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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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初恋視程


雪男は神父に一人になりたいと言って燐のいる病室から離れた。
空っぽのベッドを見たくなかったからだ。
見れば自分の不甲斐なさと向き合うことになる。悪魔の姿も見れなくなった雪男は自分の無力さを思い知った。

どうしてこうなったのだろう。
雪男の胸の内には後悔しかない。悪魔の姿が見えなくなればいいと思ったことも。
兄がいなくなってしまえばいいと思ったことも本当だ。
でも、こんなことを望んでいたわけではなかった。
どうしてうまくいかないのだろう。

雪男は暗い病院の中を彷徨った。緑色の非常口の明かりだけがぼんやりと辺りを照らしている。
燐の姿が見えなくなったのは、雪男がそう望んだからだろう。
だからあんな夢を見て、あんな悲しそうな兄の顔を最後に見ることになった。

見えなくなると、会いたくてしょうがなかった。

人間は無いものねだりだな。と雪男は自嘲した。あんなにも無くなればいいと思っていたことが
無くなってしまえばどれだけ自分の生活の中に。人生に入り込んでいたのかがよくわかる。
雪男は祓魔師としての人生を、生き方を。決して悪いとは思っていなかったのだ。
悪魔に怯える人を助けることは、自身の心を救うことにもつながっていた。
今更普通の人間になれと言われても、なれるわけはない。

「兄さんがいなくなったら、どうしよう・・・」

病室で苦しむ兄の顔すら、雪男は見ることが叶わない。

会いたくても会えない。触りたくても触れない。
そこにいるはずなのに、見ることができない。

その状況は雪男の心にある変化を齎した。
いなくなればいいという心は、そのまま兄を思う心に変わっていった。
なんて都合がいいのだろう。いなくなってからそのことに気づくなんて。
雪男は自分の心がそんな思いでいっぱいになっていることを自覚していた。
それでも。

「兄さんに会いたい」

雪男は祓魔師で、魔神の落胤の奥村燐の弟だ。
そのことはもう否定することはできない。
失う恐怖が雪男の心を動かした。
悪魔の姿を見ることができなくなったことで雪男は兄への想いを自覚した。
このまま兄を失えば、雪男は自分のことを許せない。

ふと、雪男は足を止める。視線の先には闇があった。
大きな闇だ。雪男はその闇に見覚えがあった。

「こんな時間に何の用ですか、フェレス卿」

雪男の視線の先にはメフィストがいた。非常口の前に佇んで、食えない笑みでこちらを見ている。
こんばんわ、と話しかけられるが雪男は軽く会釈するだけに留めた。
メフィストが何の思惑もなくここに来るはずもない。
燐の状況が、神父を通して伝えられたのだろう。この悪魔と神父、そして自分は共犯者だ。
兄はまだ自分が悪魔であることを自覚していない。
だから人である内は、人として育てることを約束されている。
この危機的状況で、もし悪魔としての力に覚醒してしまえばこれまでの日常は終わりを告げるだろう。

「奥村君が危ない状況だと聞いて伺ったのですよ。様子は如何ですか」
「・・・正直、良くないです」

医工騎士としての知識があるから判断がつくが、あの医療機器の数値は間違いなく良くない。
普通の人間なら持ちこたえられるか否かの瀬戸際だろう。
燐が持ちこたえているのは、きっと眠っている悪魔の力が働いているからだ。
その点だけは本当に悪魔でよかったと思えるところだ。

「一つ質問です。悪魔のいない世界を生きてみて、どう思いましたか?」

メフィストは食えない質問をしてきた。
悪魔を無くし、兄を無くした世界は雪男には普通に過ごすことができた。
こんなことが起きなければ、きっとこのまま高校を受験して悪魔とは関係のない日常を生きて、
いつか医者になっていたのだろう。

悪魔の姿が見えなければ祓魔師として生きることはできない。
どんなに兄に係わりたいと思っても。どんなに神父と一緒に戦いたいと思っても。
雪男だけ、蚊帳の外だ。
兄はいつか悪魔としての力に目覚める。
そうした時、兄は一人で自分の運命に立ち向かわなければならない。
何故なら兄は悪魔で、弟である雪男はただの人間だから。
悪魔も見えない人間に、できることは何もない。


兄がいなければこうだっただろう世界を体験して、わかったことがある。
それはもう自分は普通には生きれないということ。


悪魔も兄もいない世界は、灰色だ。色がない。
自分はもうただの人には戻れない。
力のない人間には戻りたくない。雪男は答えた。

「普通でした。何も知らずにいれば普通に生きることができたかもしれません。
でも僕はもう知っています。兄が悪魔であることも、いつか一人になることも。
僕はもう弱い自分に戻りたくなんかない」

当初の雪男には選択肢が与えられていなかった。生まれた時から兄から魔障を受けて
見えるものとして生きざるをえなかった。悪魔からの身の守り方戦い方。
それは悪魔の姿が見える雪男が生きていくうえで必要なことだった。
見えない選択肢を与えられて、その日常を生きて、その上で雪男は選んだ。

「僕は戦いたい、だから悪魔の姿が見えるようになりたい。兄さんに会いたい」

それは 願い。小さなころに雪男が望んだ願いとは違うのかもしれない。
見えなくなればいいと思ったこともあった。
でも、大きくなった雪男にはその先にある願いを叶えたかった。
歪んでいると思われるかもしれない、その願いを。

「ならば、一つヒントをあげましょう」

非常階段の緑のライトが二人を照らす。
メフィストは満足そうに微笑んで雪男にあるものを手渡した。
そして、全ての謎が紐解かれる。


***


「・・・う」

カーテンから差し込んだ光で、燐は目を覚ました。
体中が痛い。これまで体験したこのない痛みだった。
それは燐が日常とはかけ離れた体験をしたからに他ならない。
しかし、それは弟である雪男にも神父にも言えないことだった。
燐は起き上がることができなかったが、視線だけを窓に向けた。
そこにはカーテンを開けた雪男がいた。燐は思わず声をかける。

「ゆきお」
「兄さん、起きたんだ」

声をかけられるが、二人の視線が合うことはない。
雪男は燐の姿を見ることができなくなったと神父から聞いた。
そのことに寂しさを覚えながらも、これでよかったのだと燐は心の中で己に言い聞かせた。

目の前にいるのに、声だけで会話をする。電話をしているような気分だ。
雪男からは自分がどれだけ危ない状況だったかを説明された。一般病棟に移れたのが奇跡だとも。
無事に目が覚めてよかった、と安堵の声を聞くと悪いことをしたと燐は思った。

「悪い、お前勉強あるのに付き合わせて。もう大丈夫だから・・・」

帰れよ、と言おうとすると雪男の眉間に皺が寄った。燐はまずいことを言ってしまったと口を噤む。
雪男は椅子を引き寄せて燐の傍に座った。
そして、ベッドの脇に立てかけてあった物を燐に見せる。
燐の目が見開かれた。だってそれは。

「倶梨伽羅、だよね。兄さんの悪魔の心臓が封印されている剣だ」

雪男は剣を軽く抜いた。すると燐の体が青い炎で包まれる。
雪男が驚かないのは、見えていないからだろう。
身体の痛みも徐々に消えていく、悪魔としての回復力で傷を癒しているのだろう。
雪男は昨晩、危篤状態だった燐の体を悪魔化させることで持ち直させたのだ。
メフィストの言葉を聞いて、雪男はすぐに神父に掛け合って神隠しの鍵を使ってもらった。
引き出しを開けた先には倶梨伽羅があった。しかしその鞘に封印の札はなかった。
二人は確信した。

「兄さんはすでに悪魔として目覚めていたんだね」

目覚めたのはつい最近のことだろう。
燐は心臓を封印されたことで人間として生きていた。そう、人間として生きていたのだ。
だから、雪男が悪魔の姿が見えなくなったときに疑うべきだった。もう悪魔として目覚めていたのだと。
あの時から、燐はもう人間ではなくなっていたのだ。
だから見ることができなくなった。

そして、悪魔メフィスト=フェレスとある取引をしていたことももう雪男は知っている。
雪男に対して思わせぶりな態度を見せていたのも、雪男が今回のことに気づくかを試していたのだとすれば頷ける。
雪男は手の中にあるものを燐に見せた。それは目薬だった。
燐の体が強張る。やはり、正体を知っていたのか。

雪男はその目薬をゴミ箱に投げ捨てた。
乱暴な弟の様子に、燐は動揺を隠せない。そうだ、こんな姿は今まで一度だって見せたことはなかった。
一見何の変哲もない目薬のようにも見えるが、あれはメフィスト=フェレスの持ち物だ。
悪魔が見えなくなる目薬。人知を超えた力だ。それを燐は雪男に使用した。
雪男は夢を思い出す。悲しそうな兄の顔。そして目覚めた時に泣いていた自分。
あれは涙でもなければ、夢でもなかったのだ。


「悪魔に目覚めた時に、フェレス卿と取引したんだってね。
自分が言うことを聞く代わりに、僕が祓魔師を辞めるように仕向けろなんて。馬鹿なことを」


一番最初に悪魔に目覚めた燐を見つけたのがメフィストだった。
戸惑う燐を導いたのは、メフィストの甘言。神父や雪男のこともその時に知ったのだ。
そして、燐がまず先に思ったことが雪男を悪魔の世界から解放してやることだった。
あの晩に雪男が呟いた言葉を、燐は聞いていた。

「俺がいなくなった方が、お前のためになるって思ったんだ。だから俺は・・・」

燐が怪我をしたのは、町に潜む悪魔と戦ったから。
悪魔が減れば、神父や雪男に被害が及ぶことはないと考えたからだった。
でも燐の力はまだ目覚めたばかりで、退魔の心得もない。そんな無茶をしていたら体がいくつあっても足りない。
不良と喧嘩をしたとしても出血多量で死ぬことは稀だろう。
燐の怪我は普通の怪我ではない。悪魔につけられたものだ。
もっと見ていればよかった。そうすればこんな遠回りすることもなかっただろうに。

「兄さんはわかってないよ」

兄さんなんかいなければ。
そう思ったのはあの時の本心だ。でも違う。そうじゃないんだ。
雪男はそれを伝えたかった。今度は間違えない。
目の前にいる大切な人の姿は見えない。でも、もうそこにいることは知っている。
雪男は燐に手を伸ばした。
見えないけれどそっと感じる体温。雪男は迷わなかった。
寝ている燐に覆いかぶさる。近づく雪男に、燐は抵抗した。
燐は力の入らない手で雪男を遠ざけようとする。

「雪男、やめろッなにする気だ」
「同じことをするんだよ」

燐の手を退かせて、強引に唇を奪った。
聞こえてきた燐の声がくぐもる、唇に感じるのはほのかな体温と柔らかな感触。
口を開けさせて、舌を侵入させた。
途端に走るのは、甘い痛みだった。それは燐の八重歯に舌が傷つけられた証だった。

雪男は燐から魔障を受けて、悪魔が見えるようになった。
同じ悪魔からの魔障で、再び見えるようになるのかは賭けだった。

雪男は目を開ける。灰色だった世界に色が戻る。
そこには青い炎を体に宿して輝く兄の姿があった。
母の胎内でも自分は同じことを思ったのかもしれない。
青く輝く片割れに触れたくて手を伸ばしたから、僕は魔障を受けたのだ。

呆然とした、悲しそうな顔をする燐の表情は雪男の心を締め付ける。
そんな顔をしないで。そう思いながらも雪男の心を満たすのは喜びだった。

自覚した心にもう嘘はつけない。僕の目は、兄さんの姿をはっきりと視認できる。
お互いの唇には、血の跡がついている。その跡が見えることが今はとても愛おしい。
雪男はその血をそっと舐めとった。


「やっと会えたね、兄さん」


僕の初恋は、血の味がした。

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