青祓のネタ庫
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からんからん。という音が響いて、来客の合図を告げた。
時計は午後四時を示している。ランチタイムもとっくに終わり、夜の営業まで時間がある。
カフェにしては遅い時間帯だろう。店内に客の姿はなかった。
奥から、店主が出て来て客に声をかけた。
「はい、いらっしゃいませ・・・」
客の顔を確認して店主は店の奥から出てきたことを心底後悔した。
しまった。居留守を使えばよかった。そう思っても後の祭りである。
ここは狭い店だ。集団で使えるような机もなく、カウンターごしの対応だけ。
それでも客にはご飯がおいしいと密かな人気店になっていた。
一人で切り盛りするにはちょうどいいサイズだったのに。
店主はため息をついた。すると、客の方から声がかかった。
「数年ぶりに会ってその対応はないよね」
客の男は、眼鏡と黒子が特徴的だったが一目で職業がわかる服装をしていた。
黒いコートを羽織って、胸に祓魔師のバッジをつけている。
あまり一般的な職業とはいいがたいが、その危険度の高さから給料は良いと噂の祓魔師だ。
その内容とえげつなさについて店主はよく知っていた。知りたくもなかったが。
「そっちこそ、とうとう俺を捕まえにでも来たのかよ雪男」
店主こと、燐はそう言い返した。いつまでも子供のような対応をしてられるほど軽い人生を
歩んできたわけではない。この店を持つまでの間だってかなり苦労をしてきた。
一人でここまでやってきたのだ。
燐にとってこれまでの道のりと苦労は自分に自信をつけることにもつながったし、
なによりこんな自分でも社会と繋がりを持てるのだという安心にもなった。
自分は魔神の落胤で、今でも悪魔に狙われている。
それが数年前に祓魔師にも追われるようになった。それだけの違いだ。
燐はとりあえずと雪男の目の前にアイスコーヒーを出した。
ガムシロップはなし、ミルクのみを置いてやる。その動作に雪男は目を細めた。
自分の好みを知っているからこそできるやり方だ。
雪男は思わずつぶやいた。
「帰ってきてよ兄さん」
それは雪男の本心だった。でもその言葉を聞いた燐は鋭い視線を雪男に向ける。
「よく言うぜ」
自分を追い出した場所に。そんなところに今更戻れと言うのか。燐は雪男に遠慮はしない。
自分には今の人生だってある。そして雪男にだってそうだろう。
燐がいないこの数年は雪男は確かに自由だったはずだ。
それを言われると雪男は何も言えなくなってしまう。
燐が言った言葉は紛れもない事実だったからだ。
***
魔神を倒し、物質界に平穏が訪れた時に騎士團が取った行動は、今でも許せるものではない。
永久追放という判断は、これまで騎士團に貢献してきた燐にとって酷なものだった。
何のために魔神と命を懸けて戦ったのだろう。
ただ、認めて貰いたかった。神父が自分を生かしてくれたことは正しかったのだと証明をしたかった。
だから聖騎士を目指していた。今まで何があっても我慢をして耐えてきた。
それなのに、それらすべてを無に帰すような傲慢で冷徹な判断だった。
燐は納得がいかなかったが、反論して上層部の判断が覆ることは無いだろう。
それはこの数年でよく思い知っていた。
「なんだよ、俺がやってきたこと。全部無駄だったってことなのかよ」
燐は紙切れ一枚で告げられた内容を見て、項垂れた。
処刑にならなかっただけましだと考えるべきだろうか。でもそこまでまだ開き直れなかった。
いつか報われると信じていたことが、こんな形で裏切られた。
燐の体はまだ魔神との戦いの傷が癒えていない。ずきりと痛む腹を抑えて呻いた。
涙が出るかと思ったけれど、それももう出ない。
監視役をしている雪男はこの判断を知っているのだろうか。いや、それももう関係ないか。
燐が追い出されることで、監視役ももうお役御免だ。
前向きに考えるのであれば、雪男を解放してやれる。
燐は部屋の中を見渡した。ここは六〇二号室だ。兄弟はまだ旧男子寮で暮らしていた。
監視の意味もあって住んでいたここも、もう必要なくなる。
祓魔師に関係するものも置いてあるので、持って行けるものは少量だろう。
燐がこの学園に留まれるのは、あと数時間だった。
正午になれば、燐は祓魔師ではなくなる。必然的にここを追い出されることになる。
燐は荷物を纏めた。今まで世話になった装備品も置いていく。
あれだけ苦労して取った祓魔師の証も全てだ。
少しの着替えと、お金。そして倶梨伽羅。それだけを持って燐は靴を履いた。
心残りがないとは言い切れない。心残りだらけだ。
少しだけ悩んで、携帯電話もおいて行った。
おそらく騎士團への連絡手段を持っていると後々やっかいなことになるだろう。
悪魔に情報を流す気だなどと、あることないこと言われそうだ。
燐は荷物を持つと、六○二号室の扉を閉める前に一度だけお辞儀をした。
この部屋にはお世話になった。これからもう二度と訪れることはできないだろう。
雪男に書置きの一つでも残そうかとも思ったが、やめておいた。
燐は一人で、まるで買い物に行くかのように外に出た。
いつもの道を通って、町の外に繋がる道まで歩く。
燐は目を凝らす。時刻は、十一時時五十五分。あと五分だけか。
町と道の境に、薄い紫色の膜があった。普通の人間には見えないそれは、結界の境界線だ。
メフィストが張っているその結界は、低級から中級までの悪魔しか入れない。
上級ともなればメフィストの許可した悪魔しか入ることはできない。燐は上級の悪魔だ。
騎士團の決定に従ったとすれば、あと五分でこの町に燐は入ることができなくなる。
一歩を踏み出して、燐は結界の外へと出た。
そして上に上にと積み上げられた町を見上げる。大きな町だ、今まで燐が住んでいた町。
これからは住むことも足を踏み入れることもできなくなる町。
どうしてこうなったのだろう。
「俺、がんばったのになぁ・・・」
浮かび上がるのは悔しさだった。それでも、こうするしかないだろう。
俯いている燐の前に、突然影が降り立った。燐はこの気配を知っている。
ピンク色に包まれた長身の男。メフィストだった。
「こんにちは、奥村君」
メフィストはなんでもないように燐に話しかけた。
燐もなんでもないように返す。
「世話になったな」
「おや、てっきり恨み言でも言われるかと思いましたが」
「別に聖騎士になれなかったのはお前の判断じゃないだろ」
「このままでいいのですか」
「いいもなにも、こうするしかないだろ」
恐らく命令に従わなかった場合は処刑。もしくは燐の大切な者に手を出すだろう。
騎士團はそういうところだ。だから燐は騎士團の命令に従った。
「でも、俺が騎士團の命令に従うのはこれが最後だ」
追放したというのなら、これからは好きに生きてやる。もう騎士團に縛られることもなく。
誰の監視を受けるわけでもなく。一人で。
正午を告げる鐘が鳴った。燐は手を伸ばした。結界の向こう側にメフィストがいる。
手はメフィストに届くことなく、結界に弾かれた。もう町に入ることはできない。
「残念。お前のこと最後に殴ろうと思ってたのに」
「物騒ですね。こちら側にいてよかったですよ」
「お前ともこれで本当に最後だな、じゃあな」
燐が背を向けて行こうとするとメフィストが燐を引き止めた。
「奥村君、誰にも声をかけずに行くのですか」
燐が振り返る。その瞳には青い炎が宿っていた。
感情の高ぶりによって引き出されたそれは、間違いなく怒りの炎だった。
悪魔としての瞳で燐は言った。
「どの口が言うんだよ。皆に俺と接触しないように監視用の悪魔をつけておきながらッ」
人間は気づかないだろう。燐と接触したら命令が発動するタイプの悪魔だ。
悪魔は燐ではなく、人を襲うようにできている。それを知っていながら、燐が皆に会えるわけがない。
俺を一人に追い込んでおきながら、お前がそれを言うのか。
メフィストは拍手をした。
「流石、末の弟は一人前の悪魔に成長できたようでお兄ちゃんは嬉しいですよ」
「胸糞ワリィ、お前の顔を見なくて済んで清々するぜ」
「その言葉、そっくりそのまま奥村先生にお伝えしておきましょう」
やめろよそれは誤解されるだろ。最後まで嫌な男だな。燐はげんなりした。
メフィストはそれでは謝罪の意味を込めて、と言葉を告げた。
「最後に、いいことを教えてあげますよ」
その悪魔の言葉は碌なものではなかった。
だが聞かなかったことにはできない。できはしない。それは真実だったからだ。
***
「飲んだら帰れ、そして二度とここへ来るな」
それは燐の本心だった。雪男に何も告げずに出ていった兄。
燐が出ていったあの日から、雪男は燐を探していた。ずっとずっと。
でも行方は知れず、燐の友人たちにも連絡はひとつもなかった。
燐は消息不明になっていた。
ようやくたどり着いた先にいた兄は、もう関わりたくはないと雪男を追い出す。
こんなはずじゃなかったのに。
そんな言葉が頭をよぎる。
燐は未だ動かない雪男に、最終通告を告げた。
「お前、俺が何も知らないと思っているのか」
俺を永久追放する判断を下したのは、お前だろ。
その言葉に雪男は何も言えなくなる。
メフィストが燐に告げた真実だ。
何故それを燐に教えたのか。面白いと思ったからだろうか。
はたまた実の弟に追われるという立場になった燐への同情だったのかはわからない。
それでも、紛れもない真実だった。
「知ってたんだね、兄さん」
雪男の胸元には、聖騎士の証であるバッジが輝いている。
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