青祓のネタ庫
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「奥村君・・・?」
志摩は見間違いかと思った。
確かに、ここから声が聞こえてきたのに。
それなのに、そこには誰もいなかった。
視線をあげれば、黒いコートの人物が目に入った。
その人物は、ゆっくりと志摩の方を振り返った。
「志摩君・・・?」
「先生」
その様子で、すべてを悟った。
俺も。直前まで聞こえていた燐の声が、いまはどこにもない。
さっきまで、ここにいたのに。
いたはずだったのに。
志摩は今まで聞いたこともない声で、雪男を怒鳴りつけた。
「あんたが言うたんか!!!先生!!!」
「志摩君・・・」
「知らんかったとは言わさへんぞ!先生は知ってたはずや!!
先生が言うたら、告白したら・・・ッ!奥村君が消えてまうって、先生は知ってたくせに!!!!」
「・・・君も。知っていたんだね・・・そうか、だから兄さんは」
「なんでや!わかってて、なんで・・・」
志摩は、燐に言えなかったことがある。
燐はあのとき、雪男には言わないでくれと言った。
だから、志摩は雪男には言わなかった。
「僕は、フェレス卿から教えてもらっていた。君は、たぶん違うんだろうね。
兄さんからか。兄さんは僕には隠すくせに、君には言うんだね」
雪男は不快そうな顔を隠さなかった。
志摩は、燐との約束通り雪男には言わなかった。
だから、メフィストに教えたのだ。
メフィストに教えれば、おのずと雪男には伝わるだろうと踏んでのことだ。
兄弟の距離が空いて燐の致死節の事情を知っていれば、雪男は燐から離れると思った。
燐は、死なないと信じていたのに。
全部台無しにしたのは、この目の前にいる男だ。
結果は、わかってしまった。
燐はここにはいない。
つまり、燐は志摩のことを好きではなかった。
最後まで、弟のことを好きだったのだ。
燐の致死節がそれを証明してしまった。
志摩は、何度も燐に好きだとささやいた。
それは紛れもない志摩の本当の心から出た言葉だったのに。
やさしく包むような言葉では、燐を救うこともできなかったのか。
少しも心を動かすことはできなかったのか。
「なんや、気にいらんって顔してはりますね。
奥村君のこと全部独り占めにして、あまつさえ殺しておきながら、
それでも足りんいうんか。あんたは」
志摩は、長いものには巻かれるタイプだ。
だから、雪男のような優秀で頭の切れるものに怒鳴り散らすなど、本来なら絶対にしない。
のらりくらりと面倒を避けて生きれればいいと思っていた。
そんな志摩を動かしたのは、燐だ。
燐に死んでほしくなかった。
できることなら笑ってほしかった。
だから、揚げ足をとるようなまねをしても。
悪魔の理事長に情報を流してでも。
こんな結末を止めたかったのに。
「君は、僕を過大評価しすぎなんじゃないかい」
雪男は志摩につぶやいた。
そこには何の感情も見いだせない。
ただ、本心で語っているだろうことは察せれた。
講師も、上一級祓魔師の肩書きもない。
ただの奥村雪男の言葉だ。
「僕が、自分に正直に生きようと思った結果がこれだよ。
嘘をついているうちは一緒にいれて、やめた途端に兄を傷つける。
兄さんは・・・それでも僕に答えてくれたけど。期待していたんだ。なにかが、僕にも。
僕たちにも残るんじゃないかって思ってたのに、ただ一緒にいることもできないなんて・・・ッ」
両親は亡く、養父は殺され。
ただ一人の家族に好きということも許されないなんて。
君がうらやましい。そう言われた気がした。
雪男にとってはただ優しく包み込む言葉すら許されなかった。
言えば、燐が傷つくから。致死節を知ってからは、言わなかった。
雪男は燐が好きだった。
その感情は本当だった。
兄に幸せになってほしかったし、死んでほしいわけでもなかったのだ。
でも、それでも。
「奥村君の死を先生だけのものにしたかったんは、間違いなく先生のエゴや。
だから言うたんやろ」
「そうだよ、だから僕はここにいるんだ」
いつか、兄が悪魔として目覚めた時、雪男は兄を殺す覚悟を決めた。
その死を背負う覚悟を持って。
守りたいのに、殺すかもしれない矛盾を抱えて祓魔師の道を選んだ。
きれいな気持ちだけで、歩いてきたわけではない。
雪男は、自分のことを聖人君子だと思ったことはただの一度もない。
それどころか、悪魔としての本質には、燐よりも自分の方が近いと思っていたくらいだ。
「でも、僕が兄さんに告白しようと思ったきっかけは、間違いなく君だよ」
一年前の。あの昼休憩の頃からだろうか。
燐は雪男ではない、どこか違う場所を見ていることがあった。ここではない。
自分ではないものを見ている。
なんで、僕には言ってくれないのさ。
その視線の先にあるものを、雪男は言われなくともわかってしまった。
兄のことを一番近くで見てきたのだ。だから、イヤでもわかってしまった。
わかりたくなんか、なかった。
だから、消えてしまうとわかっていながら言ったのだ。
「でも、兄さんはまだ生きてる」
志摩は雪男の言葉に顔をあげた。
他の悪魔と同じように、体も消えてしまったのだと思っていたが。
燐は悪魔と人間のハーフだ。当然、普通の悪魔とは勝手が違う。
燐は倶利伽羅を入り口として、炎は虚無界に。身体は物質界に存在している。
物質界に存在する「身体」が、忽然と消えてしまうものだろうか。
かたちあるものは、そう簡単には消えはしない。
二人の視線が、燐がいた木陰に向かう。
そこには、誰もいない。はずだった。
だが、今ならわかる。
「いるんでしょう、フェレス卿」
雪男が呼びかける。志摩が睨みつけた。
燐がいた場所にピンクの煙に包まれた悪魔が降り立った。
***
「お二人とも、怖いお顔をなさっていますね」
メフィストは、動じた様子もなく燐がいた場所に立っている。志摩は、一年前。
魔神の物質界への侵攻がわかった時点で、メフィストに燐の秘密を打ち明けている。
人を駒のように操るメフィストのことだ。
その秘密すらも利用して盤上を操作していたとしても頷ける。
メフィストは、自分の快楽に忠実だ。
悪魔らしい振る舞いをする自分たちの上司を、雪男と志摩は睨みつけたままだ。
「この致死節は、双方の言葉があって初めて成立するものです。
先生は言って、奥村君は答えた。しかし、彼はまだ生きている。この意味がわかりますか」
志摩が聞いたのは、「俺も」という言葉だけだ。
もしも。もしも。
その言葉に続きがあったのなら、どうだろう。
志摩の冷えた心に一筋のあたたかい光が射した。
燐は、生きている。
同じ時に生まれた双子である雪男が言うのだ。
おそらく燐が生きているのは間違いないだろう。
志摩は、燐が生きていたことがうれしかった。
死ねば、その死は永遠に雪男のものだ。
でも、生きているならその先はわからない。
もしかしたら。と期待してしまう志摩の心は、まさしく人間のものだった。
「人の営みは中道にして病みやすいといいますが、貴方たち二人は普段の生活では取り繕って自身の欲を隠すのに。
奥村燐君に対してだけは自身の欲に正直に生きていらっしゃる。なかなかに見物ですね」
殺してまで手に入れようとするなんて、どこの悪魔だ。
そう本物の悪魔から言われているようで、二人とも反論の言葉はなかった。
「勘違いしないでください、私はそれを否定などしませんよ?むしろ、肯定している」
「兄は、貴方になにか言ったんですか」
「いいえ、奥村君は最後まで自分でなんとかしようとしていました。
私は貴方達にほんの少しの猶予を与えようと思っただけです。
しゃしゃり出たのは私個人の意志ですので、お間違えのないよう」
メフィストは、燐のことを最高のおもちゃだと思っている。
自分の予測のつかないことをしでかす玉手箱を、みすみす手放したくないとも思っている。
しかし、どんな結末を迎えるにせよ、選ぶのはメフィストではない。
「この致死節は、どちらか一方だけでは成立しません。戦いは、フェアであるべきだ」
そう言い残すと、メフィストはピンク色の煙とともに姿を消した。
ちゃりんという音がした方向を見ると、燐がいた木陰に一本の鍵が残されている。
一番近くにいた志摩がそれを拾った。
それは鈍く光って、志摩の手の中で存在感を示している。
おそらく、この鍵の向こうに燐がいる。
どんな状態かはわからないが、確かに生きて、そこにいるだろう。
雪男は、燐に告白をした。
しかし、この関係は二人だけでは終わらない。
志摩が告白をして、三人になることでようやくスタート地点に立てるのだ。
雪男は、一番近くに見えたドアを指し示した。
二人はのろのろと距離を置いて、そのドアの前に来る。
鍵を開けるのは、志摩の役目だ。
志摩はごくりと唾を飲んで、鍵を差し込んだ。かしゃん。と鍵が開く音が聞こえる。
この先に燐がいる。
しかしその先にあるものは、なんだろうか。
志摩は答えを出せぬまま、ドアを開いた。
***
そこには、まるで先ほどの木陰のような風景があった。
違うのは、地面に咲いている花が一面青い花であることだろうか。
青い花と、一本の木陰。
その中を志摩が先に歩き、後ろから雪男が歩いてきていた。
先に声をあげたのは雪男だった。
「兄さん!!!」
駆ける雪男の後をついていった。
そこには、燐が横たわっていた。
二人を見て、燐は薄目を開けた。
生きているが、存在が消えかかっているような。
そんな朧気な印象を受けた。
生気がなくなってきている。死のにおいがする。
燐は駆け寄ってきた雪男に視線をやらず、志摩だけに目を向けていた。
「奥村君・・・?」
「兄さん?」
燐に雪男の言葉は聞こえていないようだった。
志摩は疑問に思い雪男のいる方向を指し示した。
しかし、燐には雪男の姿は見えていないようだった。
雪男が手を握ろうとしても、その手は雪男の手を素通りしていく。
雪男は燐に認識されることも、触れることもできない。
致死節は成立しなかった。しかし、その代償はもたらした。
雪男の手が、ぐしゃりと地面に咲く青い花を握りつぶした。
志摩はその手を見て、そして燐に視線を合わせる。
「なぁ奥村君、先生。君に告白したんやな」
「・・・ああ、やっぱりこうなっちまったなぁ」
「あかんな、ごめん。うまく言葉にならへん。なんやろ、奥村君が先生のこと好きやって俺知っとったはずやのに」
「・・・なぁ志摩、俺は約束は守る男だ」
「え」
「言えよ、言っていい。だから、俺はここにいるんだ」
その言葉の続き、聞いてやるから。
二人にした約束を、燐は守ろうとしている。
雪男の言葉を、燐は聞いた。
次は志摩の番だ。
だから、志摩もそれに答えるべきだ。
聞いて欲しいと願ったのは、志摩なのだから。
考えた。考えた。
ここで俺が言うたら、奥村君はどうなってまうんやろ。
消えてしまうんやろか。先生は自分の気持ちを言うた。
こんな気持ちやったんやろか。
ぐちゃぐちゃの気持ちの中思い出したのは、自分を守って死んだ兄のこと。
そして、その死を無駄にしてはならないと言われ続けた言葉の数々。
死を背負う意味を、志摩は知っている。
残された家族がどう考えるのかを。
その死の重さも、なにもかもを。
「奥村君、聞いてくれる?」
志摩は口を開いた。
燐はそれを黙って聞いた。
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