青祓のネタ庫
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嬉しいです。ありがとうございます。
なにかお礼も考えたいところですね!
50万!これもひとえに皆様のおかげでございます。
お礼といえば、コメントも連日頂きましてありがとうございます。
勝呂君と燐の二人が気に入っていただけたようで嬉しい。
もっと増えればいいと思っています。
兄さんオークション話もこんなに反響あるとは思ってませんでした。
喜んでいただけたようでなにより!
冬コミですが、残念ながら落ちてしまったので
冬インテに出たいなぁと思ってぽちぽち本も作っております。
さて、どのくらいで終わるかなぁ。
なにかの折に一回でいいから東京行ってみたいですね(^^)
兄さん、僕がわかる。
目が覚めた時、雪男が心配そうな顔で見ていた。
どうしたんだよ、そんな顔して。俺は大丈夫だって。
だからそんな顔すんなよ。
燐の瞳は閉じていった、起きていたいのに眠っていく。
燐の意志とは関係なく。早く起きないといけない。そう思いながら眠りに落ちた。
「あれ・・・?」
目が覚めると、見慣れた天井だった。ここは旧男子寮だ。
どうしてここにいるのだろう。体育の授業に出ようと思って、着替えていたはずなのに。
どうして。燐は起きあがった。体がだるい。なんだろう、こんなこと初めてだ。
「雪男ー?」
弟の名前を呼んだ。ここに住んでいるのは雪男と燐だけだ。
しかし、開いた扉から入ってきたのはここにいるはずのない人物で。燐は目が点になった。
「勝呂!?」
「悪かったな、先生やなくて」
勝呂は桶とタオルを持って部屋に入ってきていた。燐は急いで起きあがる。
ぐらりと意識が揺れる。なんだろう。これ。こんな状態初めてだ。
起きあがったはいいものの、立ち歩く気力はなかった。
燐は自分の着ている服が制服ではないことに気づいた。
青い着物を羽織っている。着物といっても生地が着物よりも薄いので浴衣のようだ。
汗をかいているが、脱げばそのまま下着である。でも、脱ぐのもだるい。
勝呂はベッドの脇に座って、桶を置いた。桶にタオルを浸けて、絞っていた。
湯気が出ているので入れてあるのは湯だろう。勝呂は燐の着ていた着物をはだけさせた。
「もうちょいで終わるから大人しくしとき」
「え?ちょ・・・」
座っている燐の腹を出させてタオルで拭いていく。あたたかくて気持ちがいい。
いや、違うだろ。燐は勝呂の手を掴んだ。
「なんでお前ここいんだよ?」
「先生から連絡もらって、お前の世話してほしい言われてんねん。
戻るまでここにおるから。ええから転がれ」
ころんと布団の上に転がされてしまう。いつもなら勝呂の腕も振り払えるのに、できない。
自分の体は一体どうしてしまったのだろうか。
燐は不安そうな表情で勝呂の行為を見つめていた。
腹を拭いて、着物をはだけさせられて体を拭かれてしまった。
気持ちいいけど、恥ずかしい。友達にしてもらう行為ではない気がする。
少なくとも燐の記憶の中にはない初めてのことだった。
勝呂はタオルを桶に入れると、燐の額に手を当てた。
「熱があるな、何か飲むか?」
「熱・・・?」
熱。と言われて思い出したのは雪男が風邪を引いて苦しそうにしている様子だった。
雪男の時とは違って咳も喉の痛みもない。
燐は未だかつて病気というものをしたことがない。つまり、これは初めての熱ということだ。
燐は熱があるせいか、テンションがおかしくなっていた。
「すげぇ!俺熱出すとか初めてだ!」
「落ち着け、熱上がるやろ」
勝呂が燐をまた転がした。首に手を当てる。やはり少し高い。
勝呂は脇に置いておいたスポーツドリンクと水を混ぜて燐に渡した。
それを一口で飲み干してしまう。汗をかいて、喉が乾いていたのだろう。
燐は寝転がったまま勝呂に声をかけた。
「ありがとな、勝呂。ここまでしてもらって。あとは大丈夫だから
もう帰った方がいいぞ。お前に風邪移しちゃ悪いし」
「俺に移るようなもんちゃうから、ええんや」
勝呂はじっと燐を見た。燐は今まで風邪を引いたことも熱を出したこともない。
その燐が熱を出しているのだ。
その事実がどれだけまずいことか、燐は理解していないのだろう。
勝呂は燐の腹を見た。そこにまたタオルを乗せて、ふき取る。
タオルには黒いインクがついていた。雪男が燐の腹に描いた絵の残骸だ。
今は燐の腹には何も描かれていない。しかし、勝呂には見えている。
燐の腹を取り囲むように巻き付いている植物が。
燐が弱っていくたびに成長していく蠢く蔦があることを。
これは寄生型悪魔だ。悪魔に取り憑き、その悪魔の力を吸い取っていく。
寄生されているのに、大丈夫だ。と言う燐が勝呂は許せなかった。
「お前、これが本当に見えへんのか?」
「何が?」
やはり、燐には見えていないらしい。雪男から連絡はあったが、確信した。
勝呂はペンを取りだした。燐の着物をはだけさせる。
燐は勝呂のただならぬ様子に気がついたようだった。
勝呂の腕を掴んで、止めさせようとする。だが勝呂の覚悟はもう決まっている。
自覚がないのなら、させるまでや。
勝呂の手が燐の体に触れた。燐はぞくりとした感覚が沸いたことがわかった。鳥肌だ。
警戒している。俺が勝呂に?なぜだろう。今から行われることに怯えているようだ。
燐はなぜ自分がそう思うのか理解できなかった。
思えば、雪男に触れられることも拒否していたことがあった。
勝呂は無遠慮に燐の体に触れてくる。嫌だ。怖い。
燐は払いのけようとするが、燐の体は熱で力が出ない。
「勝呂!やめろって!」
「・・・自覚は大事やで奥村。ちょっと我慢せぇ」
燐の腰に巻き付いていた帯を引き抜くと、そのまま腕に巻き付けた。
帯の端はベッドサイドに巻き付ける。着物ははだけているし、腕は帯で拘束。
志摩が見れば興奮しそうだし、雪男が見れば誤解されそうだ。
勝呂はまだ先生が帰ってきませんように。と祈った。
燐は腕を引っ張って帯を外そうとするが、巻き方が独特で外せそうもなかった。
「結い方にもコツがあんねん、諦めろ」
「いっ・・・」
ペンが、燐の肌を滑っていく。気持ち悪い。気持ち悪い。
くすぐったい感触しかしないはずなのに、気持ちが拒絶する。
それは燐の思うところとは別の場所から沸いているような感覚だった。
足を動かそうとするが、勝呂はそれも予測していたようだった。
片腕で簡単に押さえ込まれてしまう。
体をよじらせるが、その都度転がされて元の位置に戻される。
そのうち、体力がなくなって抵抗もできなくなった。勝呂の手が、ようやく止まった。
燐は恨みがましい視線を向けた。
好き勝手に体をいじられるなんて不快以外の何物でもない。
「なにすんだよッ」
「これ見てまだそんなこと言えるんか?!」
勝呂は燐に自分の体を見るように言った。
腹に視線を向ければ、そこにはおびただしい量の蔦が描かれていた。
燐はそこで初めて異常なことが起きていることを理解した。
人生で初めての熱。体のだるさ。そして勝呂が訴える異常。
「よく見ろや!」
「勝呂、やめッ」
勝呂は動揺する燐の体を持ち上げると、鏡の前に連れていった。
そうすれば、もっとその蔦の範囲がわかった。
燐を拘束するように、巻き付いている。まるで呪いのようだった。
自分が倒れたのは、これが原因か。
いつからだったんだろう。燐は記憶を辿った。そして、電車での出来事を思い出した。
どうして今まで言えなかったのかはわからない。
もしかしたら、この蔦のせいだったのだろうか。
青い顔をしている燐をベッドに座らせると、勝呂は床に座って燐の顔を見た。
「先生に言われた、お前を見てて欲しいて。奥村、話せるだけでええ。心当たりないか?」
「心当たり・・・」
藤堂に会った、あの時のこと。言えなかった出来事。
燐は重い口を開けた。
***
雪男は駅員への聞き取り調査を終えると、終電の電車を待つ為にホームに入った。
駅員に燐の写真を見せると、確かに覚えていると言われた。
学生が学園の外に出る終電に乗ることは珍しい為、記憶していたのだ。
足跡を辿ると、別に怪しいところはなかった。
そうなると、電車の中で何かあったと考えられる。
終電の電車がホームに入ってきた。駅員は、燐以外に乗客はいなかったと言っている。
しかし、同乗者が悪魔だったならば話は別だ。
目くらましを使って忍び込めば、人目にはつかないだろう。
電車の扉が閉まって、発進する。がたんと揺れる車内で雪男はぐるりと中を見た。
車内には誰もいなかった。今雪男がいる場所は電車の最高尾だ。
電車は三両編成。どこに座っていたのだろう。
雪男は慎重に兄が取りそうな行動を考える。急いで飛び乗った。
それならば、この最高尾だろうか。いや、たぶん違うな。
双子ならではの感覚を全開にして、たどり着いた先は真ん中の車両だった。
おそらくここだ。祓魔師は勘を大事にしろと神父にも教わっている。
雪男は銃弾を装填した。
だが、どこかまでは流石にわからない。雪男は銃弾を天井に向ける。
時の砂、と言っていた。
どんな効果があるかはわからない。天井ならば作りは頑丈だ。
それになにかあっても車両走行上問題になる重要な機関は置いていない。
雪男は引き金を引いた。
しゃあああん、という音が響いて車内に光が響く。
天井から降ってきたのは細かい砂だった。
雪男の手にも落ちてきて、一握りの砂が残される。落ちた砂は収束してひとつの形を象った。
「兄さん?」
砂でできた燐が、座席に座っている。
時の砂はその時なにが起こっていたのかを蜃気楼のように見ることができます。
とメフィストは言っていた。
だが声は聞こえないようだ。砂だけでできているので、音までは出ないらしい。
座席に座っている燐は、視線を外して別の場所を見ていた。
そこには何もなかった。雪男は首を傾げて、しばらく燐が座っているのを見ていた。
眠いのだろう。船を漕いでいる。
このまま、何事もなければ。
雪男はそう思った。でももう起きてしまったことだ。
燐の様子がおかしくなった。お腹を押さえて座席に倒れ込む。
「兄さんッ!?」
雪男はその光景を見ていることしかできない。
燐がもがいて、のしかかる誰かをどかそうとしている。
誰だ。砂はその相手の姿を見せない。砂が足りないのだろうか。
雪男は先ほど降ってきた砂を一握り持っていた。
それを座席に向かって振りかける。信じたくなかった。そこには。
「藤堂・・・!」
京都での事件以来、潜んでいた男がそこにいた。男は笑っていた。
笑って燐のことを嬲っている。怒りで目の前が真っ赤に染まった。
兄さんに手を出したのか。許せない。
座席から砂が流れ落ちている。これは、燐の腹から流れ出た血だ。
夥しい量の血が流れ出ている。
藤堂の腕が、燐の腹を探っていた。
抵抗しようとしたのだろうが、どうすることもできなかったようだ。
燐は藤堂に容赦なく殴られた。燐は気を失って倒れてしまっている。
藤堂の口が動いていた。
音がなくても、口元の動きで言葉を読むことができる。
『プレゼントだよ、ここでしっかりと育てるといい。奥村燐君』
雪男は思わず、砂の藤堂を殴りとばした。でも、砂なので腕はすり抜けて壁に当たるだけだった。
許せない。絶対に。兄さんと同じ目にあわせてやりたい。
藤堂は笑いながら兄を嬲っていた。目的はわからない。
もしも雪男の精神を攻撃する為の手段だとしたら、これ以上のものはないだろう。
悪魔に寄生する悪魔。燐の体を蝕んでいく男の狂気。
「藤堂、僕はお前を許さない」
雪男の言葉に、返す声が聞こえてくる。
男は目の前で見た蜃気楼の光景のように笑っていた。
「お兄さんは君のものではないだろう、奥村雪男君」
車両の連結扉の前に、藤堂が立っていた。
ぴろりん。という音が響いて雪男に着信があることを告げる。
ホテルの部屋でくつろいでいたところでの連絡。メールだった。
画面を開いたそこには燐がお弁当をこちらに向けて差し出している画像があった。
雪男は噴いた。送信者を見れば、勝呂とあった。
本文には、奥村が心配してましたので。と書いてある。
クラスメイトになんて恥ずかしいことさせるんだ。
雪男は今任務で海外にきている。燐とはもう一週間近く会えていない。
お弁当を差し出しているということは、おそらく食事の心配をしているのだろう。
雪男は画面を見て、心が揺れ動かなかったわけではない。
味付けの濃い海外の食事をとり続けて、ノイローゼ気味になっていたくらいだ。
ああ、しょうゆが欲しい。おにぎりが食べたい。
皮までぱりっと焼いた焼き魚が食べたい。
「くっそ!自分だけおいしいもの食べてッ」
雪男は追いつめられていた。任務は長丁場になったが、そろそろ目処が付きそうだった。
やっと帰れると思っていたところで、日本の食事に飢えていたところで、こんな画面を見せられて。
心配してくれているんだな。という思いよりも、うらやましい。という妬ましさの方が勝った。
雪男が本当に恋しいのはその兄の手料理なのだが、すさんだ精神ではまともな回答など期待できない。
雪男は返信をせずに、携帯を閉じた。
ふん、僕が戻るまで心配でもしてろ。ささやかすぎる嫌がらせだった。
雪男は気を取り直して道具を整理しようと鞄の中身を広げる。
念のためにと持ってきた医療道具や、薬草、事務用品が雑多に詰め込まれていた。
いらないものも、増えてきたようだ。
雪男はストレスが貯まると周囲にあるものを整理整頓して、時には捨てることで発散していた。
いらないものを捨てることで、身軽になる気がするからだ。
仕分けのやりがいがありそうな道具をずらりとならべて、いるものといらないものに分けている。
自分一人の裁量でどうとでもなる、この快感。たまらない。
雪男は若干十五歳にしてサラリーマンのような趣味に目覚めていた。
天才といえどもストレスは貯まる。しかも発散の仕方が地味だ。
雪男は天才だ主席だなんだと目立っているが、本人的には地味に生きていけたら一番だと思っている。
人間、やはりないものねだりをしてしまうらしい。
雪男はずらりと並べたいらないものを、ひとつひとつ携帯で写真を撮っていった。
そして騎士團の祓魔師専用のサイトにアクセスする。
そこは祓魔師専門のオークションサイトだった。
祓魔師が使うものはいわくつきのものが多く、おいそれと一般に出せるものではない。
つまり、いらないものがあっても処分しにくいものばかり持っている職業なのだ。
そこで日本支部長のメフィスト=フェレスが考案したのがオークションという手法だった。
騎士團の支部は全世界にある。本人にとってはいらないものでも、
他の支部の誰かが欲しいものは必ずある。
ここ数年で導入されたものだが、当初の思惑よりも好評だった。
今では必要なものがあると雪男もここを利用するようになり、また出品もするようになった。
オークションでいらない物が売れていき、値段がつり上がる快感はやめられなくなりそうだ。
悪魔の思惑にハマっている気がしないでもないが、
もったいないが南十字男子修道院のモットーである。
雪男はあくびをした。ちらりと時計を見れば、もう寝る時間だった。
海外だと時差があるせいで慣れない。
無理をして任務に支障が出てはいけないので、アップロードするだけにしよう。
値段の追いかけや状況などは後からでも確認できる。
雪男は眠い目をこすりながら、数点の出品を完了させた。
さて、数日でどう変わるか楽しみだ。
雪男はベッドに横になった。あと少しで日本にも帰れるだろう。
そうすれば、ネットも自由にできるしオークションもやりやすくなるだろう。
静かに眠りに落ちていく。夢で兄が雪男の好物を作って渡してくれた。
起きた瞬間に死にたくなった。
***
そして更に数日が経過した。
任務が終わると思っていたのに、まだ長引いていた。もう限界だった。
主に雪男の食欲が。なぜしょうゆを持ってこなかったのだろう。
後悔しか浮かんでこない。鍵を使って戻ればいいという意見もあるだろうが、
任務の最中に許可なく鍵を使用することは禁止されている。
きつい任務だと、そのまま逃げかえる者もいるからだ。
しょうゆが欲しいので帰らせてくださいなど、雪男に言えるわけもない。
くやしい。シュラがいたら酒が欲しいから。
つまみが欲しいから帰りますというわがままも言ってくれるのに。
それに同行することもできただろうに。くやしい。シュラがいればと思うことすらもくやしい。
虚ろな眼差しの雪男は数日任務のせいで見れなかったオークションにアクセスした。
今や楽しみといえば出品物の値段がつり上がっていくことくらい。
出品してから今まで覗けていないので、ああどのくらいの値がついているのだろうか。
高鳴る胸の鼓動を押さえてマイページをクリックした。
雪男の目が点になった。
見たことのない金額がついている。ゼロの桁が違う。いったいなにがあった。
雪男は震える指で金額が跳ね上がっている品にアクセスした。
驚愕した。というより、冷や汗がどっと出た。
「に、兄さんッ!?」
飛び上がった。なにこれ。いったいどうして。
出品写真には見覚えがあった。勝呂から送られてきた写真だ。
弁当を持っている写真だった。雪男は自分で書いた商品説明を見て、絶望した。
長年使用してきましたが、この度不要になったため出品致します。
使い古したものですが、品質は保証します。
必要な方がいらっしゃったら、どうぞ貰ってやってください。
最悪だ。人生で最悪の瞬間だ。
本当なら、使い古した入門悪魔薬学セットを出品するはずだったのに。
アップロード画像を間違えたのだ。眠かったからか。
間違えたのか。僕。間違えて自分の兄を出品するとか。
その上説明の文章も最悪である。何様だ自分。
雪男はこの兄のオークションがオークション史上類を見ないレベルで白熱していることを知った。
更新されるごとに値段が跳ね上がっている。おい、これ人身売買だろう。
このサイトの規約どうなってるんだ。
カテゴリを調べると、魍魎の瓶詰めと同じカテゴリに分類分けされていた。
タグで振り分けする新機能ができたと聞いていたが、誰かが指定したらしい。
悪魔の体液や体の一部は使い方によっては薬になることもある。
或いは実験動物的な意味合いでも取り引きされていることもある。
つまり、燐は人間ではなく悪魔としてのカテゴリで取り引きされようとしているわけだ。
それならば規約違反にはならないだろう。
雪男はキレた。出品したのは自分だが、通報しようともせず白熱したネットバトルで
燐を競り落とそうとしている連中が許せなかった。今すぐ取引停止だ。
雪男はアクセスしようとするが、エラーが出てはじき出される。
調べたら、オークション管理者と百以上のやりとりをしなければ
出品取り下げができないように仕様が変更されている。
このままでは取引が成立してしまう。時間がない。
ならばと雪男はオークションで高値をつけている輩をピックアップした。
「値段を釣り上げているのは、この上位二人だな。
一人は『ASタロト』ともう一人は『サマL』・・・か。くそ、金に物言わせる汚い大人めッ!」
しかも、お互い別の掲示板で罵り合っているらしくその喧嘩もまた火に油を注ぐことになっていた。
またそこに悪魔研究者の輩が絡んで、一回は魔神の落胤を調べてみたかったから
競り落としたら連絡が欲しいだの言っている。
もう、収拾が付くような状態ではない。雪男は覚悟を決めた。
ここは、海外だ。やるなら、日本に戻る前に収束させなければならない。
「・・・見てろ」
幸い、任務は今度こそカタがつきそうだ。明日は雪男がいなくても平気だろう。
溜まりに溜まった有給を使ってやる。
雪男は手早く有給の申請を行うと、出張時に持ち運んでいる私用のパソコンを取り出した。
サーバーは、海外を経由。足跡は残さない。このパソコンも本日で破棄確定だ。
「ぶっこわしてやる」
その日の真夜中。正十字騎士團のオークションサイトは跡形もなく破壊された。
当然、その日取り引きされていた内容は全て削除。
被害額は世界規模だったので相当な金額に膨れ上がった。
新種のウィルスとサーバーを狙ったハッキングが主な原因らしいが、犯人は最後まで見つからなかった。
***
後日、雪男は涼しい顔をして帰国した。
メールも返信できなかったけど、燐はきっと食事を作って待っていてくれるはずだ。
喜び勇んで部屋の扉を開けると、そこはもぬけの空だった。
買い物にでも行っているのだろうか。
雪男はふと燐の机にあった紙に目がいった。
そこには、あのオークションの画像と出品内容が書かれた画面が出力されていた。
長年使用してきましたが、この度不要になったため出品致します。
使い古したものですが、品質は保証します。
必要な方がいらっしゃったら、どうぞ貰ってやってください。
その横には出品者の名前、奥村雪男の文字が。
やられた。こんなことをする人物など一人しか思い当たらない。
あのサイトの管理を行っている、日本支部長メフィスト=フェレスしか。
こんなにおもしろい出来事をメフィストが見ていないわけがなかったのだ。
メフィストは実はオークションに参加していたのだが、
オークションが無効になったと知るやいなや、現実で強引に部屋に押し入って燐を落としたのだ。
雪男に捨てられたと思った燐を落とすのは簡単だっただろう。
悪魔の甘言をささやいて、導く先は己の屋敷。
そこで、朝昼晩とご飯を作って貰っているのだ。
兄さんに。僕が食べるはずだったご飯なのに。雪男はキレた。
「見てろ・・・」
愛用の銃の安全装置が外された。雪男の目はサイトを破壊した日と同じ色をしていた。
「ぶっこわしてやる」
その日、メフィストの屋敷から銃声と青い炎が舞い上がったことは言うまでもない。
そこにいるのに、決して見ることができない。
気づかぬうちに忍び寄り宿主の体を貪るそれは、病魔のような毒性を持った恐怖そのものだ。
雪男は震える声で、メフィストに言った。
「悪魔は見ることができない悪魔が存在するなんて・・・」
同族の悪魔を捕らえるために進化した悪魔も実は存在している。
食虫植物に取り憑くそれは、悪魔や人を香りで引き寄せて補食することを
目的に自身を変化させたのだ。
人はすべての悪魔を知っているわけではない。
人間が把握していない悪魔など五万といるし、虚無界の悪魔すべてが物質界に来れるわけでもない。
この悪魔は、おそらく今まで人が出会ったことのないタイプのものだ。
この悪魔の存在がバレれば、騎士団は大喜びだろう。
天敵の悪魔を気づかぬうちに殺していく悪魔。
敵である悪魔に取り憑かせて命を奪っていけば、祓魔師の損害を最小限で押さえることができる。
その上、悪魔には見えず、人には見えるのだ。
人はこの悪魔について警戒することができる。悪魔はそれができない。
人の為に存在するような、悪魔だ。
雪男はそれがひっかかっていた。
「フェレス卿、悪魔が見えない悪魔とは・・・存在しますか?」
メフィストは少しの間考えて、答えた。
「虚無界にないとも限りませんね。
アザゼルの眷属などは体がそもそもありませんから、簡単に姿を眩ますことができます。
しかし、寄生型の悪魔となるとそうはいきません。
この私が関知できないとなると、新種かもしれませんね。しかも見えないとなると対処の仕様もない」
メフィストは指を滑らせて、燐の体を探った。
その手つきは蔦の存在を気にもかけていないようであった。
やはりそうか。雪男は授業中に読んだ本の内容が気になっていた。
もしかしたら、これは人が創った悪魔なのかもしれない。
すべての悪魔は、魔神から生まれたのだという話がある。
だがこうも人間に都合のいい悪魔を、魔神が創るだろうか。
そうなると、魔神が関知せず、人間側が悪魔同士を掛け合わせて創った悪魔だとしたら。
人間はどこまで傲慢な生き物なのだろうか。
雪男はぞっとした。人間の狂気の証が目の前にある。そんな気がした。
メフィストは燐の腹の辺りで手を止めた。
しばらく探るように撫でると、雪男の度肝を抜く質問をした。
「奥村君、夜の営みの経験ってあります?」
「は・・・?」
何を言われたのかわからなかった。夜の、営み。寝ることだろうか。
いや、寝るって普通の意味じゃない。つまり、そう。保健体育の授業の実践のことだ。
メフィストは正十字学園の理事長である。
前途ある若者を教育し、正しい道へ導くのがその役目だ。悪魔だけど。
この人、何言ってんの。それが雪男の素直な感想だった。
メフィストに言わせれば、セックスと言わずにぼかして夜の営みと伝えた時点で、
十代に対しての配慮だと思っているのだが、雪男が気づくわけもない。
「・・・あるわけないでしょう」
燐がそういうことができない立場であることはよく理解している。
魔神の落胤は常に監視される立場にあるし、なにより燐はまだ十代の少年だ。
監視と寮生活という拘束された立場でできるわけもない。
なにより雪男は、そんなことがあれば燐の態度が変わるだろうことはわかっていた。
ふふふ、雪男。俺はお前より一足先に大人になっちまったんだぜ。
なにせ兄ちゃんだからな!
くらいは言われそうである。具体的に想像できた。
そんな態度は、見られない。つまり、燐はまだ童貞のはずである。
雪男はここ数日の燐の行動を思い出した。
まず、レモンなどの柑橘系を好んで飲むようになった。
食欲もあまりなかったようだ。
体調が思わしくないのか、トイレで吐いたこともあったらしい。
そして、雪男に触れられることを拒絶した。
雪男は無言になった。
「いや、いや・・・まさか。兄さんは男だ」
「なにか心辺りでも?」
雪男は口を噤んだが、メフィストに話さなければ燐への対応の仕様がないことも理解している。
とても話しにくそうに、雪男はメフィストに報告した。
メフィストは興味深そうにふんふんと雪男の話に耳を傾けた。
この男はなんで興奮しているのだろうか。
すべてを話し終えると、メフィストは頷いた。
「奥村君のお腹の中には何かが宿っていますね」
「ちょっと待ってください。兄は男です」
雪男は信じたくはなかったが、メフィストは雪男の精神を悉く破壊する。
「悪魔は男でも妊娠できますよ、稀ですけどね」
「に、妊娠ッ!?」
雪男はぐるぐると記憶を巡らせた。
そうだ、あの任務を遅刻してきた時から何かがおかしかった。
あのとき、何があったのか問いただしていればよかったのだ。
つまり、あのときに兄さんには何かが起こっていた。腹に何かが宿るような何かが。
雪男の手は震えていた。雪男は縋るように眠る燐の手を握った。
僕はなにをしていたんだ。兄さんを守ると決めていたのに。こんなことになるなんて。
雪男の顔は絶望に満ちていた。
しかし、雪男はここで一つ勘違いしていることがある。
メフィストは、ただ悪魔としての事実を伝えたのみであり、
別に燐が現在妊娠したとは一言も言っていない。
勘違いさせるようにし向けたのは本当だが、メフィストは笑いが止まらなくなりそうだった。
このような危機的状況でもメフィスト=フェレスは正しく、悪魔なのである。
だがこのまま置いておく訳にもいかない。末の弟、燐はまだ利用価値のあるおもちゃだ。
それを横取りされるのは気に入らない。
これは私のものだ。メフィストは燐の腹に触れながら答える。
「ここに、なにかがいます。だが私には見えない。
そこで、奥村先生に協力していただきたいのです」
メフィストはいつものスリーカウントでペンを取りだした。
それを雪男に渡すと、人間には見えるんですよね。と言った。
雪男はメフィストの言葉の意味を掴んだ。
「つまり、兄さんの体に取り憑いている蔦を描け、ということですね」
「ええ、奥村君は現在意識がありません。診察の仕様もありませんので、体に直接描いてください」
雪男はペンを持って、燐の体に向かった。雪男には見えている蔦をなぞるだけだ。
これによって悪魔が暴走するなど。燐になにかしらの不都合が生じなければいいのだが。
雪男はペンを滑らせる。ちらりとペンの本体を見れば水性と書かれていた。
間違えても描き直せそうだ。
肌の上を滑るように描いていく。意識がなくてもくすぐったいのか、燐の体がぴくりと反応を返す。
そのたびにメフィストが燐の体を押さえた。
外部の人間が見れば、通報されても仕方ない程怪しい行為だった。
燐が時折身をよじらせるので、変な気分になってしまう。
雪男は早く終わらせようと、手を動かし続けた。
「よし、できました」
雪男はペンの蓋を閉じて、蔦の状態を見せた。
燐の腹を取り囲むように生えている蔦。異様な光景だ。
メフィストも少し驚いているようだった。
小さな蕾の部分をなぞり、腹の中心。
蔦の生える根元の部分を探ると、指でとん、とそこをついた。なにかを掴んだようだ。
「アインス・ツヴァイ・ドライ!!」
スリーカウントを告げると、蔦の動きが固まったように見えた。
同時に、燐の腕がぴくりと動き瞼が薄く持ち上がる。
雪男は急いで燐に視線を合わせた。
「兄さん、僕がわかる!?」
「雪・・・男」
そう告げると、燐はまた瞼を閉じた。
今まで意識が戻らなかったことを考えると、進歩だろう。寝息が聞こえてくる。
それは容態が安定したことを意味していた。
「これで少しは持つでしょう。眠ってはいますが、そのうち起きると思います。・・・それと奥村先生」
「なんでしょう」
「その、貴方美術の成績は、あまりよろしくなかったのでしょうか」
「テストは満点でしたよ」
「実技の方は?」
「ノーコメントでお願いします」
雪男はメフィストの言わんとしていることがわかったのか、顔を逸らした。
ああ、わかっているさこの悪魔め。雪男の視線は燐の腹に釘付けだった。
そこには蔦と、雪男がなぞったお世辞にも上手いとは言えない乱れた蔦の絵があった。
なぞっただけなのに、どうしてこうなるのだろうか。
葉っぱは四角いし、蕾は三角だ。蔦の線はぐにゃぐにゃで幾何学模様にも見える。
自分で描いていて、せつなくなった。ペンが水性だったのは、本当に救いだ。
燐が起きたら腹芸でもさせるつもりだったのかと咎められかねない。
「次からは、勝呂君にでも頼みましょうか」
「僕から頼んでおきます・・・」
燐を見せることができるメンバーの中で、絵心がある人といえば勝呂くらいしか思いつかない。
彼ならまじめだし、事情を話せばやってくれるだろう。
雪男は後で勝呂にメールを打つことに決めた。
メフィストは眠る燐にまたスリーカウントを唱えた。
煙が消えると、ベッドには青い着物を着た燐が横たわっていた。
「着物なら、洋服よりは着替えさせやすいでしょう。蔦の具合も確かめられます。
容態が急変しないとも限りませんので、当分は奥村君は外出禁止とします。
今日はもう寮に帰らせましょう」
「なら僕が」
「貴方にはやってもらいたいことがあります」
メフィストは懐から小さな小瓶を取り出して、雪男に渡した。
小さな、星のような形をした砂が入っていた。見たこともない砂だった。
「これは?」
「貴方の場合でしたら、銃弾に装填して撃てばいいでしょう。
時間が立っている現場の検証によく使うのですが、
その時なにが起こっていたのかを蜃気楼のように見ることができます。
もちろん、幻のようなものですが。効果は期待できますよ」
時の砂。と言うらしい。
メフィストの持ち物はいつも得体の知れない物が多いが、今回のは特にそうだ。
しかし、役立つ物はなんでも使わせてもらおう。雪男は砂をポケットにしまった。
この足で向かえ、ということだろう。
雪男は燐を見た。眠っている。置いていくことに抵抗がないわけではない。
メフィストを信用することなどできない。雪男は携帯電話でメールを打った。
「兄さんは勝呂君に送ってもらういます。事情は説明しておきますので」
「おや、信用がないのですね」
「ええ。では僕は任務に向かいますので失礼します」
雪男は扉を開けて、保健室から出ていった。
保健室の扉の前には、立ち入り禁止の札がかかっていた。これなら限られた人しか入れないだろう。
続けて、二通目のメールを送った。彼は頭がいいし、クラスが同じなので授業中に出ていく雪男も見ている。
事情を察してくれるだろう。
雪男は頭を切り替えた。燐がおかしくなったのは、あの任務の後からだ。
遅刻してきた原因を辿らなければならない。雪男は制服に忍ばせていた銃を握った。
目指すは、燐があの夜に乗車したであろう駅だ。
***
「奥村先生は、君の為に走っていますよ奥村君」
メフィストは眠る燐に話しかけた。返事はない。
燐の体を包む着物をはだけさせ、燐の腹を撫でた。
ここに何かがいる。メフィストはその事実が大変不快だった。
お気に入りのおもちゃを汚された気分だった。
しかも、自分の想像が正しければこの蔦は最悪の寄生悪魔である可能性がある。
「少しですが、蔦に棘がある・・・これは茨。茨とは、薔薇のことだ。
そして貴方がその身に宿す炎の色を考えると―――」
青薔薇の悪魔。
花言葉の意味は、神の祝福と不可能の意。
なんという皮肉だろうか。
自然界では決して作られることのなかった青い薔薇をその身に宿すということ。
取り憑いているとはいえ、全く別の悪魔をその身に宿らせているなど。
犯されたことと同義ではないか。
「はしたない子だ」
そうだ、なんなら自分の手でこの汚れを上塗りしてやるのもいいかもしれない。
メフィストは上級悪魔だ。交わることで燐の身に宿る悪魔を消滅させることもできるかもしれない。
今ここで意識のない燐をこの手に。
そんな欲望がよぎらないわけではない。
だが、メフィストの力をも取り込んでしまう可能性がないとも限らない。
養分を吸い取って成長する、悪魔の植物。
そうなれば、燐の寿命は確実に縮まってしまうだろう。
メフィストの耳は、ばたばたと廊下を走る音を捕らえた。お迎えが来たようだ。
この手段は、最終手段としましょうか。メフィストは眠る燐にそっと近づいた。
カーテンの影が、一つになってまた離れた。
「よい夢を、奥村君」
メフィストの影が消えるとの同時に、勝呂が保健室の扉を開けた。
そこには腹に茨を宿したまま、ただ眠り続ける燐だけがいた。
宿り木に取り憑いた悪魔はその多くが寄生型の悪魔に変質する。
宿主に巣くうと、その身に宿っていることを悟られないように徐々に
宿主の体を喰い尽くしていく植物。
寄生型の悪魔は多種あれど、そのどれも共通しているのはその悪魔自体は
大した力を持っていないということだ。
この前遭遇した巨大な山魅にしても、おそらく気づかないまま体を乗っ取られて
あんなことになってしまった。
上級悪魔は、他の悪魔の気配に敏感だ。
恐らく寄生タイプの悪魔に取り付かれた上級がいないのも、
危機を察知する能力があるかないかというのも理由のひとつだろう。
仮にメフィストやアマイモンに憑こうとした寄生タイプがいても、一瞬で潰されるだろう。
雪男は教科書の上に載せた悪魔植物学の本をめくった。
次のページには、キメラタイプがいた。
悪魔薬学は人間の薬学と根本的には変わりはない。
様々な植物を掛け合わせて新たな植物を作り、薬にする。そういったことも日常的に行われている。
悪魔に憑かれた植物同士を掛け合わせて、別の悪魔への抗体を作る。
それは動物同士を掛け合わせて想像上の動物を作ろうとした練金術にも通じる行為だ。
悪魔同士の配合は騎士団の中でもごく少数の者にしか許されていない。
それは古くから騎士団に忠誠を誓っているような家柄の者も含まれていた。
新たな悪魔を生み出す行為は、魔神の所行。悪魔の行為と変わらないからだ。
研究者の間では、そうして生まれた悪魔のことをキメラタイプと呼んでいた。
雪男も知識としては知っていたが、進んでは調べていない。
不快な行為が、かなりあるからだ。
ページを進めれば、グロテスクな実験風景が映し出された。
悪魔を切り刻み、配合し、掛け合わせていく行為。人間と悪魔の境がわからなくなってしまうような。
雪男は前から聞こえてきた声に耳を向けた。
「奥村、この問題解いて見ろ」
雪男は黒板に眼を向けた。今は学園の授業中だ。
普段なら授業中に祓魔関係の本を出すことなどしないのだが、
雪男にはどうしても気になることがあった。黒板の問題をざっと見ると、雪男は答えた。
「5、です」
「正解だ、流石早いな」
教師は黒板に向き直った。教室の隅から女子の声がひそひそと聞こえてきている。
やっぱり奥村君かっこいいね。お兄さんとは違って。
黄色い声を無視して、本に向き直る。
この前の任務で燐は腕に寄生タイプの悪魔が憑いた。
あれだけ近づくなと言っていたのに、予想を裏切らない兄である。
今思い出してもため息が出る。そして、このところ不思議な行動も目立っていた。
まず、以前よりよく眠るようになった。
ただでさえ普通の人よりも眠る人種なのに、これ以上睡眠時間が増えたら日常生活に支障が出る。
あの時から。そう、遅刻してきた時から何かが変だ。
雪男は燐の不可解な行動を探ろうと考えていた。
でも、燐は何かを聞いてもはぐらかすばかり。
「なんで、隠すんだろう・・・」
嘘をついても昔はすぐにわかったのに。
どうして自分たちは肝心なところですれ違うのだろうか。
雪男はため息をついて本を閉じた。流石に教師にこの本が見つかったらまずいだろう。
鞄の中にしまうと、廊下から誰かが走ってくるのが見えた。
雪男たちの教室の扉が勢いよく開けられる。
別のクラスの教師だった。表情がかなり焦っていた。
「奥村、奥村雪男はいるかッ?!すぐに来い!」
雪男は立ち上がった。教師の顔に状況を察知する。
騎士団関係なら携帯に連絡があるはずだ。
つまり、一般の教師がこんなにも焦ると言うことは。
雪男の脳裏に燐の姿が浮かんだ。雪男は急いで廊下に出た。
扉が閉められる。教室に聞こえないように配慮したのだろう。
「お前のお兄さんが倒れた。今保健室にいる。すぐに行ってくれるか」
「兄さんがッ!?わかりました!」
雪男は自分の嫌な予感が当たったことに嫌悪した。
いつもそうだ。神父が倒れたときもそうだった。
今まで倒れたことなんてなかった兄が、倒れた。
それは緊急を要することを意味している。雪男は保健室へ向かって走った。
やはり、おかしいと気づいた時点で登校させるべきではなかったのだ。
「兄さん!」
雪男は保健室の扉を開けた。そこには、カーテンで仕切られたベッドが一つ。
あそこか。他に患者はいないようだ。カーテンの隙間から、誰かが顔を覗かせた。
見かけない顔だった。
「君は・・・?」
「あ、はじめまして。奥村君の弟さん・・・ですよね。僕醐醍院といいます。
奥村君とは同じクラスなんです」
「君が醐醍院君なんですね、兄からは話をよく聞いています」
雪男はカーテンの中に入る。燐はベッドに静かに横たわっていた。
顔に触れると温かい。眠っているだけのようだ。
でも、こうしても意識が戻らないなんて普通ではない。
「奥村君、授業時間になっても来ないから、おかしいと思って見に行ったんです。
探したら更衣室で倒れていて・・・」
「すみません、兄がご迷惑をおかけして」
雪男は醐醍院に教室に戻るように言った。雪男が来るまでずっとそばにいてくれたのだ。
これ以上一般人である彼に迷惑をかけるわけにはいかない。
しかし醐醍院はどうやら雪男が来るのを待っていたというのだ。
燐から雪男が祓魔師であることを聞いていたらしい。
醐醍院が燐にかけられている布団を取る。
「あの、これ見て貰えますか?」
醐醍院が燐の腹部を指さした。そこには燐の体操服がかけられている。
なんだろう。そう思って雪男が燐にかけられている服をめくる。
そして、目を見開いた。
「なん・・・だ、これッ!?」
燐の腹部には、植物の蔦が巻き付いていた。雪男は驚いてそれに触れて見る。
しかし、蔦の感触はしない。あるのは燐の肌のあたたかさだけ。
異様な光景だった。まるで刺青のような植物が肌に巣くっている状況。
雪男が見ていると、蔦が動く。
ぎょっとしていると、葉だけだったところに蕾のような小さな芽が作られていた。
この蔦は、生きている。
生きて、兄さんの体に巣くっているんだ。
吐き気がした。先ほどまで読んでいた本の内容がぐるぐると頭を巡る。
悪魔に寄生されているんだ。
いつ。どこで。だからなにかがおかしかったんだ。くそ、もっと早く気づいていれば。
雪男が眉間に皺を寄せていると、醐醍院が声をかけた。
「奥村君、大丈夫です・・・よね?」
それはすがるような視線だった。
そうだ、自分がこんな状態でどうする。雪男は我に返った。
まずは、できることから始めなければならない。
「大丈夫ですよ、兄は頑丈です。治療もありますから、君はもう帰った方がいい」
「そうですか、わかりました」
醐醍院はもう自分にできることはないと悟ったのだろう。
おとなしく保健室から出ていこうとした。
とぼとぼと去っていこうとする後ろ姿に、雪男は声をかけた。
「あの、兄に付き添ってくれて・・・ありがとうございました!」
いつも一人だった兄が一人ではなくなった。
やさしいクラスメイトに一言声をかけたかった。
醐醍院は雪男の言葉に振り返って、少しだけ笑った。
「奥村君、早く良くなるといいですね」
醐醍院はそう言うと、教室に帰っていった。雪男は燐に向き直る。
そこには医工騎士としての顔があった。
雪男は冷静に燐の意識の状況を確認する。声をかけても返事はない。
腕を引っ張って起こそうとしても、だらりと力のない体があるだけだ。
意識はない。だが、呼吸が浅いし寝息も聞こえてくる。
深い眠りについている状況のようだ。
雪男は燐の上着を脱がせて、蔦の状況を見た。
腹の中心から生じているようだが、全貌が掴みにくい。雪男は燐に謝った。
「ごめん兄さん・・・でもこのままじゃまずいから」
雪男は眠る燐に謝ると、ズボンに手をかけた。
別にやましいことをしているわけではないのだが、
意識のない相手にそういうことをしているという罪悪感がある。
雪男は決心すると燐のベルトを外して一気に引き下ろす。
シャツははだけているし、下着一枚だ。雪男は燐の体を調べた。
たぶん、今燐が起きたら間違いなく激怒するだろう。
雪男はそう思いながらも、蔦の状態を確認した。
燐の腹の中心部あたりから伸びた蔦が、腹を二周している。
蔦は一本だけではなく、途中から枝分かれしているようだ。
雪男は燐の足を持ち上げると足の部分に蔦が来ていないかを見た。
燐はされるがままだ。雪男は足を持った状態から元に戻そうとすると。
いきなりカーテンが開けられた。
「奥村君が倒れたと聞いてやってきました☆・・・ってあれ・・・ちょ・・・」
「フェレス卿ッ!?」
雪男は素早く燐の体に布団をかけた。
まさかいきなりやってくるとは思わなかったので、完全に見られてしまった。
別にやましいことはないのだが、メフィストの目は輝いている。
雪男はしまったと思った。
「おや?おや?奥村君今完全に裸でしたよね?
先生は奥村君の意識がないことをいいことに裸に向いてその体をいいように扱って・・・」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいッ!!
兄がこんな状態だというのに不謹慎な!それに下着はつけてますよ!」
「でもそれ以外はつけていないという・・・ってわかりました。
奥村君の様子を見に来たのは私も同じですから」
雪男の激怒した様子を見て、メフィストも言葉を慎んだ。
そして、燐にかけられていた布団をはいで、様子を見る。
メフィストは燐の首から腹にかけて、手を滑らせた。
それでも、燐が起きる気配はない。
雪男は妙だな。と思った。腹の模様に関して、なぜメフィストは言わないのだろうか。
雪男は疑問を口にした。
「あの、兄の腹にあるこの蔦のようなものは・・・悪魔のものでしょうか」
メフィストは雪男の言葉に目を見開いた。
「蔦、とは?」
「見てください!ここにあるでしょう!」
雪男は燐の腹部を指さすが、メフィストは首を傾げるばかりだ。
雪男は思い返した。醐醍院、は見えていた。メフィストは見えていない。
燐も、自分が倒れるまで気づいていなかったのだとしたら。
雪男に何も言わなかったことも頷ける。
「フェレス卿、これが見えていないんですか?」
雪男は問いかけた。メフィストは答える。
「ええ、何のことだかさっぱりわかりません」
悪魔だけが見えない、悪魔。
燐の体に巣くっているものの異様さに、雪男はぞっと悪寒を感じた。