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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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その光を奪う者



周囲にいる人に目を向けた。
そこには人がいることがわかるのに、なぜかその人たちの顔は霞が
掛かっているかのように見えない。
燐は学校の椅子に座っているようだった。
その周囲を取り囲むように、正十字学園の制服を着た人たちが
自分に向けて何かを話しかけている。

でも顔が見えないから声も聞こえない。
仕草で、話しかけているんだろうな。ということは察することが出来たが。
燐にはそれ以上どうすることもできなかった。
筆談という手段はどうだろうか。そう思ったけれど机の上にも、中にも
あるはずのノートや筆記用具はなかった。

空っぽだ。

何故燐は自分がここにいるのかわからない。
なぁ、お前たちは一体誰なんだ。
とても親しくて忘れたくなかった人たちのはずなのに。
燐には思い出すことができない。
ふいに、背後から声をかけられた。聞き慣れた声だった。

「奥村燐君」

そこにはメフィストがいた。
けれど、そこにいつもの余裕はなかった。メフィストはどこでつけたのか。
怪我をしていたし、いつもは白い服もボロボロだ。
所々、血が飛び散っている。戦いをしていたことは明白だった。
メフィストは燐に手を伸ばした。
でもその手は燐に届くことはない。それでもわかっていてやっているようだった。

「必ず、迎えに行きます。だから待っていてください」

おかしなことを言う奴だ。
それではまるで、俺がどこかに行ってしまった様じゃないか―――

燐の記憶はそこで途切れた。


燐が目を覚ますと、豪華な天井が見えた。
天井画、というのだろうか。オリーブの木々が描かれている。
何故オリーブなのだろうか、西洋の画風だし詳しい意味まではわからない。
料理で使うこともあるので知っていたというくらいのことだった。
起き上がって周囲を見渡せば、青色の調度品が部屋の中にはそろっていた。
ベッドは天蓋付で、真っ白のシーツで覆われている。
窓もある。燐はふらふらと窓の脇に立った。
時刻は夜。空には青白い月が浮かんでいる。夜風に当たりたい。
何気なしにそう思って、窓に手をかけた。
途端に、手がばちん。という音を立てて窓から弾かれてしまった。
よく見れば、薄く光っている。もしかして結界の類だろうか。

そうだ。ここからは出られないんだっけ。
燐は思い出した。
外には深い森が広がっていて、周囲に町も村もない。
森の中に建てられた古城。そこで燐は生まれた時から過ごしている。
古城の中でも、この部屋の中くらいしか燐は知らない。
外の世界のことは知らないはずなのに。
燐は頭にそっと手をやった。
何故夢の中に出てきた人たちの格好が、正十字学園の制服だとわかったのだろうか。
外に出たことがないなら、本で見たのだろうか。
それも怪しい。部屋の中には燐が退屈しないようにと本が置いてあるけれども、
あまり読んだことはなかったからだ。
そもそも、本を読んだりすることも好んではいなかったし。

燐は部屋の中を少し歩くと、姿見があった。
そこで初めて自分の姿を確認する。首を傾げるような格好だった。
青色の羽織に、金色の装飾。なんだこれ。どこの高貴な身分の服装だ。
自分が持っているといえば精々Tシャツにジャージのズボンくらいだろう。
燐の意識と、目の前に広がる光景に齟齬がありすぎる。
燐は首を傾げる。しかし、何かを思い出そうとすれば頭の奥で
まばゆい光がチカチカと光って邪魔をするのだ。
燐がふらつきながらベッドに座ると、丁度ノックが聞こえてくる。
燐の返事を待たずに、扉は開いて外から誰かが入ってくる。

燐は頭痛のせいで俯いていたが、その人物を確かめるために顔を上げなかった。
いや、正確には上げることが出来なかった。

「体調はどうですか、燐」

肌をピリピリと刺激するこの威圧感。燐はごくりと喉を鳴らした。
問いかけられているので、答えたくなくても答えなければならない。

「ルシフェルが心配することじゃ・・・」

言って、燐は首を掴まれてベッドに押し付けられた。
といっても抑える腕や力自体は、とても軽いものだ。ルシフェルは身体が弱い。
元々悪魔は体を持たない生き物だ。物質界に来ようと思ったら憑依体を見つけなければならない。
だが、虚無界の第一権力者の力に耐えられる器など、数千年に一人くらいだろう。

だからルシフェルは最初に憑りついた人間の体を今もなお使用している。
人の体とは脆いものだ。むしろ今までよく持ったといえるだろう。
現に、燐を抑える手からじわじわと血が滲んできている。
仮面の奥は、どんな顔をしているのだろうか。
燐はルシフェルの顔を直視することができなかった。
それは、力の差による恐怖そのものだった。
怯える燐に言い聞かせるようにルシフェルは燐に呟いた。

「燐、我らの末の弟よ。長兄をそんな風に呼び捨てにするなどいけない子だ」
「に、兄様でも・・・」
「そうです、慣れないでしょうが。使っていくうちに慣れますよ」

いい子です。と頭を撫でられたけれど少しも嬉しくはない。
むしろ嫌悪感ばかりが沸いてくる。気持ちが悪い。
こいつの良いようにされている自分が許せない。
それを知ってか知らずか。ルシフェルは燐の顔を覗き込むように見てきた。
視線を無理やりに合わせられる。

「私が、怖いですか?」

仮面の隙間から、血が滴り落ちてきた。
皮膚も、形を保っていることが限界なのだろう。
燐の頬に血がすべり落ちていく。とても、甘いにおいがした。
燐はルシフェルが怖い。でもそのまま答えることは癪だ。

「離れてください」

体に障りますよ、と言って顔を逸らした。
ルシフェルは満足はしていないようだったが、納得はしたらしい。
燐の頬についた自分の血を戯れに指で伸ばす。
そのまま指を燐の首にすべり落としていくと、燐の顔が青くなった。

「い、いやです。やめてください」

燐はルシフェルの手を握った。本当ならばこの男を突き飛ばして今すぐここから逃げ出したい。
逃げ出して―――あの場所に帰りたい。
燐の記憶に囁く声が甦った。

『必ず、迎えに行きます。だから待っていてください』

メフィスト。
いや、違う。あの悪魔の名前は何だっただろうか。
燐が抵抗の手を止めると、ルシフェルがにやりと笑った。

「兄に食事をさせないなど、悪い弟だ―――」

そう言って、ルシフェルは燐の首に噛みついた。
悪魔の牙が燐の首を犯して、その血液を奪い取っていく。

「うぁ、止め!いたい、痛いッ!」
「すみません燐、ですがどうか我慢を―――」

口ではそう言っておきながらルシフェルは燐の血を啜ることを止めようとしなかった。
身をよじって逃げる燐を追って、何度もその首に噛みついた。
お互いの血が混じり合って、飛び散りあい。ベッドは血塗れになっていた。
悪魔の交わりのような、光景だった。そんな恐ろしい食事風景でありながら、
紳士の様に振る舞うルシフェルが逆に恐ろしい。
温かい血を受けて、ルシフェルの体は徐々に回復していった。
反対に燐の顔色はどんどん青くなっていく。
普通の悪魔なら消滅しているだろうが、耐えているのはひとえに魔神の落胤であり
青い炎を継いでいるという特殊な体質だからだろうか。
力を奪われて燐の手はくたりとベッドに落ちた。失血によるショックで意識を失ってしまったらしい。
ルシフェルはそっと燐の首を舐めて、最後の一滴まで味わうと唇を離した。
崩壊しそうであった皮膚は原型を保っているし、失った血も補給できた。
ルシフェルの体は、これでしばらくは持つだろう。
燐はぐったりと体をベッドに沈めていた。
気まぐれに奪った次男のおもちゃだが、想像以上に使えるようだ。

「貴方はいつも、私が持っていないものを持っていますねサマエル」

だからこそ、私と貴方は相容れないのだけれど。
独り言をつぶやいて、燐から離れた。失血の為、しばらくは目を覚まさないだろう。
燐がこの古城に閉じ込められているのは、そのせいだった。
ルシフェルの体を保たせるための、食事。
魔神の血筋であり、回復力も高い。なによりその血は悪魔の喉を潤した。
今では燐はルシフェルに欠かせない存在となっている。

「しかし、あのサマエルがムキになるなど珍しい」

お気に入りのおもちゃが盗られて、そんなに悔しかったのでしょうかね。
兄としては、弟に悪いことをしてしまいました。
そう思いながらも、ルシフェルは反省などしていない。
寝ている燐の髪を撫でて、その頭を掴んだ。
途端に光が湧き上がって燐の頭を包み込む。何度も行っている、燐の記憶の改竄だった。
下手に思い出してここから出て行かれては叶わない。
記憶を奪い、血を抜いて無理やりに一所に縛り付けている。
兄に弄ばれる弟の姿に、ルシフェルは同情したような声で囁いた。

「サマエルに囲われて、私に捕らわれて。我らの末の弟はまるで哀れな小鳥のようだ」

その身に秘めるは全てを焼き尽くす業火だ。
その火をどれだけ抑え込めるだろうか。いつか私を焼くだろうか。
それもまた一興。とルシフェルは燐の部屋を後にした。
指を鳴らして、燐の部屋を取り囲むように光の檻を作り出す。
その日を、楽しみにしていようか。


燐は目を開けた。ぼんやりとした風景。また学校の椅子に座っているようだった。
その周囲を取り囲むように、正十字学園の制服を着た人たちが
自分に向けて何かを話しかけている。
相変わらず顔は見えない。
その中の一人の手をおもむろに握った。
その手の平には、銃を撃つことで出来るタコが何個もあった。
固い皮膚だ。その手を握って燐は無性に泣きたくなった。
皆の手を一人一人握っては確かめた。
これは、俺の知っている人だ。会いたい。皆に会いたい。
ここから出たい。
燐は後ろを振り返って。けれどそこにはメフィストの姿はなかった。
ここは燐の夢だから全てが思い通りにできるはずなのに、メフィストはいくら望んでも
姿を現してくれなかった。迎えにいきます。その言葉だけを残して彼は去っていった。
もしかして、夢を渡ってきてくれたのかもしれない。
燐はふと、あのオリーブの天井画を思い出した。目覚めて初めに見るものがあれしかないからだ。
後何夜、あの天井画を見ることになるのだろうか。それは誰にもわからなかった。
天井に描かれたオリーブ。旧約聖書によれば、平和と友愛の象徴とされている。
全く持って、皮肉な絵だった。


「頼むから早く、来いよ」


何度も何度も燐は血を抜かれて力を奪われている。いくら回復するからと言っても
限界はあるのだ。体は日に日に衰弱していっている。
誰かの名前を呼ぶことも許されず。燐は幽閉されていた。
光は、どんどん奪われていく。家族の名前も、友達の名前も思い出せない。
唯一覚えているのが、あの悪魔であることが癪だけど。
唯一縋れる名前を、夢の中で何度も呼んだ。

「    」

呟いた言葉は、言葉にならなかった。
メフィストから聞いた彼の本名は、やはり思い出すことはできなかった。

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