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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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告白して対立


「奥村君・・・?」

志摩は見間違いかと思った。
確かに、ここから声が聞こえてきたのに。
それなのに、そこには誰もいなかった。
視線をあげれば、黒いコートの人物が目に入った。
その人物は、ゆっくりと志摩の方を振り返った。
「志摩君・・・?」
「先生」
その様子で、すべてを悟った。
俺も。直前まで聞こえていた燐の声が、いまはどこにもない。
さっきまで、ここにいたのに。
いたはずだったのに。
志摩は今まで聞いたこともない声で、雪男を怒鳴りつけた。

「あんたが言うたんか!!!先生!!!」
「志摩君・・・」
「知らんかったとは言わさへんぞ!先生は知ってたはずや!!
先生が言うたら、告白したら・・・ッ!奥村君が消えてまうって、先生は知ってたくせに!!!!」
「・・・君も。知っていたんだね・・・そうか、だから兄さんは」
「なんでや!わかってて、なんで・・・」

志摩は、燐に言えなかったことがある。
燐はあのとき、雪男には言わないでくれと言った。
だから、志摩は雪男には言わなかった。

「僕は、フェレス卿から教えてもらっていた。君は、たぶん違うんだろうね。
兄さんからか。兄さんは僕には隠すくせに、君には言うんだね」

雪男は不快そうな顔を隠さなかった。
志摩は、燐との約束通り雪男には言わなかった。
だから、メフィストに教えたのだ。
メフィストに教えれば、おのずと雪男には伝わるだろうと踏んでのことだ。
兄弟の距離が空いて燐の致死節の事情を知っていれば、雪男は燐から離れると思った。
燐は、死なないと信じていたのに。
全部台無しにしたのは、この目の前にいる男だ。
結果は、わかってしまった。
燐はここにはいない。
つまり、燐は志摩のことを好きではなかった。
最後まで、弟のことを好きだったのだ。
燐の致死節がそれを証明してしまった。
志摩は、何度も燐に好きだとささやいた。
それは紛れもない志摩の本当の心から出た言葉だったのに。
やさしく包むような言葉では、燐を救うこともできなかったのか。
少しも心を動かすことはできなかったのか。

「なんや、気にいらんって顔してはりますね。
奥村君のこと全部独り占めにして、あまつさえ殺しておきながら、
それでも足りんいうんか。あんたは」

志摩は、長いものには巻かれるタイプだ。
だから、雪男のような優秀で頭の切れるものに怒鳴り散らすなど、本来なら絶対にしない。

のらりくらりと面倒を避けて生きれればいいと思っていた。
そんな志摩を動かしたのは、燐だ。
燐に死んでほしくなかった。
できることなら笑ってほしかった。
だから、揚げ足をとるようなまねをしても。
悪魔の理事長に情報を流してでも。
こんな結末を止めたかったのに。

「君は、僕を過大評価しすぎなんじゃないかい」

雪男は志摩につぶやいた。
そこには何の感情も見いだせない。
ただ、本心で語っているだろうことは察せれた。
講師も、上一級祓魔師の肩書きもない。
ただの奥村雪男の言葉だ。

「僕が、自分に正直に生きようと思った結果がこれだよ。
嘘をついているうちは一緒にいれて、やめた途端に兄を傷つける。
兄さんは・・・それでも僕に答えてくれたけど。期待していたんだ。なにかが、僕にも。
僕たちにも残るんじゃないかって思ってたのに、ただ一緒にいることもできないなんて・・・ッ」

両親は亡く、養父は殺され。
ただ一人の家族に好きということも許されないなんて。
君がうらやましい。そう言われた気がした。
雪男にとってはただ優しく包み込む言葉すら許されなかった。
言えば、燐が傷つくから。致死節を知ってからは、言わなかった。
雪男は燐が好きだった。
その感情は本当だった。
兄に幸せになってほしかったし、死んでほしいわけでもなかったのだ。
でも、それでも。

「奥村君の死を先生だけのものにしたかったんは、間違いなく先生のエゴや。
だから言うたんやろ」

「そうだよ、だから僕はここにいるんだ」

いつか、兄が悪魔として目覚めた時、雪男は兄を殺す覚悟を決めた。
その死を背負う覚悟を持って。
守りたいのに、殺すかもしれない矛盾を抱えて祓魔師の道を選んだ。
きれいな気持ちだけで、歩いてきたわけではない。
雪男は、自分のことを聖人君子だと思ったことはただの一度もない。
それどころか、悪魔としての本質には、燐よりも自分の方が近いと思っていたくらいだ。

「でも、僕が兄さんに告白しようと思ったきっかけは、間違いなく君だよ」

一年前の。あの昼休憩の頃からだろうか。
燐は雪男ではない、どこか違う場所を見ていることがあった。ここではない。
自分ではないものを見ている。
なんで、僕には言ってくれないのさ。
その視線の先にあるものを、雪男は言われなくともわかってしまった。
兄のことを一番近くで見てきたのだ。だから、イヤでもわかってしまった。
わかりたくなんか、なかった。
だから、消えてしまうとわかっていながら言ったのだ。

「でも、兄さんはまだ生きてる」

志摩は雪男の言葉に顔をあげた。
他の悪魔と同じように、体も消えてしまったのだと思っていたが。
燐は悪魔と人間のハーフだ。当然、普通の悪魔とは勝手が違う。
燐は倶利伽羅を入り口として、炎は虚無界に。身体は物質界に存在している。
物質界に存在する「身体」が、忽然と消えてしまうものだろうか。
かたちあるものは、そう簡単には消えはしない。
二人の視線が、燐がいた木陰に向かう。
そこには、誰もいない。はずだった。
だが、今ならわかる。

「いるんでしょう、フェレス卿」

雪男が呼びかける。志摩が睨みつけた。
燐がいた場所にピンクの煙に包まれた悪魔が降り立った。

***

「お二人とも、怖いお顔をなさっていますね」

メフィストは、動じた様子もなく燐がいた場所に立っている。志摩は、一年前。
魔神の物質界への侵攻がわかった時点で、メフィストに燐の秘密を打ち明けている。
人を駒のように操るメフィストのことだ。
その秘密すらも利用して盤上を操作していたとしても頷ける。
メフィストは、自分の快楽に忠実だ。
悪魔らしい振る舞いをする自分たちの上司を、雪男と志摩は睨みつけたままだ。

「この致死節は、双方の言葉があって初めて成立するものです。
先生は言って、奥村君は答えた。しかし、彼はまだ生きている。この意味がわかりますか」

志摩が聞いたのは、「俺も」という言葉だけだ。
もしも。もしも。
その言葉に続きがあったのなら、どうだろう。
志摩の冷えた心に一筋のあたたかい光が射した。
燐は、生きている。
同じ時に生まれた双子である雪男が言うのだ。
おそらく燐が生きているのは間違いないだろう。
志摩は、燐が生きていたことがうれしかった。
死ねば、その死は永遠に雪男のものだ。
でも、生きているならその先はわからない。
もしかしたら。と期待してしまう志摩の心は、まさしく人間のものだった。

「人の営みは中道にして病みやすいといいますが、貴方たち二人は普段の生活では取り繕って自身の欲を隠すのに。
奥村燐君に対してだけは自身の欲に正直に生きていらっしゃる。なかなかに見物ですね」

殺してまで手に入れようとするなんて、どこの悪魔だ。
そう本物の悪魔から言われているようで、二人とも反論の言葉はなかった。

「勘違いしないでください、私はそれを否定などしませんよ?むしろ、肯定している」
「兄は、貴方になにか言ったんですか」
「いいえ、奥村君は最後まで自分でなんとかしようとしていました。
私は貴方達にほんの少しの猶予を与えようと思っただけです。
しゃしゃり出たのは私個人の意志ですので、お間違えのないよう」

メフィストは、燐のことを最高のおもちゃだと思っている。
自分の予測のつかないことをしでかす玉手箱を、みすみす手放したくないとも思っている。
しかし、どんな結末を迎えるにせよ、選ぶのはメフィストではない。

「この致死節は、どちらか一方だけでは成立しません。戦いは、フェアであるべきだ」

そう言い残すと、メフィストはピンク色の煙とともに姿を消した。
ちゃりんという音がした方向を見ると、燐がいた木陰に一本の鍵が残されている。
一番近くにいた志摩がそれを拾った。
それは鈍く光って、志摩の手の中で存在感を示している。
おそらく、この鍵の向こうに燐がいる。
どんな状態かはわからないが、確かに生きて、そこにいるだろう。

雪男は、燐に告白をした。
しかし、この関係は二人だけでは終わらない。
志摩が告白をして、三人になることでようやくスタート地点に立てるのだ。
雪男は、一番近くに見えたドアを指し示した。
二人はのろのろと距離を置いて、そのドアの前に来る。
鍵を開けるのは、志摩の役目だ。
志摩はごくりと唾を飲んで、鍵を差し込んだ。かしゃん。と鍵が開く音が聞こえる。
この先に燐がいる。
しかしその先にあるものは、なんだろうか。

志摩は答えを出せぬまま、ドアを開いた。

***

そこには、まるで先ほどの木陰のような風景があった。
違うのは、地面に咲いている花が一面青い花であることだろうか。
青い花と、一本の木陰。
その中を志摩が先に歩き、後ろから雪男が歩いてきていた。
先に声をあげたのは雪男だった。

「兄さん!!!」

駆ける雪男の後をついていった。
そこには、燐が横たわっていた。
二人を見て、燐は薄目を開けた。
生きているが、存在が消えかかっているような。
そんな朧気な印象を受けた。
生気がなくなってきている。死のにおいがする。
燐は駆け寄ってきた雪男に視線をやらず、志摩だけに目を向けていた。

「奥村君・・・?」
「兄さん?」

燐に雪男の言葉は聞こえていないようだった。
志摩は疑問に思い雪男のいる方向を指し示した。
しかし、燐には雪男の姿は見えていないようだった。
雪男が手を握ろうとしても、その手は雪男の手を素通りしていく。
雪男は燐に認識されることも、触れることもできない。
致死節は成立しなかった。しかし、その代償はもたらした。
雪男の手が、ぐしゃりと地面に咲く青い花を握りつぶした。
志摩はその手を見て、そして燐に視線を合わせる。

「なぁ奥村君、先生。君に告白したんやな」
「・・・ああ、やっぱりこうなっちまったなぁ」
「あかんな、ごめん。うまく言葉にならへん。なんやろ、奥村君が先生のこと好きやって俺知っとったはずやのに」
「・・・なぁ志摩、俺は約束は守る男だ」
「え」
「言えよ、言っていい。だから、俺はここにいるんだ」

その言葉の続き、聞いてやるから。
二人にした約束を、燐は守ろうとしている。
雪男の言葉を、燐は聞いた。
次は志摩の番だ。
だから、志摩もそれに答えるべきだ。
聞いて欲しいと願ったのは、志摩なのだから。
考えた。考えた。

ここで俺が言うたら、奥村君はどうなってまうんやろ。
消えてしまうんやろか。先生は自分の気持ちを言うた。
こんな気持ちやったんやろか。

ぐちゃぐちゃの気持ちの中思い出したのは、自分を守って死んだ兄のこと。
そして、その死を無駄にしてはならないと言われ続けた言葉の数々。
死を背負う意味を、志摩は知っている。
残された家族がどう考えるのかを。
その死の重さも、なにもかもを。

「奥村君、聞いてくれる?」

志摩は口を開いた。
燐はそれを黙って聞いた。

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