おかしい。ここにいること自体がおかしなことだ。
燐は悪魔に。アスタロトに捕まってしまった。
周囲を確認すれば、そこは普通の一人暮らしの男の部屋。と呼べる場所だった。
ベッドとソファが一つ。テレビも一つ。パソコンと椅子。
唯一、ロフトと呼べる場所に繋がる梯子が壁に掛かっていた。
アスタロトはどこに行ったのだろう。
いや、いないのならば好都合だ。ここからすぐに逃げ出さなければならない。
燐は痛む傷を押さえて、恐る恐るベッドから抜け出そうとした。
しかし、それを阻害する音が部屋に響く。ガシャン。金属音だった。
見れば、足には枷と呼ばれるものがついていた。
その枷には鎖が着いており、鎖はそのままベッドの支柱に繋がれていた。
燐は戦慄した。なんというおぞましい行為だろうか。監禁だ。
中世ならまだしも現代のこの世に枷を付けるとか正気の沙汰ではない。
悪魔に常識を求めるのも間違っているかもしればいが。
燐は急いで枷を外そうともがいた。
カシャンカシャンと音が響く。
ここで失敗したのは、青い炎で物理的に鎖を焼き切ろうとしなかったことである。
空中を漂っていた魍魎と視線があった。
後は、簡単な事である。動けない燐に変わって魍魎は主に燐の状態を伝えに行った。
間髪入れずに、扉が開く。
燐はアスタロトが入ってきた瞬間に、青い炎を自身に宿した。
容易に触れられないようにするためだ。アスタロトは腐の王。
燐の抵抗を防ごうと思えば燐の負った傷を腐らせることくらいはしそうである。
腐った傷程治りにくいものはない。そんなことはごめんだった。
アスタロトは燐の寝ているベッドの近くにパソコン台にあった椅子を引き寄せて座り込んだ。
そこには強者が浮かべる笑みがあった。
間違いなく。この部屋の中で支配者と呼べるものはアスタロトだった。
「御加減は如何でしょう?」
「テメェのせいで最悪だ」
燐は炎を宿したままアスタロトと対峙する。
悪魔との言葉は、できることなら交わすべきではない。
言質を取られればそれは契約となり、強引に悪魔が対価を求めてくることもある。
こういった難しい交渉のやりとりは雪男の役目ではあったが、それはもうできない。
燐は一人。だから降りかかる火の粉は全て自身で受け止めるなり払わなければならないのだ。
誰かに甘えるようなことは、考えてはいけない。
燐は脳裏に過ぎったすべての人との思い出を振り払った。
そうでなければ、この難局を乗り切ることは難しそうだ。
「俺が一人になった途端に現れたな。狙ってたのか」
「違います、といえば嘘になりますね。最も、知ったのは少し前のことです。
学園に忍ばせていた魍魎に探らせたのですよ。若君が外の世界に出られたことを知って、
私は心が躍りました」
そのぞくぞくと体を震わせる姿を見て、悪趣味な奴だと燐は感じた。
なぜなら、探らせたということは燐がどのような経緯であの町を出たのか。
追い出されたのかを知っているのだ。
燐が今まで信じていた全てに裏切られたのだということも。
「若君があの町へ復讐する姿を今か今かとお待ちしておりましたのに、
そのような傾向もなく、町から町へと転々とされておりましたね。
それも、外で寝るなどとそのような危ないことをされてはなりませんよ。
若君は虚無界の王族とも呼べる存在であることを自覚して頂かなければと思い、
見かねてお迎えにあがった次第であります」
「御託はいんだよ、丁寧な言い方もよせ。俺に何がしたい。何が欲しいんだ」
アスタロトは流石、御察しがいい。とにやりと笑った。
その笑った表情はまさしく悪魔だった。闇を舐める悪魔は恍惚の表情を浮かべて言った。
「若君を私の元に引き留めたい、それだけです」
「は?」
引き留めるとはアスタロトの元に。この部屋にいろ、ということだろうか。
周囲を見回すが、至って普通の人間の部屋にしか見えない。
だからこそ思う。この部屋は、アスタロトが憑りついている人間のものであって
アスタロトのものではない。だからこそ燐のものでもない。
燐はふざけるな。と言った。足の枷がカシャンと音を鳴らす。
「そんなくだらないことの為にこんなことしてるなら、今すぐ離せ!」
「くだらないことでしょうか」
「そうだ、お前が取り憑いているその人は俺たちには関係ないはずだろう。今すぐその人間を解放しろ」
「それは無理なご相談だ、私が物質界に留まるためには必要な措置ですから。
それに彼に取り憑いているならば、言わば私は社会的には彼自身に成り代わっているという
ことになりますから、問題はないでしょう。後は良心の問題の話では?」
そもそも、悪魔に取り憑かれるような人間には碌な奴がいませんよ。とアスタロトは言う。
燐もアスタロトに憑かれている人間が自分の記憶にある限り同一の人物であることは理解していた。
人が変わらなければ、悪魔に付け入られる。付け入られるスキや心の闇を抱えたのは
まず間違いなくこの人間の責任でもある。
それでも、悪魔に取り憑かれたままでいいはずもない。燐は反論した。
「だから俺は納得がいかねーって話だ!」
「ではこれでどうでしょう。『盗んでない、借りてるだけ』ですよ」
「借りてなんかねぇよ、奪っているだけだ」
物質界に来ている悪魔は借り暮らしをしているようなものだとアスタロトは言うが、
燐はそうは思わない。人のものは人のものだ。
悪魔を小人に例えるなど悪趣味である。アスタロトはにやにやとこちらを見て口を開いた。
「私の解釈の話になりますが、人とは所属する生き物であると私は考えます」
アスタロトは魍魎を二匹呼び出すと、そのうちの一匹だけを白く変色させた。
白と黒の二匹を指先で突いて、空中に並べる。
「例えばの話です。大きな括りでいえば白い方を物質界。黒い方を虚無界としましょう。
その中に国があり町があり、学校があり、家があり、家族があり、人がいる。
住んでいるものが悪魔と人という若干の違いはあれど、この世の全ては何かに属しているのです。
悪魔ならば私の眷属である「腐」、その他に火や水や時や地、氣もありますね。
人ならばどこの学校の何年何組の、誰。祓魔師ならば、日本支部所属の誰。
会社ならば、どこの部署の誰。でしょうか。誰かに自己紹介をするときには必ずと言っていいほど
その人物なり悪魔なりの『所属』を口にします」
アスタロトはそこまでいうと、では質問です。と燐に向けて指を差した。
「若君―――いえ、奥村燐は「人」ですか「悪魔」ですか?」
二人の間にはモノクロの魍魎が浮かんでいる。
どちらかを選ばなければならない日がくるだろう。
不浄王を倒したその時に、悪魔から問いかけられた。どちらなのかと。
燐は選んだ。選んだはずだった。魔神を倒したその日に。
「俺は「人」を、選んだ」
だから魔神を倒して人の側に立って戦っていた。そのはずだった。
アスタロトは笑みを絶やさなかった。反対に燐は不安そうな顔を隠せない。
「奥村燐は人を選んだ。でもおかしいですね。疑問が沸きます。
では、今ここにいる貴方は「人」のどこに所属しているといえますか」
今の燐には何もない。あるのは自分というただ一人だけだ。
家もない。友達もいない。家族もいない。何もない。
燐の手には何も残らなかった。
人か悪魔か。選んだ末の結末がこれだった。
燐は人を選んだけれど。人が燐を選ばなかったのだ。
「あの町から追い出されたのに、まだそんなことを言うのですか。
人という括りからはじき出されたのに、まだそんな未練があるのですか。
私には理解できません。あの町は、人は、師は、友は、そして家族は、貴方を捨てたのに。
貴方はまだ貴方を捨てたものに縋り付くのですか」
「言うな!!黙れッ!!」
燐は枷を青い炎で焼き切った。そのままアスタロトの胸倉を掴む。
燐の瞳は揺れていた。図星だったからだ。
燐を追い出したのは、一人にしたのは、雪男だ。
アスタロトは震える燐をそっと腕に閉じ込めた。
燐は離れようともがくが、アスタロトはそれを許さない。
「ここが嫌というのならそれでもいいでしょう。しかし、少なくともここが、私が。
若君が帰る場所の一つにはなります。好きなだけここにいて、嫌なら出ていくといい。
貴方は一人だ。何処にも行く宛がないのなら、せめて生きる為にそれくらいはしてもいいのではありませんか」
悪魔の甘言だった。
仕方がないのだと囁いてくる。
燐はそれに縋りたくはなかった。けれど行く宛がないことも事実だった。
目的を持たなければならない。
なにか、生きていくための目的が。
燐の視界に先程の白と黒の魍魎が過ぎった。そこで、閃いた。
間髪入れずに、燐の体から青い炎が巻き上がった。
アスタロトは自身を焼きかねない炎からすぐに距離を取る。燐は笑っていた。
「残念、すぐに祓わせてはくんねーな」
「お戯れを」
アスタロトは炎を纏う燐の姿に鳥肌が隠せなかった。
甘い言葉で自分を誘う悪魔を焼き尽くそうとしたその容赦の無さに震えあがると共に歓喜する。
やはり、私の言葉には屈しないというのですね。素晴らしい。
燐はアスタロトに向けて言った。
「俺は、もう一度祓魔師になる」
正十字騎士團からは除名されたとはいえ、祓魔の技術が無くなったわけではない。
燐には青い炎もある。この力と知識を使って祓魔師になろう。
いわば、何処にも属さないフリーの祓魔師というわけだ。
誰かの許可などいらない。燐がやりたいからやるのだ。
悪魔を祓う悪魔。騎士團からの仕事を奪い取るくらい、やってやる。
自分のやった行いを認めさせてやりたい。
その行動の先で、神父の行いの正しさがきっと証明されるだろう。
それが今の燐の生きる目的だ。
「手始めに、お前から祓ってやるよアスタロト」
だがこの悪魔のしつこさは知っている。一筋縄ではいかないだろう。
難問だが仕方ない。燐はアスタロトに向き直る。
アスタロトは叫んだ。
「私を祓うということは、監視するということですね。
つまりはその間は私と共にあるということですね。
私と共にあるということは、ここに住まわれるということですね。
それがいいです、全力で私は若君に祓われないように抵抗します。
若君も全力で私を祓いに来てください。全力で抗います。
その間、私は若君との二人暮らしを謳歌します!」
「え、なんで俺お前と住むことになってんだよ」
「ならば、手始めにこのマンションの住民を腐らせることから始めましょうか」
「ちょ!!やめろそんなの許さねぇからな!」
本気でやりかねないアスタロトを止めるため、燐はここに居ざるをえなくなった。
それでも外での暮らしよりも数段ましな生活を送れるようになったのは事実だろう。
アスタロトの思惑に乗っかったようで、なんだか癪ではあるけれど。
こうして燐と悪魔との奇妙な共同生活が、幕を開けた。
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