青祓のネタ庫
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候補生が祓魔師の補佐として任務に同行するのは別段珍しいことではない。
祓魔師は万年人手不足だ。
雑用やその他の用事をこなす、いわゆる下っ端という人材は誰しも欲しい。
そんなわけで、祓魔塾の生徒というのは、扱いやすい雑用係りとして使われるのが、常だった。
魔障を受けているので悪魔は見えるし、ある程度の祓魔技術もある。
それに、自分のことはそれなりにできる高校生という立場だ。
特に、長期休暇の時などは候補生は実践任務と称して、大量の雑用が割り当てられる。
今期の祓魔塾の生徒たちも、そうだった。
しえみと出雲は薬草採取。京都組はチューチとゴブリンの駆除。
人手がいるものばかりだ。
奥村燐も例に漏れず、雑用任務の最中のことだった。
引率の椿に引き連れられて、燐は巨大バリヨンの採掘をしていた。
バリヨンは、人の多い地域では取れにくいため、必然的に山奥の秘境と呼ばれる奥地に行くことになる。
祓魔師は鍵という便利な道具が使えるので、正十字学園から、人里離れた山奥まで一瞬で移動が可能だ。
今回も、寂れた山小屋に繋がり、河原で採掘をしていた時。
椿の携帯に連絡が入った。雑音混じりだが、緊急を要するもののようだった。
声にあせりが浮かぶ。
「ナニ!?わかった、すぐに向かうのダガネ!」
携帯を切ると、椿は燐に向かって叫んだ。
「奥村君、すまないが緊急の任務が入ってしまった!
扉は開けておくから、そのバリヨンを採掘したらいったん学園に戻るように!」
燐は百キロはありそうなバリヨンを抱えながら、へーい。と椿に返事を返す。
椿は、燐の返事を聞くやいなや、扉に向かってすっとんで帰っていった。
燐は、耳に入ってきた電話のやりとりを思い出す。
『ああん、あなた。家に帰れなくなっちゃったの。来てー』
『それは大変だ子猫ちゃん!今すぐ行くからそこで待ってるんだよ!』
こんな時、悪魔特有の聴覚って便利だな。と燐は思う。
まぁ監視役がいなくなって身軽ではあるので、
さっさと学園に帰って夕ご飯の準備でもしようかと考える。
今ならスーパーのタイムセールに余裕で間に合う時間だ。
長期休暇中は任務と称して雑用ばかりさせられていたので、たまにはゆっくり休みたい。
今日のおかずはなにがいいだろうか。雪男は魚派だが、燐は肉派だ。
しかし、寮にはクロもいるのでクロの意見もたまには聞いてやるべきだろうか。
さすがに、酒の肴をリクエストされたら困るが。
頭の中で献立を組立ながら燐は、バリヨンを抱えあげる。
バリヨンが「あああああ」と変な声を上げている。どうしたのだろう。
気にせず、そのまま山小屋の扉に押し込んだ。
めき、というイヤな音が響くが燐は気づかない。
「入りにくいな・・・これ。どうしよう、割るべきか?」
サイズの合わないバリヨンを小さな扉に詰め込まれて、扉は悲鳴を上げている。
しかし燐はいけるいける。と楽天的な気持ちで、もういちど力技で押し込んだ。
入った。バリヨンは、無事学園の祓魔塾前の廊下に転がり込んだ。
同時に、山小屋が盛大な音を立てて崩れ落ちていく。
「うおおおおお!!??」
とっさに飛びのいたおかげで、建物ごと潰されるのは免れる。
ほこりと木くずが舞って、小屋が只の廃屋になってしまった。
燐は、少し考えてから小屋の扉があった辺りをぺしぺしと叩いてみた。
特に、空間が繋がっているような感じはない。試しに、頭を突っ込んでみた。
特に、瓦礫でできた暗闇以外に出口のようなものはない。
燐は一呼吸おいて考える。
「・・・これは・・・まさか」
学園に続く扉が壊れてしまった。
祓魔師ならば、鍵を使って別の扉から学園に帰ることが可能だろう。
しかし、燐は候補生だ。学園に続く鍵など持っていない。
つまり、燐は人里離れた辺境の地に一人取り残されてしまった。ということだ。
しかも原因はバリヨンによる扉の破壊。言い訳のしようもない。
「やばい!ぜってぇ雪男に怒られる!!」
燐は急いで携帯電話で連絡を取った。
シュラにつながる番号をかけるが、しばらくして電子音が聞こえてきた。
おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか。
燐は即座に電話を切って、他の塾生に連絡を取る。
結果は、同じだ。誰にもつながらない。
携帯の電波を確認するが、辛うじて一本立っているくらいだった。
燐がこんな辺境の地に飛ばされて来ているのだ。
他の塾生も、似たり寄ったりなのだろう。誰にも、連絡が取れない。
最後の望みに縋って、雪男にもかけてみたが、無情にも電子音が響くだけ。
雪男もシュラも、同じく引率をしているのだろう。
燐は、諦めて電話を切った。携帯の電池も残り少ない。
当然、充電器もない。携帯が最後の命綱だ。
電池をくわないように、節電モードに切り替えて、ポケットにしまった。
空を見れば、青空から打って変わって茜色に染まりだしてきている。
遠くの方には雲も見えた。木々の隙間から闇の色が段々と出てきていた。
辺りは、もう暗くなり始めている。このままこの河原にいてもどうにもならない。
夜に川沿いにいるのは危険だ。
山の天気は変わりやすいので、山の上で降った雨が、下流で増水しないとも限らない。
ここで、野宿は無理だろう。
燐は、川に沿って走っている道路に目を向けた。
走っている車はいないが、ここにいるよりはましだろう。
燐は倶利伽羅を背負って、道路沿いに歩きだした。
車が一台でも通ってくれたら、
恥をしのんで人生初めてのヒッチハイクをする心構えもある。
車で町の方までいけば連絡のしようもあるだろう。
山の中ではどうにもならない。燐は、暗くなる道をとぼとぼと歩き始めた。
「・・・腹減ったなぁ」
さっきまで夕飯のことを考えていたのだ、ないとなると余計にご飯が恋しくなる。
悪魔である以上、しばらく食べなくても平気だろうが、それでは精神的に参ってしまう。
街頭もない。山の漆黒の闇が燐の行く先をゆっくりと覆い隠していった。
***
勝呂が携帯電話を見ると、着信が一件残っていた。
最近アドレスを交換した燐からだ。
不浄王の一件から、不仲だった仲は改善され今や堂々と友と呼べる間柄になった。
ともだち、という感覚に慣れないながらも連絡を取り合うようにはなっている。
正直言うと照れくさいが、悪くないと思っているのは確かだ。
勝呂はチューチの大量発生した森で駆除にあたっていた。
詠唱による駆除が主だったので、喉ががらがらする。
勝呂はのど飴を一つ口に放り込んで燐に電話をかけようとしたが、
その前に声をかけられた。
「勝呂君、お疲れさまでした。さすがですね」
「奥村先生こそお疲れさまです」
雪男は京都組の引率として森についてきていた。
燐の監視役は相変わらず雪男の役目だが、
不浄王の一件から燐への監視の目は若干だが緩くなった。
いつも一緒というのは、兄弟であれやはり疲れるのだろう。
たまの息抜きのように、兄弟が離れて任務をこなすことも少なくなかった。
もちろん、騎士団は手放しで燐を放置しているわけではない。
雪男の代わりに監視役をするものがいるからこそ雪男の任が外されているのだ。
兄弟が離れるようになってからおよそ一ヶ月。
今の雪男は表面的には平静を保っているが、
離れているからこそ心配がつのるという典型的なパターンに陥っていた。
あの一所にとどまらないトラブルメーカー体質をよく知っているものとしての心構えといえるだろう。
「電話かけるところだったんですか?気にせずどうぞ」
「いえ奥村からなんで、何か用事でもあったかなと思って」
「勝呂君のところにもですか?」
雪男は自分の着信履歴を見た。
確かに燐からかかってきているし、先ほど折り返したのだが通じなかった。
一回くらい通じないのはよくあることなので雪男も特には気にしていなかったのだが。
勝呂の方にも連絡があるというのはどういうことだろうか。
「はい、いつもやったらメールくらいなんですけど。電話は珍しいかな、と思って」
勝呂が燐にかけなおしても電波が悪いのか繋がらない。
雪男は方向を変えて、引率の椿に連絡を取った。
燐の引率をしていたのだから、どんな様子だったかくらいは聞けるだろう。
椿は数コールの後に出た。
「奥村先生、どうしたのカネ?」
「すみません、兄から連絡が入っていたのですがかけても通じないんです。
兄はもう任務は終了したんでしょうか?」
「ああ、それは大丈夫だヨ。塾の廊下に巨大なバリヨンが放置されていたからね。
彼はもう学園に帰ってるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
電話を切った。大方、任務が終わったので誰かに連絡を取ろうとしたのだろう。
そう予想をつけて、雪男は勝呂に説明しようと口を開いた。
同時に、雪男の携帯が鳴り響く。これは、プライベート用ではない。
任務用の着信音だ。雪男は勝呂に失礼、と一言言って電話に出る。
「グーテンアーベント☆」
「切ります」
「ちょ、上司に向かって容赦のない」
「用件をどうぞフェレス卿」
雪男は、京都での一件からメフィストのことをことさら嫌いになった。
雪男に黙って燐を牢屋から連れ出したのはシュラだが、
それを手助けするようにメフィストは迷彩ポンチョを貸している。
別に、燐を助けることについてとやかくいうつもりはない。
それが、雪男の思惑とは全く違った形で、
しかも雪男に一言の連絡もなく行われたことが腹立たしいのだ。
メフィストは、自分の悦楽の為に燐を利用しているふしがあるので、
雪男としても全面的に信頼のおける相手ではない。
そんな男からの連絡を雪男はいらいらした気持ちで受けた。
メフィストは雪男の心情を知ってか知らずか、さらりと用件を言ってのける。
「奥村君が、私の結界の範疇外に出てしまいました。
まずいですね。行き先知ってますか奥村先生?」
「・・・は?」
寝耳に水だった。燐が郊外の任務につくことは知っていたが、
メフィストの補足する範囲から出るなどということはかつてない。
「先ほどかけましたが連絡も通じません。
しかし引率の椿先生が言うにはもう兄は学園に戻ったとのことなのですが。
採取したバリヨンもこちらにあるのに、兄だけがいないなんてことは・・・」
「ちょっと待ってください・・・ああー、なんというか。すごく・・・大きいです」
電話の向こうでメフィストが笑っている。
雪男はその様子を怪訝に思いながら問いかけた。
「なにがですか」
「いえ、今ちょうど塾の廊下にいるんですけど、すごいですね。
百キロはあろうかという超巨大バリヨンだ。これは彼しか採取できませんよ」
「百キロ・・・」
大きさを想像して、雪男は眉間にしわを寄せた。確かにバリヨンは授業で必要だけど。
大きけりゃいいってものでもない。そして、雪男ははたと気がついた。
「それ、大きいですよね」
「はい」
「扉は、どうなってるんですか?」
遠方の任務には欠かせない鍵の存在。
一般人が間違って入っては大事なので、だいたい塾の扉から任務に行く祓魔師が多いのだ。
その扉のサイズも、いわば知れている。
その扉の前にある巨大バリヨン。
電話口でも想像するのはたやすかった。
「ええ、見事に壊れていますね。塾の扉。これはおそらく、
繋がっていた向こう側の扉もおじゃんだ。奥村君が帰れないわけです」
メフィストは笑っているが、雪男は笑えない。
今日燐に与えられた任務は、辺境の地でのバリヨンの採取。
そう、辺境の地に、帰り道をなくして燐はただ一人取り残されている。
笑えるわけがない。
しかも、辺境の地なだけあって、扉と呼べるものも周囲にはないだろう。
帰るのも、行くのもやっかいな場所だ。
雪男は、はああと深いため息をはいた。
京都での一件から、兄弟はお互い少し距離を置いた関係になった。
燐は居場所を勝ち取るために戦い、友人と呼べる存在もできた。
雪男は兄の自立が嬉しい反面寂しいような感情も同時に持った。
そして雪男も自身の変化について考える時間が必要だった。
少し離れれば、お互いになにか見えるものでもあるかと思ったが。甘かった。
トラブルメーカーを放っておくと、こちらの胃が持たない。
離れていても、やはり兄は心配ばかりかける存在で雪男は何度でもそんな兄に振り回されるのだ。
やはり、兄のこういうところは好きになれない。
雪男は眉間に皺を寄せるが、そこに、京都の時のような暗い感情は全くない。
好きだし、嫌い。男兄弟なんてそんなものだろう。
そこには手の掛かる家族を心配する、弟の顔があった。
「兄を探しに行きます、居場所の手がかりはありませんか」
「ちょっと待ってくださいね・・・ああ、出ました。
この地点にいるみたいです。メールで送りますね」
任務の報告書にあるように、採掘場所の地名だけ言われると思っていた雪男は驚いた。
メフィストの口振りからすると位置を正確に把握しているように聞こえる。
「魔術で補足できたんですか?」
「いえ、文明の利器、GPSです。便利ですよねこれ」
「ちょ、いつの間に仕込んでいたんですか!」
奇想天外な術を使うかと思いきや、メフィストは変なところで現実主義だ。
携帯もパソコンもゲームも自分の手であるように使っているので、
趣味も絡んでいるだろうが。
「最初からですよ。彼はなんたって魔神の落胤だ。
なにがあるかわからない分、備えは必要ですよね」
まさか、GPSまで仕込まれているとは思わなくて戦慄した。
しかも、建前を言ってはいるがメフィストの声は明るい。
どうやらおもしろ半分に使っている節もあるようだ。
雪男は、この状況でのGPSに感謝はするがメフィストに感謝はしたくないなぁと心の中で強く思った。
隣の勝呂の携帯が着信音を鳴らす。
勝呂は画面を確認すると、雪男に話しかけてきた。
どうやら、メフィストからのメールのようだ。
「奥村君の位置情報を送りました。先生は今電話中。
任務で先生と同行していたようですし、勝呂君に検索してもらうといい。近くにいます?」
「ああ、隣にいますのでお願いします」
雪男が説明すると、勝呂はすぐにインターネットで検索をかけた。
地図情報を示して、燐がいるであろう場所を絞り込む。
そして、勝呂は画面を見た瞬間にブホッと吹き出した。
顔色が悪い。まさか危険な場所にいるのだろうか。
雪男は勝呂に問いかける。
「まさか、どこか危険な場所だったんですか?!」
「あ、いや・・・あー。そうとも呼べるような・・・」
眉間にしわを寄せて考え込む勝呂がもどかしくて、雪男は横から割り込んで画面を見せて貰った。
雪男の目に、信じられない文字が浮かんでいる。
「え・・・と」
目が点になった。勝呂も口ごもっている。
電話の向こうで、メフィストも検索したのだろう。
検索結果を見て、大笑いしている声が雪男の耳に入ってきた。
「ブハハハハハ!彼は流石ですね!!では先生、奥村君の回収是非ともお願いします☆
後ほど面白いご報告お待ちしておりますので!!」
電話が切れた。雪男にとってはそんなこともうどうでもいい。
辺りは暗くなっている。
学園でも日が落ちているのだ、山の中ではもう夜といっていい暗さだろう。
固まる雪男を横目で見て、勝呂は燐のいる場所を口にした。
「ホテル、べんきょう部屋・・・・・・」
確かに燐には勉強が必要だ。
いくら監視の目が緩くなったとはいえ、半年後の祓魔師認定試験に合格しなければ処刑されることに変わりはない。
一分一秒でも多く勉強に費やすのが追いつめられた燐の状況からしたら正しいことである。
しかし、このべんきょう部屋というのはそういう学び舎という意味ではない。
実践的保険体育の授業限定で使われる学び舎だ。
そんなところに、未成年がいていいわけがない。
高速沿いにあったり、山の中にやたら豪華なお城を築いている。
あれだ。検索結果のカテゴリにもそう表示されている。
単刀直入に言うと、ラブホテルだった。
「奥村、よう入れたな・・・」
勝呂はぽつりとつぶやいた。インターネットにはご親切にも料金表ものっていた。
その休憩時間と称される時間と金額を見れば、
とてもじゃないが一介の高校生に払える金額ではない。
燐は万年金欠状態といってもいい。
月の食費すら雪男にお願いしてどうにかなっている状況だ。
そんな月の食費が飛ぶようなことを、燐がするだろうか。
燐は貧乏修道院で育ったせいか家庭的なスキルと金銭感覚はそこらの女子より高い。
つまり。
雪男が瞬時に情報を巡らして、導き出された答えはひとつ。
「兄さんの他に、だれか・・・いる・・・!」
ホテルの料金を払える、未成年を夜の山奥のラブホテルに連れ込んだ誰かが。
雪男は卒倒しそうになりながら、そうつぶやいた。
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