青祓のネタ庫
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ワンコールの電話音の後に受話器を取る。
「はぁいこちら正十字騎士團お悩み相談室ですぅ☆」
声を聞いた途端に受話器の向こう側から電話を切られた。
聞こえてくるのは機械音だけ。メフィストはチッと舌打ちをして受話器を置く。
今日だけで何回目だろうか。メフィストはため息をつく。
騎士團の方から、一般人や学園の生徒が感じている不和を調べるようにとのお達しがあった。
虚無界の門が開きかけている今、一般の人々が感じている異変こそが
この世界に訪れている異常を教えてくれる。
確かに大事なことである。
そこでお悩み相談という形で騎士團の方も一般人に窓口を開いているというわけだ。
些細なことから重い悩みまで内容を問わない相談を受け付けている。
普通なら部下である祓魔師に振っているのだが、悪魔であるメフィストにとって人の悩みは蜜の味。
どんな美味しい相談があるのかと意気揚々と電話に出てみたものの、メフィストの第一声が信用できないのか
電話を切られてしまう始末。おもしろくない。とメフィストは舌打ちをする。
電話口でも警戒すべき相手をわかっている辺り人間は侮れない。
それならばとメフィストは電話機を操作した。一般回線から、学生向けの相談室へと回線を移動させる。
いたいけな少年少女ならば、世間を知って警戒心を持っている大人よりも素直に悩みを相談してくれるだろう。
そう、少年少女の悩み程いじりがいのあるおもしろいものはない。
彼らの世代についた傷はその後の人間の人格形成に深く関わってくる。
深く傷つけるのもよし。放置するのもよし。
膿んだ状態にして一生消えない傷を残すのもよし。
ああ胸が高鳴るじゃないか。
メフィストはうきうきしながら電話が鳴るのを待った。
そのまま待っていると、程なくして着信を告げる音が鳴る。メフィストは電話を取った。
「はい、こちら正十字学園お悩み相談室です」
声色を変化させて努めて優しそうな声で出る。それだけで学生は安心して話し出すだろう。
ここでは匿名の相談を受け付けているので、名前を問いただす必要もない。
電話口の相手は少し躊躇してから、ぼそぼそと話し始めた。
『友達のことで・・・相談が』
「ええ、どんなことでもいいですよ。おっしゃってください」
『俺、友達のハンカチを。その。返しそびれてもうて』
話を聞いていると友達の落としたハンカチを教室で拾ったらしい。
返そうと思ったけれどタイミングを逃して返しそびれてしまったそうだ。
後で返そうとしているうちに、ハンカチを無くしたという話を相手の友達から聞いた。
そのハンカチはプレゼントでもらった大事なものだったらしい。
『そこで返せばよかったのに・・・返せなかったんですわ』
「なるほどなるほど」
つまり、この相談者は友達と呼ばれる子に少なからず想いを向けていたわけだ。
そこで別の男からもらったというハンカチを、大事なプレゼントだったと知って返したくなくなったと。
かわいらしい嫉妬心ではないか。メフィストはにやりと笑った。
「貴方はどうしたいと思っていますか」
『返そう、って思います。でも言いだしにくくて』
「本当に?本当に貴方はそう思っているのですか?」
メフィストは察していた。この電話口の相手は本気でそう思ってはいないと。
相手の本心を突く質問に、電話口の相手は口ごもる。メフィストは追い打ちをかけた。
「想い人の持ち物を手に入れて、貴方は何も感じなかったと言えますか。
大丈夫ここには守秘義務がありますから誰にもバレることはありませんよ」
悪魔の言葉をささやいて、相手の言葉を待った。
しばらくしてから、相手は口を開いた。
『興奮したんです』
少なからず想っている相手の持ち物が手に入って、この年頃の男が何もしないと言えるだろうか。
大事な人からもらったというプレゼント。自分以外の男から貰った持ち物。
想い人はそのハンカチを日常生活で使っている。
トイレに行って手を洗った後に。食後に口元を拭うために。汗をかいたらその汗を拭ったりもするだろう。
そうだ。その布には想い人の使用した形跡がある。自分の知らないところで使われているハンカチ。
それを手に入れたこの相談者は、ハンカチを汚す行為に至るまでそう時間はかからなかったはずだ。
想い人が使った痕跡を想像して、興奮した。することは一つだろう。
「なるほど、貴方はそれで罪悪感を感じたと?」
『どうしようもないくらいに』
想い人を思っているのに、自分がした行為は即物的かつ想い人を汚す行為だ。
やってはいけないことである。そこで相談室に駆け込んでしまったというわけか。
メフィストは笑った。そして再度問いかける。
「本当にそう思っているのですか?」
興奮した末に感じた罪悪感。罪悪感を感じたのは本当だ。でも、その罪悪感の先に感じたものがあったはず。
それを否定するのかとメフィストは問うている。
普通の人間ならば否定するそれを、メフィストは否定しない。
心の扉を開けるのだ。そうすれば人はもっと自由になれる。
電話口の相手が息を飲むのがわかる。しばらく無言の後、相手は答えた。
『あの子を汚して、あかん悦びに目覚めました』
メフィストは拳を握りしめた。
これだ。この若者の次の扉を開くこと。ああ教育者としての喜びにメフィストは浸る。
世間一般的には好きな子のハンカチ盗んで自慰に耽った行為は褒められるべきではない。
だがメフィストだけは褒めよう。なぜなら彼は悪魔だから。
人としての足を踏み外した生徒を褒めないわけにはいかない。
「すばらしい!貴方の今後に期待します!」
『なんか、あかんことしたのに褒められるのって不思議ですわ』
「いいんですよ。思春期にはよくあることです。気にしないことです」
電話口の相手は悩みが解消されたようで晴れやかな声だった。
方法としては完全に間違っているが、一人の悩める青少年を救ったのは事実である。
あとは彼が人としての道を完全に踏み外さないことを祈るばかりであるが、こればっかりは誰にもわからない。
メフィストに一言のお礼を言うと相手は電話を切った。
きっと彼はハンカチを返すことはしないだろう。
それどころか電話を切った今この瞬間にもハンカチを手にとって。
想像するだけで胸が高鳴るじゃないか。
メフィストはテンションが上がったまま、次の電話に出た。
『祓魔塾で、ゆ・・・弟に貰ったハンカチ無くしたんです。
大事にしてたのに。一体どこに行ったのか』
メフィストはしばしの無言の後、紛失物相談窓口の電話番号を伝えた。
そして、きっとそのハンカチは必要な人の元に行ったんですよ。と一応のフォローを入れておいた。
電話を切って、メフィストは自身の末の弟の行く末を案じた。
彼を脅して手に入れた自分が言うのもなんだが。
弟である雪男に邪魔されたあげくに別れ話を持ちかけられた時は非常に焦ったものだ。
その後話をうやむやにして以降、燐と関係を持つことは中断しているが諦めてはいない。
燐はそういう関係にはなれないとメフィストに詰め寄ったが、燐の意志などそもそも関係ないのである。
自分の欲をぶつけることになんの躊躇もない悪魔にとって、燐の抵抗など愛玩動物の甘噛みのようなもの。
次は旧男子寮にでも進入して、燐のベッドにだけ結界を張ろう。
どんなに暴れても外に音が漏れることはないし、声が聞こえることもない。
狭いベッドの中で押さえつけ、寝ている弟の目の前で思い知らせるのもいいかもしれない。
うきうきしていると、次の電話が鳴った。
時計を見ればそろそろ相談窓口も終わりの時間。これで最後だろう。
終わったら早速今夜の進入計画でも立てるとしよう。
今度の相手は高校生という年頃にしては珍しい極めて落ち着いた声色だった。
『家族に渡したプレゼントのハンカチがあったんですけど、
大事にしていたのに無くしたって言われて探してたんです』
メフィストは諦めて、代わりのものでも贈ったらどうですか。と相手に勧めた。
そのハンカチは間違いなく帰ってこない。そう策略を巡らせたのはメフィストだったからだ。
相談者は少しの間無言になって、言葉を発した。
『見つかったんですけど、他の人が持ってたものをもう一回渡すのもあれかなって思ったんで。
処分しちゃったんですよね』
メフィストはその声色にぞっとした。とても冷静だ。怖いくらいに。
そして先ほどの相談者の安否が気になった。
まさか殺してはないだろうが、陰惨な目には遭っているだろう。
自分のした行為の責任は取らないといけないが、彼は一時の思春期の性衝動に従っただけである。
それを断罪するなどあってはならないことだ。
処分。恐ろしい言葉だ。ハンカチではなく、持ってた者を処分したのではないのか。
メフィストは落ち着いて相談者に対応した。
「では新しいものをあげるつもりなのでしょう。それでいいじゃないですか」
『ええ、どんなプレゼントがいいかなと思いまして』
「欲しい物をあげればいいのではないですか。きっと喜びますよ」
『そうですね、それがいい』
相談の決着はつきそうだった。今日は早々に退散することにしよう。
そう決めたところで、電話にノイズが走り始めた。電波が悪いのだろうか。
相手は固定の電話機ではなく携帯からかけているらしい。周囲の雑踏の音もよく聞こえてくる。
『プレゼントをあげた家族なんですけど、最近よく眠れないらしんです』
どうしてですか。とはメフィストは聞かなかった。理由はよくわかった。
その家族は男と関係を持ったことで脳裏にフラッシュバックが起きるのだろう。
夢でうなされているのだ。自分の体を暴かれた行為を何度も何度も思い知る。
そうメフィストがし向けたからだ。
電話の雑音が急になくなった。
『だから、安心して眠れる夜をあげたいって思うんですよね』
メフィストは電話から聞こえて来た声で席を立った。
「今、どこにいるんですか」
わかりきったことだが、それでも聞いた。
「貴方の、後ろに」
電話口の声がそのまま背後から二重音声で聞こえてくる。
メフィストの指が鳴るのと、銃弾が発射される瞬間は同時だった。
相談窓口の終了のチャイムが鳴り響く。
戦いの火蓋は切って落とされた。
「兄さんは真面目に祓魔師になる気はあるの?」
雪男は女の子に声をかけている兄を見つけてため息をついた。
眉間にしわがよっているのがわかる。明らかに不機嫌だった。
燐は去っていく女の子を寂しそうに見送っている。
燐の肩を叩いて、雪男は詰め寄った。
いくら処刑が保留になったとはいえ、いつそれが撤回されるか
わかったものではない。
真面目に勉強している気配もない今、兄の言葉が雪男には信じられなかった。
祓魔師になるためには、血のにじむような努力が必要だ。
雪男がそうであったように。塾の仲間がそうであるように。
兄はなぜもっと真面目にできないのだろうか。
「だって、高校一年生の学園祭は一回だけだろ」
「志摩君の受け売り?勘弁してよ」
「音楽フェス行きたいてぇな。お前は行かねぇの?」
「行くわけないだろ。女の子に誘われたりはしたけど、僕は興味ない」
「うわ、それ嫌味か最悪だな、こんな奴のどこがいいんだか」
燐は雪男をうらやましいと言って肩を小突く。
雪男にしたら、三か月後の祓魔師試験の方が大事だった。
いくら年一回あると言っても、燐には何回チャンスが残されているのかわからない。
だから生き残るためのチャンスを無駄にして欲しくなかった。
雪男のそんな思いを燐は考えてはくれない。
雪男のいらつきは増していく。
「音楽フェスなんて、来年行けばいいだろ」
祓魔師の試験に合格してから。そうすれば心の底から学園祭だって楽しめるだろう。
来年なら、雪男だって兄と一緒に楽しめたかもしれない。
燐は雪男の言葉を受け止めて、頷いた。
「わかったよ」
言葉では了承したといえども、諦めがつかなかったようで。
その後も隙を見て女の子に声をかけたらしいが、断られている様子を雪男はたびたび目撃した。
結局しえみの返事もいいものではなかったらしい。何と言われたのかは知らないが。
そして寂しく、学園祭最後のキャンプファイヤーの会場に来ている。
雪男は燐の監視の意味を込めて隣にいる。
男二人でキャンプファイヤー眺めるなんてあまり面白くはなかったけれど。
背後では人の喧騒と、かすかな音楽が聞こえてきた。
燐が行きたがっていた音楽フェスだろう。
中には入れなかったけれど、かすかな音だけは楽しむことができる。
皆音楽フェスに夢中になっているらしく、キャンプファイヤーの火を囲む者はほんのわずかだ。
それも暗闇で顔がよくわからないから、人がいるのかいないのかわからないような視界だった。
声が聞こえてきた。
「お前行かなくてよかったのか?」
「兄さんの監視があるからいいよ」
「真面目だな、少しは高校生活を楽しめよ」
「イイよ別に」
そのまましばらく火の粉が暗い空に消えていく様子を見ていた。
静かな夜だった。兄の背中を見て雪男は声をかける。
「来年行こうよ」
燐は雪男の言葉に答えなかった。
もしかしたら、予感があったのかもしれないと雪男は今になって思う。
キャンプファイヤーの火を見ながら雪男は考え事をしていた。
背後から声をかけられて、珍しく驚いてしまった。
振り返れば出雲がそこに立っていた。
「先生が驚くなんて珍しいですね」
「考え事をしてまして」
そのまま出雲は雪男の隣に立った。女子の視線も暗闇ではわからない。
お互いの顔がわからないという状況はありがたかった。
背後からは音楽が聞こえてくる。去年、燐が行きたいと言っていた音楽フェスが今年も開かれている。
雪男や出雲達は高校二年生になった。
祓魔師の試験が今年もあと三か月後に迫っている。
二人はもう試験に合格しているので焦らなくてもいい立ち位置だ。
だからこうして落ち着いて話をしていられるのだろう。
二人はしばらく無言のままキャンプファイヤーの火を眺めた。
薪が燃えていく姿は人をリラックスさせるらしい。
出雲はぽつりとつぶやいた。
「こんなことになるなら、一緒にいけばよかったかなって。今は思います」
出雲は去年、燐に音楽フェスに行こうと誘われていた。断ったのは祓魔師試験が迫っていたからだ。
燐は祓魔師試験に合格すると同時にヴァチカンへの配属になった。
配属という形は後付けの説明ともいえるだろう。
高校卒業を待つことなく、ヴァチカンは強引に燐を拉致していったのだ。
今ではアーサーの元で使い魔のようにこき使われているらしい。
監視役だった雪男もお役御免というわけだ。
今では燐がどう過ごしているかもわからない。
メフィストを問いただしてたまに近況を知れるくらいだ。
今どこでどんな空を見上げているのか。それすらもわからない。
一年前からは想像もつかなかった状況が今ここにある。
兄は雪男の隣から消えた。高校生活も一緒に送ることはない。
燐と過ごした旧男子寮も半ば強引に追い出されて、今では新男子寮で暮らしている。
雪男はごく普通の高校生活を送っている。
燐が聞けばきっとうらやましいと言われるくらいだろう。
出雲が呟いた言葉は、そのまま雪男が抱えている後悔とつながった。
「僕も、来年行こうなんて言わなければよかったって。今は思います」
燐には来年がなかった。
自分たちには来年があった。それだけの違いがこんなにも大きく心に響く。
お互いの顔は見えない。
二人はただ燃えて、暗い空に消えていく火の粉を眺めていた。
この炎が青かったらよかったのに。
そう思うのは都合のいい考えだろうか。
誰かが雪男の前に立っている。たぶん学園の生徒の誰かだろう。
去年いた背中はもう見ることはない。
高校二年生の奥村燐はどこにもいない。
それでも兄はこの世界のどこかで生きている。
キャンプファイヤーの火の影から、去年の僕が僕を見ている気がした。
高校一年生の学園祭がもう一回あれば。
できないからこそ、誰もが望むだろうやり直し。
もしも、もう一回送れるのなら今度は笑って兄の望みを叶えてやりたかった。
炎の幻影を見ながら、今もどこかで生きている兄の姿を思い出す。
***
燐は夜空を見上げて呟いた。今しがた燃やした悪魔から出た青い炎の火の粉が空へと消えていく。
それが去年見た学園祭のキャンプファイヤーみたいで、少し笑えた。
周囲には夥しい数の悪魔の死体がある。
仲間や家族から引き離されてもう一年近くたつ。
今の時期なら学園祭だろう。皆楽しんでいるだろうか。あの音楽フェスは今年も行われているのだろうか。
今の燐には確かめる術がない。それでも、生き残るためにここで足掻いている。
「何している、行くぞ」
アーサーに呼ばれて、燐は振り返った。半ば強引に拉致された挙句に使い魔のようにこき使われている。
厭味ったらしい上司に燐はため息しか出ない。それでも、出会った時よりはましな扱いだ。
他の祓魔師だったら未だに声をかけてくれる人もいない。
燐は一人だった。だから温かい思い出は前に進める勇気をくれる。
こんなことになる予感は、以前からあった。
誰かに話すことはなかったけれど、漠然と抱えていた将来への不安。
不安はやはり現実のものとなった。
だからこそ、あの学園での生活は間違いなく燐の支えになっている。
楽しく遊べる時間がどれだけ大事か。雪男も今俺の分まで遊んでくれていればいい。
あ、でも女の子と羽目を外して遊ぶのだけは許せないかもしれない。
できなかった燐からしたら、うらやましくてしょうがないからだ。
燐は少しだけ笑った。
雪男はまだ高校二年生だ。雪男にもそんな楽しい思い出が増えればいいと思っている。
それでも。
「もういっかいあればよかったのになぁ」
無くした高校二年生を、思わずにはいられない。
「どういうつもりや奥村」
勝呂は周囲に人がいないことを確認して、燐を階段下の暗がりに連れ込んだ。
本来なら自分一人で来るはずだった場所だ。途中までは一緒に来たとしても、
燐が中に入ることまでは想定外だ。ここは京都の術師の集まり。
青い夜の被害にあった家だって、あるだろう。
そんな場所にのこのこ魔神の落胤が来ているなど知られれば、
燐がどんな目にあわされるかわかったものではない。
ここは古狸達の集まりだ。若い勝呂の手に負える相手ではないのかもしれない。
それでも家のためにここへ来た。
老人達とのやりとりに集中したいというのに。
「今からでも遅くない。帰れ奥村」
何かあってからでは遅い。だからその前に。
顔には面が着けられており、表情はわからない。
燐は勝呂の頬にそっと手を添えた。あたたかかった。
「イヤだね。勝呂を置いて帰るなんて」
「状況わかっとんのか。俺は目立てる立場やない。
それなのにこんな派手な使い魔連れて行けいうんか?」
燐の手首を掴んで、壁に押しつけた。美しい青い布地だ。
燐にとてもよく似合っている。こんな状況でなければ他人に見せびらかしてみるのも悪くなかったかもしれない。
勝呂が若旦那というならば、燐は若君。とでも呼べるような服装。
一体どこの坊ちゃん二人組だろうか。
今から海千山千の老人達と渡り合わなければならないというのに、笑えない。
「もっと仲間を信頼しろって言ったの勝呂だろ。
勝呂の家の問題なのかもしんねぇけど。
ここにいれるのは悪魔である俺しかいないじゃん。一人になんかにしねぇよ」
面の隙間から見える青い瞳が勝呂を射抜く。
手首から伝わる相手の体温。自分の手は珍しく冷たかった。
緊張していたのだろうか。
一人ではないと言ってくれる相手がいてくれる。
それはなによりの励ましになるだろう。
「・・・何かあったら言うんやで」
ここは術師の集まる場所。結界や退魔の術が施されている部屋だってあるだろう。
使い魔の正式な契約がなされていれば結界が無効化される術も存在する。
勝呂と燐は正式な使い魔としての契約を交わしているわけではない。
それが燐の体に悪影響を与えねばいいのだが。
勝呂の眉間に寄った皺を察したのか、燐が軽くデコピンをした。
「そうカリカリしなさんな若旦那」
「誰のせいやと思っとる」
それでも勝呂の緊張は不思議と取れていた。
***
会合は畳が五十はあるかと思われる部屋で行われた。
部屋に明かりはなく、薄暗い。所々ろうそくを灯す台があるがそれに火はなかった。
顔を見られないようにという配慮だろうか。面をつけた上に暗闇で行われるとは。
よほどお互いのことを信用していないのだろう。一寸先は敵の集まりだ。
縁側に一列。襖に一列。そして上座には御簾のかかった暗がりに誰かがいる。
きっとこの会合を取り仕切る頭領と思わしき者だろう。
下座に控える勝呂は傍らに燐を控えさせて頭を下げていた。
表を上げろ、との言葉に顔を上げることを許される。
「勝呂家跡取り、勝呂竜士と申します。本日はお招き頂き誠に有り難うございます。
本来ならここに来るべき家柄ではないことは重々承知しております」
「お前がカルラを率いておることは周知のこと。また下手な謙遜を」
「とんでもございません」
めんどくさい。という言葉が口に出そうになるが我慢だ。
周囲の視線が勝呂に集中していることがわかる。あれが達磨の倅か。
あのカルラを呼べると聞いているぞ。上級を従えられるのか。嘘ではないのか。
勝手なことをひそひそと呟いている。達磨が勝呂をここに来させたくなかったという言葉が頭に響く。
それでも、勝呂は家の名に恥じない振る舞いをしなければならない。
どこの誰かもわからない者が、カルラを見せてみろ。と言ってきた。
周囲もそれに同調して言ってくる。
言われてしまえば仕方ない。
勝呂は指を軽く噛んで出血させると、手のひらに円を描いた。一言呟く。
「来い、カルラ」
途端に薄暗い部屋にまばゆい明かりが出現する。
部屋にあったろうそくに火が灯り、赤い火の粉が舞う。
美しい赤い火の鳥。カルラが舞い降りた。
周囲の者が息を飲んだ声が聞こえる。本当だったのか。と呟く者もいた。
そして、向けられるのは嫉妬の眼差しだ。
「本来ある力を隠して申告していたとは。不敬にも当たるぞ勝呂の倅よ」
「申し訳ありません。カルラは人の疑心等の薄暗い芥を喰らう悪魔です。
契約上、父も祖父も。先祖代々家族にすら言うことはできなかったと聞いております」
「勝呂達磨は不浄王との戦でカルラを解放したな。それでも勝呂家に従っているのは何故だ」
「あの戦いで勝呂家との契約は破棄されました。
しかし父との個人的な契約であの場に残ったと聞いております。
重傷を負った父との契約を引継できるのが、あの場では血の繋がりのある自分だけでした。
ですから今は自分と共にあります。
まだ若輩である故、意のままに操るなどという器用なことはとてもできませんが」
修行は日々行っております。と勝呂は言葉を切った。
カルラは暗闇の中ふよふよと漂っている。
小さな鳥の姿で周囲を見回して、ふ。と小さく笑った。
『ふん、ここには我の糧となる疑念が満ち満ちている。
なんとも笑える会合だ。つまらぬことで私を呼ぶな』
余計なこと言うなや。と思ったが、勝呂は止めなかった。
周囲もカルラの言葉にかちんと来たのか、声を荒げた。
無礼な。勝呂家は落ちぶれておるくせに。生意気な。
そんな口さがない言葉が呟かれていた。
もうよい。という御簾の向こうから声が聞こえてきた。
勝呂はすぐに手のひらの円を消した。カルラは最後まで人を馬鹿にしたように見回して、姿を消した。
ろうそくの灯りもカルラが消えたことで消失する。
暗闇と沈黙が辺りを包み込む。御簾の向こうの人物が扇子で勝呂を指した。
「カルラの件は不問に処す。悪魔との契約上必要なこともあるだろう」
「あ、ありがとうございます!」
勝呂は頭を下げた。よかった。これで当初の任務は達成できた。
周囲はまだ何かを言いたそうにしていたが、頭領が許しているので文句も言えないのだろう。
勝呂はそのまま下がろうとした。
しかし、それはうまくいかなかった。
「して、そなたの後ろに控えている青い悪魔は一体何だ」
意表を突かれた。まさか燐のことについて聞かれるとは。
それでも勝呂は動揺を押し隠して事前に用意していた言葉を告げる。
「皆様に紹介する者でもございません。
私の側にいてくれるだけのしがない使い魔でございます」
「興味がある、近くへ来させよ」
強制的な言葉に従わざるをえなかった。
勝呂は背後を見て、少しだけ頭を下げた。燐も察したのか、立ち上がる。
そのまま部屋の中央まで歩き、立ち止まった。
御簾の向こうで扇子が開かれる音が聞こえると、暗かった部屋にまた明かりが灯った。
部屋に灯りが灯ったことで、今まで勝呂の背後に控えて見えなかった燐の姿が晒された。
青い着物に金の装飾。
目元を覆った面のせいで顔は見えないが、人目を引く姿をしていることは間違いない。
「勝呂の坊ちゃんは若いのに大層な御稚児趣味があると見える」
周囲の誰かが呟いた。途端に笑いが起こる。
綺麗に着飾った人型の使い魔。下種な輩はそういった夜の共に使い魔を使用することもあると言う。
自分のことはいい。だが燐のことを馬鹿にされたことは許せない。
勝呂は違うと怒鳴り散らしてやりたかったが我慢した。
今は一刻も早く燐を連れてこの場を脱出することを考えなければならない。
「ですから、皆様にご紹介する者でもございませんと申したのです。
後ろへ控えさせてもよろしいでしょうか」
燐がじろじろと老人たちの好奇の目に晒されることを阻止したかったのに。
御簾の向こうの御仁はそれを許さない。
「そうだな。そなたはもう良い。下がってよいぞ」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
勝呂は燐を呼ぼうとした。それを止めたのは、入り口付近に控えていた護衛の者だった。
両側を護衛の者に挟まれ、勝呂は冷や汗をかいた。
よくないことが起ころうとしている気がした。
扇子がまた鳴った。
「下がるのはお前だけだ、勝呂の倅よ。なに、一晩か二晩か。期間はわからぬが、
この青色の使い魔の具合を確かめさせてもらうとしよう」
「なッ!?なにをおっしゃっているのですか!!」
抗議しようと膝を上げると、目の前にあった襖を閉められた。
両腕は護衛に捕まり、勝呂は身動きが取れない。
そのまま廊下の方へと連れ出された。
離せと叫んだが、護衛は気の毒そうな視線を向けて呟いた。
「残念だが諦めろ、あの使い魔はもう戻らぬ」
そう言うということは、これまでも何度かあったことなのだろう。
というこはこの会合自体が仕組まれたものであった可能性もある。
当初の狙いはカルラだったのだろう。使える使い魔を持つものは少ない。
だが騒動を起こしてはこれからの家の存続が危ぶまれる。
これまでどれだけの家が使い魔を奪われてきたのだろうか。
腸が煮えくり返った。
老害が、馬鹿にすんなや。手のひらに円を描く。
「来い!カルラ!!」
勝呂の体が赤い炎に包まれる。
自分のものを奪われて、黙っていられるほど大人ではない。
***
勝呂と引き離されて、燐はただ一人部屋に佇んでいた。
周囲は術師達が召還した悪魔に取り囲まれている。
逃がさないという意味だろう。
勝呂などという家にいるよりは余程良い待遇を約束するぞ。と意味のわからないことを言われている。
燐は勝呂に迷惑をかけないようにと大人しくしていたのに。ため息が出てしまう。
視線が一気に燐に集中した。
「貴様、無礼だぞ!」
周囲の術師の誰かが呟いた。自分の使い魔を差し向けようとしている。
燐は視線を御簾の向こうへ集中させた。
少しだけならいいとメフィストにも言われている。
ろうそくの明かりが消えて、一瞬のうちに青い炎へ変わった。
周囲の者がざわつき始める。動揺した術師が使い魔を燐に向けた。
襲いかかってくる悪魔を燐は一睨みで黙らせた。
悪魔は燐の正体を察したのだろう。怯えてその場にうずくまっている。
その様子を見た使い魔達が、次々に燐に頭を垂れた。
部屋を支配する青い光に、従属する悪魔の姿。
それはあの青い夜を引き起こした魔神を彷彿させるには十分な素材だった。
術師達も怯えた目で燐を見ている。
「生憎だが、俺は勝呂の若旦那以外に従う気はない。
勝呂家や若旦那に手を出してみろ、思い知らせてやる」
御簾の向こうに向かってにやりと笑って無礼者が、と呟いた。
***
廊下に出てみると、そこにはこんがりと焼かれた護衛が何人も転がっていた。
見れば勝呂が最後の一人を伸しているところだった。
勝呂の姿を見つけた燐はうれしそうに駆け寄った。
「勝呂!大丈夫だったかー?!」
「奥村!?」
駆け寄ると、勝呂は思いきり燐を抱きしめた。
突然のことだったのでかなり動揺して燐はされるがままだった。
ぺたぺたと触られて、どこも異常がないかと何度も確認されてしまった。
燐は先ほどの出来事を軽く脚色して勝呂に伝えた。
あいつら、もう勝呂の家にも俺にも何もしないって言ってたぞ。と。
それでも勝呂にはお見通しだったらしい。
「脅したんか?」
「割と。台詞はメフィストに考えてもらった!」
「まったく、それで怪我はないんか?」
「平気だって」
「・・・心配さすなや。やっぱり連れてくるんやなかったわ」
「ごめん」
騒動を起こしてしまった自覚はある。
やっぱり来ない方が勝呂のためだっただろうか。
燐は落ち込んだ。どうして自分はトラブルを呼び込んでしまうのだろうか。
勝呂は落ち込む燐の頭を撫でると、そうやない。と照れくさそうに呟いた。
「こんな姿のお前をあいつ等に見られたことがあかんと思ったんや。はよ帰るで」
勝呂は鍵を取り出すと、近くにあった扉に差した。
任務から帰る分に使用するのはかまわないだろう。
そのまま燐の手を引いた。
「一緒に来てくれて、ありがとうな奥村」
照れくさそうな勝呂に燐が恥ずかしそうにうなずいた。
学園に向かって一歩を踏み出せば、隠遁の術が解ける。
制服姿に戻った二人が、笑いあう。
「やっぱりこっちのがいいな」
着物が似合ってかっこいい、若旦那の使い魔も悪くはないけれど。
対等な関係の方が、二人にとってはちょうどいい。
週一でしかパソコンに触れないので、今の内に!
拍手ぱちぱちありがとうございます~。糧になります!
そして修正のご連絡ありがとうございます恥ずかしい(∩ω⊂)
皆様の生暖かい視線にさらされながら生き恥を晒しているサイトです////////
ふと靴箱の中を見れば、手紙が入っていた。
勝呂はまたか。と気を重くする。
先日も女子生徒から告白を受けたのだが、丁重にお断りしたら大泣きされてしまった。
自分の何がまずかったのかと勝呂は自己嫌悪に陥る。
今自分は色恋にかかわずらっている場合ではない。
年に一度の祓魔師認定試験が近づいているのだ。
ここで勉強しておかなければいつ勉強するというのだろうか。
自分には魔神を倒すという野望がある。
一歩でも多く、少しでも早く。
祓魔師になって経験を積まなければ。
だから女の子の一世一代の告白も申し訳ないが断るしかない。
でも、女の子を泣かせたという事実に落ち込むのは普通の男子高校生の反応だ。
勝呂は大人っぽいといってもまだ十五歳。動揺するのも無理はない。
重い気分で手紙を開けた。中身を見て驚いた。
「竜士様
学園生活は如何お過ごしでしょうか。折り入ってお話したいことがございます。
どうぞ理事長室にて詳しいお話をお伺い頂きますようお願いいたします。
元気しとるか? 勝呂達磨」
美しい字で綴られた手紙の相手は、父だった。
「アホか!!なんで息子のげた箱にいれとんねん!」
悩んだ自分が馬鹿みたいではないか。
志摩に見られたらもてる男は考えることがちゃいますなぁとか言ってからかわれるに決まっている。
燐に見つかれば、勝呂ってかっけーな。とかまた訳のわからない憧れを抱かれてしまう。
勝呂は手紙を乱暴にポケットにしまうと、教室に向かった。今は高校の時間だ。
放課後にでも向かうことにしよう。本当に緊急の用事なら、携帯に連絡が来るはずだ。
勝呂はこんな所でもまじめな高校生だった。
***
ノックをして、返事を受けてから扉を開ける。
理事長室は相変わらずファンシーな仕様だった。
いい年した大人。というか悪魔がするようなことだろうか。
思っていても口にはしない。勝呂はメフィストに父からの手紙の件を話した。
「ええ伺っております。京都出張所からの依頼という形で処理させて頂こうかと。
息子である貴方をご指名のようです」
「それで、どんな内容なんでしょうか」
「どうやら貴方のお家に関係あることで、京都での会合に参加して欲しいとのことです」
普通なら達磨自身が行くべきなのだが、今回の会合は勝手が違うらしい。
なんでも京都に席を置く悪魔の使役者が集まる会とのことだ。
勝呂家は数百年の長きに渡って上級悪魔のカルラを使役してきた。
これまではカルラとの契約上、契約悪魔の存在を公にすることはできなかった。
実際に達磨が使役しているところを見なければ息子である勝呂自身も信じてはいなかっただろう。
落ちぶれた貧乏寺の坊主が上級悪魔を使役していた事実は、不浄王との戦いで公にされた。
京都では勝呂家以外にも歴史ある祓魔の家系が五万とある。
宗教的意味を持つ京都ではお互いの顔合わせと、持っている力を見せ合う会合が行われてきた。
それによってお互いの衝突を避けようという意味合いがあったのだ。
力持つものは、その力に溺れて魔の道に魅せられないとも限らない。
歴代、京都では呪殺による血が流れなかったことはない。
現代ではそれを阻止するために、表面上顔合わせの会合という形で交流を計ってきたのだ。
「これまで嘗めていた相手が、自分達よりも上級の悪魔を使役していたという事実。
そのことに京都のやんごとなき方々のプライドはさぞかし傷ついたでしょうね」
「父ではなく、自分が行く理由はなんでしょうか」
そのようなややこしい会合は、これまで達磨が一手に引き受けて来たのだろう。
のらりくらりと父は生きてきたのだとこれまでは思っていたが、
不浄王戦でそれは間違いだと気づいた。自分はずっと守られてきた。それを自覚した。
たぶん、これまでなら勝呂に話を持っていくこともしなかったはずだ。
「簡単です。カルラの使役権はもう貴方に移っているから、
勝呂達磨氏はその会合に参加することができないのですよ」
今までなら達磨が処理していた案件がカルラを継いだことで今度は勝呂に回ってきた。
「どうします?貴方はまだ学生だ。京都出張所内での案件は正十字騎士團の管轄内での出来事。
こちらが手騎士の名代を立てて取り次ぐこともできますよ」
だから勝呂を直接通さずに騎士團に話を持ちかけたのか。と勝呂は納得した。
達磨は本心では勝呂に行って欲しくなかったのだろう。
しかし、由緒ある土地柄の為不参加という道は避けられない。
全く、あの戦いの時といい。つくづく息子に甘い親だ。
それでも、選ぶ道を残してくれた事実には感謝したい。
「いえこれは俺の家の問題です。俺が行きます」
「よろしい、任務の快諾ありがとうございます☆」
勝呂は答えを出した。カルラを継いだ時から家の面倒もなにも全部背負う気でいた。
それが来ただけだ。覚悟を決めていけばいい。
勝呂は会合の時間と場所を確認した。
これは候補生勝呂に与えられた騎士團からの任務という形で行われる。
何かあれば騎士團からの助力も得られるという形である。
勝呂は任務に備えるために部屋に戻ろうとした。
背後からメフィストに声をかけられる。
「お一人で行かせるのも何なのでね。助っ人をつけましょう☆」
メフィストは悪魔の微笑を浮かべて勝呂を見送った。
***
「って言うから誰が来るのかと思えばお前かい奥村ァ!!!」
「え、何で怒ってんの勝呂」
勝呂と燐は会合が行われるという館に向かっていた。山道は険しく、人が通るというより獣道に近い。
鍵を使って助っ人との待ち合わせ場所に向かえばそこにいたのは燐だった。
燐自身、メフィストから任務の話を受けてここに来ただけだ。
なぜ勝呂は怒っているのだろう。メフィストからは勝呂君を助けてあげなさいと言われている。
ならば自分がここに来ることは間違っていないはずである。
「なぁ疲れてるんなら背負ってやろうか?」
「余計なお世話やアホが!」
息切れしている勝呂に燐がよかれと思って声をかけた。
勝呂は余裕がないのか、怒鳴った後も黙ったままだ。
燐はしょんぼりとしたが黙って歩いた。クロを連れてくればよかったなぁと思う。
そのまま黙々と歩いていくと、開けた場所に出た。
旅館のような建物と、それを取り囲む塀。
木で出来た門の前には目元を面で隠した門番がいた。
服は京都での会合というだけあって和服だ。
「勝呂達磨の息子、勝呂竜士や。会合に参加するために来た」
門番に声をかけると、興味深そうな顔をされた。
今までこの会に参加するような立場の家ではなかった為か、侮った視線も感じられる。
通された門の先には魔法陣があった。
そのまま入れということは、害のあるものでもないだろう。
勝呂が足を踏み入れると、一瞬光に包まれた。
見れば、服装が和服になっていた。
ここまでは山道であることもあって動きやすい正十字学園の制服だったのに。
いきなり変わった服装に動揺を隠せない。
極めつけは目元につけられた面だろうか。顔が一目ではわからないようにできている。
「ここは術師の会合。顔と服装が普段のままでは身元や面が割れやすい。
いらぬ者に顔や特徴を覚えられると呪殺の対象となられても文句は言えぬ。
いくら泰平の世となろうとも、人の妬みや嫉妬は買わぬが良いぞ勝呂の坊ちゃん」
カルラを飼っておったと聞いているので、無理な話だとは思うが。と門番は鼻で笑った。
流石腹黒い者達の集まりだ。胸くそ悪い。
しかし勝呂家の代表として来ているのだからここは我慢だ。
着物の生地を見ると、いかにも高そうなものだったが落ち着いた色合いをしている。
勝呂によく似合っており、高校生とは思えない風格を醸し出している。
後ろの方で燐がこちらに入ってこようとした。
勝呂は人間だが燐は悪魔である。もしこの魔法陣が悪魔である燐に変な作用を起こしたとしたら。
勝呂は燐を止めようとしたが、門番がそれよりも先に止める。
「待て、ここから先は付き添い人も立ち入り禁止だ。
以前志摩家の者が来たが、ここで待機して貰っている。
悪いがお前は入れぬぞ」
「俺は付き添いじゃねぇ」
燐は門番に抗議していた。勝呂は燐がここまで来てくれただけでよかった。
というかそもそもなぜ燐がここまでついて来たのかがわからない。
ここは腹黒い大人が策略を巡らせる場所。
何かあってはいけないので、早く学園に帰って貰いたかった。
「俺は勝呂の若旦那の使い魔だ。使い魔なら入れるって聞いたぞ」
「成る程、貴様悪魔か」
門番が道を開けた。が、聞こえてきた言葉が信じられない。
誰がいつお前を使い魔にした。それに若旦那って何だ。
恥ずかしい。そんなこと聞いていない。
勝呂が反論する前に燐が陣の中に足を踏み入れた。
勝呂と同じく光に包まれると、制服から和服へと変わっていた。
門番と勝呂は目を開いた。
一言で言えば、豪華絢爛。と言ったらいいだろうか。
青い着物に、オレンジや赤様々な色を使った装飾が施されている。
見たことのない生地だが、それがよく似合っていた。
足下はブーツなので、完全な和装というよりモダンな雰囲気だ。
「おー、かっけー!」
「似合っとるけど派手やなぁ」
きちんと面もつけている。ここまで派手だと誰も奥村燐だとは気づかないだろう。
身元を隠すという意味では成功している。
燐も足を踏み入れてしまった。今更帰れとも言えない雰囲気だ。
しかし、若旦那といい使い魔といい二人っきりで問いたださなければならないことが山積みだ。
勝呂は行くで、と声をかけた。使い魔よろしく燐もうれしそうに後をついていく。
門番は二人の去った後を見つめていた。
「この陣は、持っている者の力に呼応して隠遁の術をかける。
勝呂の坊ちゃんはカルラを使役しているだけあって流石、あの年で見事な衣装に身を包んでいた。
しかし、使い魔の青い着物・・・」
あんな華美な装飾見たことがない。
歴代、土地神を連れて来た者でさえあんなことにはならなかった。
勝呂家はどうやってあの使い魔を手に入れたのだろう。
嫉妬や妬みは買わぬが良いと忠告しておいたが、あれではきっと無理だろう。
あの使い魔は目立ち過ぎる。
どこぞの術師に奪われねばいいがな。
そう思うが肝心の彼らはとっくの昔に座敷へと消えていった。
それをどうにかするのも当主としての腕の見せ所。
門番は見て見ぬふりをした。