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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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告白してまた明日

あの昼休みの時間には、もう戻れない。
魔神の侵攻があったという連絡を受けた瞬間に、脳裏によぎった思いだった。
もちろん、恐怖も、心配も、逃げたいという気持ちも浮かんできたが。
志摩が惜しいと思ったのは。
あの昼休みはもう永遠に来ないのだという確信だった。
志摩は他愛のない記憶を思い出す、燐のお弁当を食べて、話したあの木陰。
きっとあれが最後のチャンスだったのだ。

「志摩はここにいろ、もし外でなにかあっても俺ならなんとかできる。
ここはメフィストの結界があるから大丈夫なはずだ」
「・・・わかった。坊達とすれ違いになってもあかんしな。俺はここで伝令係や」
「気をつけろよ、怪我すんなよ」
「なに言うとるん、それはこっちのセリフやで。気ぃつけてな」
「うん、行ってくる」

それだけ言って燐は飛び出していった。
向かった先は、おそらく弟のところだろう。
きっと燐は心配だったのだ。弟が無事か確かめに行ったのだ。
もし外に悪魔がきていれば戦闘になる。
詠唱騎士を目指す志摩は、竜騎士や手騎士のような直接攻撃の手段を持たない。
志摩の家族が、騎士の資格も取っていた意味を痛感して、志摩は下唇を噛んだ。
志摩を伝令役に残したのは、判断としては正しかっただろう。燐はいつもそうだ。
絶対に自分が前線に立とうとする。
今回は、他の塾生のメンバーが。
なにより雪男が心配だったから、飛び出していったのだ。
本当はすぐにでも行きたかっただろう。
それなのに、志摩のことを無事でいろ。と心配をするのだ。
さっきまで血を吐いていたのに。さっきまで青い顔をしていたのに。
燐は何度でも立ち上がる。
大切な何かを取りこぼしたりしないように。
その姿が、後ろ姿が、まぶしくてたまらない。

「死んだらアカンで、奥村君」

志摩は携帯電話を取り出して連絡をかけた。
悪魔にも。魔神なんかにも、それこそ雪男にだって奪わせてなるものか。
だって、奥村燐は志摩にとって大切な「友達」なのだから。

魔神との攻防は、それから一年に渡って続いた。


***


魔神との決戦前夜、雪男は燐を旧男子寮の屋上に呼び出した。
寒い、冬の日だ。もうすぐ誕生日になろうかという冬の日に、魔神と戦うことになろうとは。
皮肉めいたものを感じて雪男は自嘲する。
自分たちは、誕生日を迎えられるだろうか。それは今の時点ではわからない。
雪男は死ぬつもりなんてない。
しかし、今回の戦いはそれだけ過酷な戦いになることは目に見えてわかっている。
どれだけ戦えるのかはわからない。
しかし、兄を置いて自分が死ぬわけにはいかないし、
自分を置いて兄が死ぬ結末を迎えるつもりもない。
雪男は自分の思いを自覚している。
燐へこの言葉を言ってはいけないこともわかっている。
でも、最終決戦に向かう前夜だからこそ、気持ちを整理したかった。

「さみー」
「兄さん、遅かったね」
「寝てるとこ起こすからだろ、起きるまで時間かかった」
「よく寝れるね」
「明日に備えないといけねーだろ。
お前遠足の前は絶対に寝付けないタイプだったもんな。俺はお前と違うんだよ」
「知ってるよ、違うことくらい」
「そっか」

だから、自分たちは二人なのだ。
同じ腹から生まれてきて、別々の道を歩いて、そして魔神と戦うためにここにいる。
雪男は空を見上げた。澄み渡った空だ。息を吐けば白い。
二人で空を見上げて、雪男はふいに言葉を放つ。

「兄さん、あのね」
「待て、みなまで言うな」
「あの」
「言うなっつの」

雪男の頬がぷくーと膨れていった。
滅多に見せない、それこそ家族にしかできない
雪男なりの不満の表し方に燐は思わず笑った。
小さな頃、不満なことがあれば雪男はすぐ頬を膨らましていた。
燐への甘えのようで滅多に見せなくなったその姿。
それだけ、雪男は不満だったのだろう。
しかし、燐の心に生まれたのはあたたかくてくすぐったい気持ちだった。

「やべぇ久しぶりに見た雪男大福!」

燐は頬をつついて、大福を爆発させようとするが
その前に大福の方がしぼんだ。弟のお気に召さなかったようだ。

「・・・笑うな」
「ぎゃはは!!悪い悪い!!」
「兄さん!!」
「悪かったって!」

燐は弟の言葉をすべて遮った。
唇に指を当てて、いたずらが成功したかのように笑う。

「おまえの言葉は保留だ。明日、全部終わってから聞いてやるよ」
「なにそれ、今じゃなきゃだめなのに」
「バカ、今でいいなら明日でもいいんだよ。
明日でも、明後日でもいいから。その言葉の続き、聞いてやるから」
「兄さん、わがままだね」
「どっちがだよ。一日くらい待てねーの?」
「・・・わかった、待つよ」
「だから、明日死ぬんじゃねーぞ。お前、俺と違って人間なんだから」
「それは僕のセリフだよ、突っ走って先に死んだら許さない」

いつもの兄弟喧嘩の延長のような会話をしたことで、
明日も明後日も続きがあるような安心感を宿らせた。
あと数日に迫った誕生日だって迎えられる。
雪男は強ばっていた心が溶けたことで、体の力が抜けた。
リラックスできたのだろうか。
遠足の前に寝付けなくて、兄の布団に潜り込んだ思い出が甦ってなんだか恥ずかしい。

寒い。とつぶやいたのはどちらが先だっただろうか、
二人の足は自然と部屋に戻るために進んだ。
すると、燐の携帯がポケットの中で振動を告げる。

「どうしたの?」
「ああ、明日の連絡みたいだ。先戻ってろ」
「僕もいようか?」
「いいって、風邪ひくぞ」
「・・・わかった」

燐がひらひらと手を振ったことで、不満はあるながら雪男は去っていった。
燐は扉から少し離れて、震える携帯電話に出た。
明日の連絡というのは嘘ではないだろう。
燐は見知った電話番号を見て、少し笑う。そして、出た。

「もしもし」
『・・・』
「もしもーし?」

無言が数秒続いて、相手が答えた。

『よかったわー、奥村君生きとる?』
「おう、平気だ」
『血、吐いとらん?』
「大丈夫だって、心配性だな」

雪男みてぇ。とは言わなかった。
それは志摩に対して失礼だ。

『きっと決戦前夜やから、なんかあるかと思って』
「別になんもねーよ、明日が特別な日ってわけじゃねぇだろ」
『明日、魔神と戦うのに?』
「そんで、魔神倒すんだよ。明後日もその次も続いていくから、
俺たちは大丈夫だ。そうだろ、志摩」

絶対的な自信なんてものは、ないだろう。
しかし、それでも燐は明日以降の希望の可能性を絶対に否定しない。
生きて、みんなで笑って迎える明日を信じている。
だから、燐は強く立っていられる。
そして、自分がここにいるのはみんなのおかげだ。とつぶやいた。

「もちろん、お前もな」
『奥村君にはかなわへんなぁ』

志摩は電話口で苦笑した。
口振りからして、燐が血を吐いていないことや嘘をついていないことがわかって安心した。

あの魔神の侵攻が発覚したときから、物事はめまぐるしく変わっていった。
まず、戦闘以外の余裕がなくなってきたことだろうか。
これは燐との関係に悩んでいた志摩にとってはよかった。
忙しく動き回るせいで、兄弟もお互いに時間がとれにくいことを知ってもっと安心した。
危機が迫ったことで、燐は弟から与えられる死を回避することができたはずだ。
まともに話がつけれないのでは、致死節に意味はない。
あの日燐が言わないでくれと縋って頼んだ出来事がまるで遠い昔の話のように思えてくる。
燐は志摩にお礼を言った。

「ありがとな、志摩。雪男に黙っててくれて」

致死節のことだ。志摩はなにも言えなくなった。
燐の言葉を聞いてから一呼吸おいて答える。

『奥村君、あのな・・・』
「待て、みなまで言うな」
『あのおー』
「言うなって、その続き。全部終わったら聞くからさ」

そのかわり、俺の話聞いてくれる?と燐は問いかけた。
志摩は聞いたるよ、と返事した。

「俺さぁ、なんであの言葉が自分の致死節なんだろうなって今まで考えてたんだけど。
たぶん、俺と魔神の致死節って同じなんじゃないかな」
『なんやなんかわかったん?』

同じ力を持つもの同士の、共鳴とも、共感覚とも言える考えだった。
魔神と一番つながりが深いのは燐だろう。
燐の言葉は真実を射抜く。志摩は耳を傾けた。

「あくまで予想だけどさ―――悪魔って人に好きって言ってもらうことなんてないんだろうな。
ましてや、自分が好きになった「人」から言われることなんて、万に一つもないだろ。
寿命が違うし、好きになったやつが悪魔を見れる奴だとも限らない。
自分のこと見て欲しかったら、自分で好きな「人」のこと傷つけるしかねーじゃん。
悪魔ってさ。血のつながりはあってもたぶん究極的にはひとりぼっちなんだよ」
『奥村くんは、ひとりじゃあらへんよ』

みんないるやん、といった。
俺がいるよ。とは言わなかった。

「はは、ありがとな。でも、やっぱり悪魔は一人なんだよ。
なにより、魔神は人を、個人を好きになることなんて絶対にあり得ない。
その点でいけば、魔神って無敵だよな。物質界を欲しいとは思っても。
人を好きになることなんてありえない。致死節なんてわかっても意味ないんだ」

人に好かれない悪魔は、人を好きになんてならないから無敵になった。
人に好かれたかった燐は、人を好きになってしまったから死にそうになった。
人間の中で育ったからだろうか。
大切な人が人間だからだろうか。
やっぱり燐は人間というものを捨てることができない。

「あと。今まで俺が無事だったのは、
たぶん。俺が答えなかったからなんじゃねーかな」

好きという言葉は一方だけでは成立しない。
お互いに思い合って初めて形になるものだ。
燐は血を吐いても、体を痛めても、体は他の悪魔と同じように消失しなかった。
この致死節は、言葉と同じくおそらく一方だけでは成立しない。
双方の言葉があって、初めて死への道が開ける。
まるで、告白のような死の言葉だ。
それが、燐の見つけた答えだった。

『なんやのそれ』
「だから、魔神を一発で倒す致死節がわかんなくて残念だなって話」
『なんでそんな話俺にしたん』
「だって、騎士も取っちゃってるけどおまえ詠唱騎士だろ。
本業の人に話して何が悪いんだよ。雪男、詠唱騎士の資格まだ持ってねーし」
『後生大事にもっておけって?あかんわー、この秘密こそが俺の致死節やで。
バレたらいろんな人に殺される』
「おまえ、約束は守る男だろ」
『でも時として嘘はつくで』
「ふーん」
『ほんまやで』

志摩は自分の逃げ道を作っておきたかったが、こんな爆弾を落とされては退避しようがない。
でも、秘密を共有することは、不謹慎ながら少しの優越感に浸ることもできる。
燐は、志摩の言葉を遮った。続きはすべてが終わってから聞くそうだ。
志摩は、待つつもりだ。今までずっと待っていたのだから、あと一日くらい待てるだろう。

「じゃあ、また明日な」
『うん、また明日』

死ぬなよ。と言われてそっちも。とだけ答える。
志摩と燐は友達だから、これくらいの距離がいいのだろう。
みっともなくわめいて泣くことなどありえない。
志摩は携帯電話を閉じると、くるりとUターンをして旧男子寮の前から帰っていった。
あがるつもりも。会うつもりも。最初からなかった。
だって、自分たちには明日があるのだから。



燐は、遠ざかる背中を屋上から見送って部屋に戻ろうとした。
あの背中を見ていると、心があたたかいものに包まれる。不思議だ。
ちょっと話しただけなのに、燐の心はこんなにも軽い。
少しだけ笑って見送って、燐は背を向けた。
扉をくぐる前に、一度だけ夜空を振り返る。
遠い空の彼方に、流れ星が落ちるのを見た。
願い事なんて柄ではない。
燐はなにも願わずに扉をくぐった。

燐は前を向く。死ぬつもりなんて、絶対にない。


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