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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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荊のぬくもり

終電の電車に乗り遅れたら、どうなるんだろう。

雪男が目を覚ますと、隣には心配そうな顔で雪男を見つめる燐がいた。
顔が真っ青だ。そうだ、兄は先ほどまで。ぞっとする思いが頭を駆け抜けて。思わず手を伸ばす。
目の前にあった手は、雪男が掴んでも逃げはしなかった。
触れればそっと温かく、雪男の手に生きていることを教えてくれる。燐はその手を強く握り返した。

「雪男!心配したんだぞ!」
「・・・それはこっちの台詞だよ」

先ほどまで死んでいたくせに。雪男が起きあがると、屋上の状態は散々なものだった。
フェンスは破壊されているし、貯水タンクはボコボコ。屋上の床はそこかしこが抉れている。
これ、雨の日とか雨漏りするんじゃないだろうか。そんなことを考えるくらい、雪男は落ち着いていた。
敵の姿が見えないことから、戦いはもう終わったのだとわかったからだ。

「藤堂はどうなったの」

兄がここにいるということは、雪男が気絶している間に兄が連れて行かれるという
最悪の事態は避けられたわけだ。
藤堂は、兄に何かしなかっただろうか。見つめる雪男の瞳から、燐は目をそらしながら答えた。

「あー、俺が燃やした。流石に死ななかったから
何回か戦うことにはなったけど、最後には消えたから。たぶん逃げたんじゃないか」
「なにか、言われたりしなかった?」
「なにを?」

雪男の脳裏に、あの京都での夜が思い浮かんだ。
それは君の瞳ではないな。
瞳に宿った青い光。
染まる視界。怯える自分。あのことを知られたのではないかと。それを雪男は恐れていた。
燐は首を傾げている。これなら、下手な情報は与えられていないと考えていいだろう。

「なら、いいんだ」

雪男の様子に、燐が俯いたままつぶやいた。

「お前何か俺に隠してねーか?」

雪男は燐の問いに定型文で返す。

「なんでもないよ」

そうやって、俺には教えてくれないんだな。
燐は言わなかった。藤堂との戦いの時藤堂は燐を何度も言葉で責めた。
その事実を倒れていた雪男は知らない。

君がいなければ、弟君はしあわせだっただろうね。
弟君が何かを隠しているのに、それを知らされない。
君はいつも何かを秘密にされている。
信用されていないんだよ。邪魔だって思われてる。
それでも君は弟君の側にいるつもりなのかい。
君はいらないって思われているくせに。

藤堂の言葉は何度も何度も燐が考えたことだった。
俺がいなければ、たぶん神父さんは死ななかった。
雪男も祓魔師にはなってなかっただろう。
俺はいつだって、いろんな人に迷惑かけて生きているなって思う。
今だってそんな思いがないわけじゃない。

でも、死んでなんかやらない。
そう燐は思っている。

俺が死んだら、俺が離れたら。
雪男は一人になってしまうじゃないか。
たくさん迷惑かけるし、心配もかけた。
今回なんか死にかけた。
でも、言葉通り俺は死ななかった。
一人になんかさせないために。
心配だから、俺はお前を残して死んだりできない。
これはきっと俺のエゴなんだろう。

「あいつのことが心配だから、俺はあいつの側にいる」
「いらないって思われているのにかい、ひどいね」

誰にも言葉にしたことはないが、燐には感じていることがあった。
今は雪男の側にいるだろう。
でも、雪男と燐は近い将来必ずどこかで別れる時が来る。
それは燐の勘だったが、まず間違いなく訪れる未来だろうと確信を持っていた。
どのタイミングなのかはわからない。
それをもたらすのは騎士團かもしれないし、魔神かもしれないし、
あるいは藤堂がもたらすのかもしれない。
だから、その時までこのままでいたい。
来るべき別れの時が来るまでは。
燐は言葉を飲み込んで、藤堂に向かって言った。


「兄貴が弟の心配して何が悪いんだよ」


俺は傲慢だ。
でも、兄貴ってそんなもんだろ。

燐の答えに、藤堂は心底軽蔑したような表情を向けた。

「本当に。力持つものは、いつだって傲慢だ」

或いは、憧れからか。藤堂はそう言い残して去っていった。
終わったのか。燐の体から力が抜ける。燐自身も本調子ではない。体が震えるし、節々が痛い。
それでも雪男の側に来て、その様子を確かめた。息をしていることに安心した。
自分が倒れていた時、雪男もこんな風に感じただろうか。
起きた時は心底ほっとした。
燐が黙っていることに雪男は首をかしげた。

「どうしたの?」
「なんでもねーよ」

定型文で言い返してやった。
雪男は少し考えて、燐の肩に手をかける。
そのまま、羽織っていた着物をずるりと剥かれてしまった。驚いたのは燐の方だ。

「おい、いきなりなんだ!」
「・・・よかった。茨、消えてるね」

雪男の手が燐の上半身をなぞる。あれだけ燐を苛んでいた茨は跡形もなく消えていた。
開花した薔薇を摘み取れたのが、よかったのかもしれない。
雪男は薔薇が咲いた場所に手を置いた。
途端に、雪男の表情が変わる。燐のことを自分の元に引き寄せて、抱きしめた。
いきなりのことに燐は動揺を隠せない。

「おい、雪男どうした」

雪男はなにかを確かめているようだった。
燐が生きていることを確かめたかったのか。
でも、それだけではない気がする。
抱きしめられたと思った次の瞬間には、立ち上がっていた。

「兄さん、きて」

表情が見えないまま、雪男は駆けだした。
燐はされるがままに雪男についていくことしか、できなかった。

***

夜の風が冷たい。
以前、燐が家々の屋根の上を駆けて向かった道だ。
雪男は屋根の上を飛びながら行くことはできない。雪男は人間だからだ。
燐は人が通る道を雪男と駆けている。
起きたばかりでふらつく燐の足を支えながら、途中何度か歩きながら、
それでも雪男は燐をどこかへ連れていこうとしていた。
夜の風が吹いて、燐がくしゃみをした。着物一枚で来ているから、寒かったのだ。
雪男は振り返ると、自分の着ていた祓魔師のコートを燐にかけて、手を引っ張って進み出した。
止まる気は、どうやらないらしい。

「なぁ。どこ行くんだよ」
「急がないと、間に合わなくなるんだ」

それだけ言って、後は無言。燐には雪男が何をしたいのかわからない。
変な夢を見ている気がした。
ただ、どこかへ行こうとしているのだけはわかる。
長い階段を降りていると、視線の先に明かりが見える。駅だ。雪男は駅に行こうとしているのか。
でも、駅から電車に乗って。どこに行こうというのだろう。
手を引かれるままに、燐は改札の前に来た。ちらりと駅員室を見ても、人はいない。
どこかへ点検にでも行っているのだろうか。
深夜の誰もいない改札。そこを兄弟はくぐろうとしている。
燐は、改札の前で踏みとどまった。

「雪男、お前どうしたんだよ」
「いいから」

雪男は踏みとどまる燐を強引に引っ張って改札をくぐった。
おい、これ駅員さんにバレたら怒られるんじゃないか。
そう言うとお金持ってるから大丈夫だよと言い返される。
燐はお金を持っていないので、雪男の言われるがままだった。

誰もいない駅で、二人はぽつんと立っている。
寒いからか、吐く息は白い。雪男は燐の手を掴んでいる。
燐は、意を決して雪男の手を振り払った。
雪男と燐は深夜の駅で向き合っている。ぼんやりとした街灯と月の明かりだけが二人を照らす。
表情は、とてもわかりにくかった。

「雪男お前なにか変だぞ」
「何が変なのさ」
「こんな深夜にどこに行くってんだよ」
「ここじゃないどこかだよ」

雪男が燐に近づいた。雪男の影が燐に覆い被さる。
ぞくりとした寒気が沸いてきた。雪男に、弟に対してこんなことを思うのは初めてだ。
怖い。
目の前にいるのに、どこか遠くを見ている。
燐は思わず雪男の頬に手を伸ばした。その頬は濡れていた。燐は驚く。
濃い影が顔にかかっていたからわからなかったのか。燐の手は雪男を慰めるように動く。

「お前、なんで泣いてるんだよ」

雪男は答えずに、燐を抱きしめた。
燐の肩にかかる自分のコートごと、腕の中に閉じこめる。あたたかい。
でも。

兄さんの、心臓の音が聞こえない。

雪男は気づいてしまった。
燐の肌に手を置いた瞬間、いつも聞こえていた鼓動が聞こえなくなっていたことに。
藤堂が言っていた通り、茨は燐の心臓を喰い破って花を咲かせていた。
今燐は悪魔の心臓から送られる力で生きているのだろう。

今まで十五年聞いてきた鼓動が聞こえない。
人間である兄さんの心臓は鼓動を止めた。

藤堂の声が聞こえてくる。

『君は、この選択に後悔しないかい』

後悔。そうだ、悔やんでも悔やみきれない。
僕にもっと力があればよかった。
僕がもっと早く気づけばよかった。
そんな思いが溢れて止まない。
雪男の足は自然と動き出して、ここに来ていた。

「ここじゃない、どこかへいきたい」

思わず呟いた言葉は、慟哭のようにも聞こえた。
子供のような衝動だ。いつもなら押さえ込んでいるその思いを今回は抑えることができなかった。
僕の好きだった鼓動は、もう聞くことができないのだと思うと、止められなかった。
燐は雪男の背中に腕をまわした。
お互いの体温は感じるのに、脈打つ鼓動はひとつだけ。

「いけねーよ、どこにも」

燐は雪男の思いを否定する。
雪男は燐の瞳を見つめた。燐は瞳を逸らさない。
逃げないという意志が宿っている。

「俺は聖騎士になる。そんで、ジジイが正しかったことを証明してみせる。だから」

燐は肩にかかっていた祓魔師のコートを雪男にかけた。

「そのコートに腕を通せるように頑張るから。それまで、俺のこと見ててくれ」

逃げるな。と燐は言っている。
人間としての鼓動を止めた燐を、悪魔として目覚めていく燐を。雪男は見続けなければいけない。
それまで。と期限を決めて雪男への逃げ道も用意しているあたり、ずるいなと雪男は思った。

二人を照らす強い明かりが、線路の向こうから来ている。
程なくして駅に到着した電車は、扉を開けて二人が乗るのを待っている。
雪男は一度だけ電車を見て、そして燐に向き直った。

「見ているよ、ずっとずっと」

期限なんて、いらないよ。
祓魔師になれなければ、兄は死ぬしかない。
これから先なにがあっても、雪男は燐の行く先を見なければならない。
例え、どんな未来が待っていたとしても。
それが雪男の選んだ道だった。

「こちら、終電です。乗られますか?」

電車に乗っている車掌が声をかけた。
雪男は答える。

「いいえ、乗りません」

電車は定刻通り、空っぽのまま走っていった。
がたん、がたん。と揺れる電車の灯火が線路の向こうへ去っていく。
駅の灯りも徐々に消えていった。
残された二人は、暗闇の中で手をつないだ。
そこで雪男は問いかけた。

「終電の電車に乗り遅れたら、どうなるんだろう」

どこかへ行くための手段がなくなったらどうする。
燐は少しだけ考えて、こう答えた。

「線路歩いていけばいいじゃん」

例え、その線路の先が別れていても。
雪男は燐の手を握り返す。この手が離れる時がいつか必ず来るだろう。

夢も見れない子供に、未来なんてあるものか。

藤堂はそう言っていた。だが、雪男も燐ももう現実を知っている。
荊に囲まれた日々は偽物で、修道院で得た幸せは過去の話。

ネバーランドは、どこにもない。

燐は雪男の手を引いた。改札をくぐれば、現実が待っている。
それでも。

「お前と一緒なら大丈夫だろ」

今の、この手のひらのぬくもりが全てだ。

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