青祓のネタ庫
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藤堂の声が聞こえたかと思うと、雪男は屋上のフェンスに叩きつけられていた。
一瞬息が詰まって、吐き出される。せき込んでしまう。
雪男が呼吸を落ち着けると、目の前には赤い炎があった。
赤い炎は雪男をぐるりと取り囲んでおり、逃げ場はない。
背後にある錆付いたフェンスが、雪男の緊張した心のようにぎしりと鈍い音を響かせた。
藤堂と雪男の間には距離がある。
つまり、藤堂の足下で倒れ込んでいる燐との間にも距離が空いたということだ。
この炎を消すのは至難の業だろう。雪男が唇を噛む。
その悔しそうな表情を見て、藤堂は笑った。
その言葉は繰り返し雪男の脳裏に刻まれる。
「いいね、その顔。悪魔みたいだ」
「黙れ!」
茶化したもの言いに腹が立つ。だが、今は自分のことより兄を優先させなければ。
雪男が銃を藤堂に向けて発砲しようとした。雪男の手が一瞬止まる。
「いいのかい?お兄さんに当たっちゃうよ?」
「卑怯なッ」
銃口の先には、意識のない燐を盾に使う藤堂がいた。
燐をわざと自分の前に立たせることで雪男からの攻撃を防ぐ。
雪男は守ろうとしている兄を自分の手で撃つことになる。
それは藤堂には最高のショーの様に思えた。
藤堂は雪男に見せつけるように燐の口の中に指を入れる。
雪男がぎょっとしていると、
ゆっくりとかき回した後にその指を出した。
唾液が唇と指とをつないで、糸のように光っていた。
藤堂の指先には、青い花びらが一枚だけついている。
その一枚の花びらを大事そうに見ながら、藤堂は落胆の声を上げた。
「残念、茨の結晶はほぼ吸収されちゃったか」
「お前は・・・何が目的なんだ!!」
意識のない燐を嬲られた。この男が許せない。
なぜ自分たちを放っておいてくれないのか。雪男は下唇を噛む。
魔神の血の運命を呪ったことは何度もあった。自分に降り懸かることなら耐えられる。
そのために神父から様々なことを教わったし、祓魔師になる訓練だって受けた。
でも、どうして運命は兄にばかり牙を向けるのだろう。
茨に蝕まれて苦しそうな表情を思い出す。
今は眠っているようだが、先ほどまで死んでいたのと変わらない状態だったのだ。
動かしていい状態なのかもわからない。
そんな兄を、この男は利用している。まさに悪魔の所行だ。
許せない。なぜこんなことをするのか。
雪男の憤りとは裏腹に藤堂は世間話をするように会話を続けた。
「君のお兄さんの炎ってさ、珍しいよね」
藤堂はぽつりと呟いた。それは誰もが知っていることだ。
燐の持つ魔神の炎は物質界には存在しない。虚無界の神が持つ命の炎だ。
だから燐は騎士團から監視の対象になっているし、危険因子として扱われている。
炎さえ継いでいなければ、燐はまだ普通の生活ができたかもしれないのに。
「世界中で君のお兄さんだけしか持っていない力だ。
だからこそ人は彼を恐れるし、彼を求める。
力なき者は、ある者に憧れる。そう、この世の心理だ」
君は、お兄さんに憧れていながら、お兄さんのことを憎んでいる。
自分には持っていない力だ。
双子である分、その気持ちは他者よりもずっとずっと強いだろう。
なぜ兄は持っていて、自分は持っていないのか。
それはずっと雪男の心に蟠っていた暗い闇。
藤堂は悩む雪男に告げる。
「この世界はなによりも不公平だ」
痛いところをつかれた。うらやましい、妬ましい。
兄のようになりたかった。誰からも好かれている優しい兄。
自分にはない答えを導き出す兄。
それを選び、勝ち取る力がある兄。
なんで、僕にはないものを兄さんは全部持っているんだろう。
家族なのに。兄弟なのに。双子なのに。
自分の汚い心を自覚するたびに、嫌悪感が止まない。
こんな醜い心、兄さんは持ってなんかいないはずだ。
だからこそ余計に自分が嫌になる。
藤堂は雪男に揺さぶりをかける。
「そんな世界を変えたいと思ってなにが悪い」
藤堂は、優秀な祓魔師だったと聞いている。
だが名家の出身ということで優遇されていた面もあるし、
騎士團からの汚い依頼もこなしていたようだ。
そして、家族の仲は決して良くなかった。
青い夜で家督を継ぐはずだった兄と父が死んだ。
彼はなにをしてもいい立場になった。今まで受けてきた理不尽な扱いを。
家督を継がない弟だからこそ味わってきた屈辱。
それを払拭しようとした。でも、うまくいかなかった。
彼は名門の出身だが、決してエリートと呼ばれるほど優秀だったわけではない。
比べられる。比べられる。死んだものにさえ自分は比べられて生きている。
なんという理不尽だろうか。
彼の心は悪に染まった。だからこそ、悪魔になる道を選んだのかもしれない。
どうしようもない世界。なにをやっても変わらない世界。
だから自分を見てくれない世界に、牙を向いた。
藤堂は燐の顔を持ち上げた。燐の意識はなく、顔色は悪い。
その様子に雪男の心は締め付けられた。
藤堂は、燐の心臓を指さした。
「だから、君には一緒に来る資格があるよ奥村雪男君」
「え・・・?」
藤堂の言葉は雪男にとって思いがけないものだった。
この男がなにを言っているのか理解できない。
「僕らの目的は奥村燐君の存在そのもの。魔神の炎を中枢に掲げ、悪魔喰いで組織を構築する。
悪魔の為でもない。人間の為でもない。悪魔に堕ちた元人間の為の組織。
つまりは半端者の集まりさ。君たちの居場所としては向いていると思うよ」
藤堂はにやりと笑った。
「啓明結社イルミナティへ、君たちを招待しよう」
藤堂の腕の中には燐がいる。藤堂は最初から燐の動きを封じて、拉致しようと考えていたのだ。
そして、双子である雪男の負の感情を刺激し悪魔になれと誘いをかけている。
魔神の落胤の双子がいれば、組織としてのこれ以上ない強化を図れる。
藤堂の言葉を聞いて、雪男は理解した。
僕たちには、利用される道しかない。
騎士團か。イルミナティか。それとも虚無界の魔神のためか。
神父が死んで以降、汚い大人の身勝手な都合に巻き込まれてきた。
兄弟は生まれてきただけだ。まだなにもしていない。
誰に利用するのか、されるのか。
強制される謂われはない。
僕たちは取り残されて、二人しかいない兄弟だ。
雪男は前を向いた。
僕は、選んだ道を進んできた。
藤堂が今やっている行為は、兄を人質に取った脅しと同様だ。
雪男は銃を構えた。冷たい銃口が藤堂と、燐に向けられる。雪男の目はひどく冷めていた。
「夢ばかり見る大人は嫌いだ」
都合のいいことばかり言って、結局利用しようとするだけ。
藤堂は笑った。
「夢も見れない子供に、未来なんてあるものか」
自分が酷く冷めたものの見方をしていることを雪男は知っている。
「そうさ、だから僕は今を生きている」
なんの力もない人間だから、未来に希望を望むのではなく現実を精一杯踏みしめて生きている。
僕には、未来を変えてしまうような兄みたいな力なんて持っていないから。
「お前達は『悪魔喰い』だろう!兄さんを喰って力を得ようとする魂胆がないとは言わせないぞ!」
許容できるかは別として。今回の事件は不浄王の時と似ている。
目当ての悪魔の力を出させて、その力を横取りする。強盗のような手段だ。
現に、藤堂は茨の花びら一枚でも手放す気はなさそうだった。そして、燐の体自身も。
「バレちゃってるか。流石だね」
「あいにく、お前の言葉は一言だって信用できない」
「お兄さんを連れていって、もっと炎の結晶を出してもらうつもりだったんだけど。
ハハハ以外と負担になるんだね。死にかけちゃうなんてさ」
雪男は迷わず、引き金を引いた。
ぱあん。乾いた音が屋上に響く。藤堂の腕の中には燐がいた。
少しでもずれていれば、当たっている。
藤堂の体がぐらりと揺れた。
藤堂の右側の頭部がなくなっていた。頭を失いながらふらふらと立っている。
でも、死ぬことはない。彼はカルラの炎を取り込んで生きているからだ。
「ひどいなぁ痛いじゃないか」
目の前が見えないくらい赤い炎で包まれた。
炎は雪男の周りを取り囲み、熱と勢いで追いつめる。息が苦しい。
中心にある酸素を燃やして、炎は燃えているのか。窒息死の上に、焼死か。笑えない。
雪男は口元を抑えた。
このままでは、兄は連れていかれてしまう。
雪男は周囲に残されたわずかな酸素を肺に取り込む。
「・・・起きろ」
わずかな声。
だめだ。炎が燃える音が強い。
雪男は、もう一度叫んだ。
「僕が起きろって言ってるんだ!!起きろ馬鹿野郎―――ッ!!!」
赤い炎が晴れる。息を吐いた。呼吸が楽になる。
自分を包む、温かくやさしい青い光。
視線の先に宿る、青い炎の輝きを見た。やっとか。遅いよ馬鹿。
燐は自分の足で立って、雪男の方を振り向いた。
「悪い、寝坊した」
燐は青い炎を藤堂に向けて放つ。
雪男の意識は、そこで闇に堕ちた。
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