青祓のネタ庫
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燐は脱衣所の扉を乱暴に開けると、洗面台の前で顔を勢いよく洗い出した。
コップがそばにあるというのに、水流を手で掬うと何度も何度も口を濯いでいる。
しばらくそれを繰り返すと、燐は鏡の前でうなだれた。
暗闇の中でも、自分の悪魔の瞳はしっかりと機能しているようだ。
酷い顔をしている自覚はある。
燐はもう一度水で顔を洗った。洗っても洗っても、まだ感触が残っているようで気持ち悪い。
廊下の方から物音が聞こえる。燐は急いで顔をタオルで拭った。
この寮には雪男と燐しかいない。きっと雪男が任務から帰ってきたのだろう。
自分の異変を弟に悟られたくはなかった。
燐は努めて明るい表情で、自分から廊下に出た。
そこにはちょうど、祓魔師のコートを手に持って脱衣所に入ろうとする雪男がいた。
任務の内容にもよるが、祓魔師のコートはとても汚れやすい。
悪魔の討伐に成功したとしても、硝煙の臭いや砂埃の汚れはどうしたって生じるものだ。
雪男は換えのコートも持っているので、できるだけ洗える時にコートを洗うようにしている。
寮の脱衣所には、洗濯機が設置されているので、いつものように先に洗おうと考えていたのだろう。
雪男は燐の顔を見るなり、帰ってたんだね。と声をかけた。
「兄さんも任務だったんだよね、
今回はバチカンからの依頼だって聞いてたから心配してたんだ。無事でよかった・・・」
雪男はそこまで言って、言葉を切った。何かに気づいたようだった。
燐は雪男の次の言葉を待たずに、その場から逃げ出そうとした。
今日は何食べたい、と誤魔化すような言葉と共に。
雪男は逃げようとする燐の腕を掴んだ。
祓魔塾を卒業して数年、燐も今や立派な祓魔師として働いている。
任務の際に傷を負ったり、時に同じ仲間であるはずの祓魔師から中傷を受けたりすることも少なくない。
燐は今、傷ついた表情を雪男に悟られまいと隠そうとした。
一体何年一緒にいたと思っているのだ。それを見逃したり、許したりする雪男ではない。
燐もそれに気づいているからこそ、逃げだそうとしたのだろう。
雪男は掴んだ燐の腕を引っ張ると、扉を閉めた。
脱衣所の中は静かだ。暗闇の中では雪男の目は働かない。
手探りで電気をつけて、腕の中に閉じこめた燐の姿を確認した。
燐は、高校の時から成長を止めてしまっている。
人として成長しつづける雪男とは明確な差ができてしまっていた。
それにも増して、兄が一回り小さくなってしまったような気がして。
雪男は優しく腕の中の兄に声をかけた。
「なにかあったの?僕でよければ聞くよ」
そういっておきながら、話すまで逃がす気はないのだけれど。
燐はしばらくそのまま顔を逸らしていた。
けれど、沈黙に耐えかねたのか離せよ、と口を開く。
「兄さんが話したら離す」
「お前が離したら話すから、離せ」
しばらくそうしていたけれど雪男は兄の態度に根負けして腕を離す。
どうやら、逃げる気はないようだ。
ここで逃げ出すようなら、ちょうど腰に獲物を下げているのでそれで兄の足を打ち抜くことも考えていた。
雪男は成長してから、燐の扱いがかなり雑になっていた。
もちろん、自分の腕を信じているしかすり傷だけですます自信もあってのことだ。
一回別の件で逃げだそうとした兄の足を容赦なく撃った時の顔が忘れられない。
驚愕とどん引きの狭間で揺れ動く兄の姿はたまらなかった。
現在の雪男は密かにサディストとしての一面も花開かせている。
燐はぼそぼそと小声ながら、事の詳細を話し始めた。
「バチカンの任務ってことで、アーサーが来てたんだ。
あいつ俺と仲悪いから、今回もかなり大変でさ」
「そうだったんだ、怪我させられたりしなかった?」
「別にそれは大丈夫だったんだけど・・・」
「何、嫌がらせでもされたの?」
「・・・うーん、そうとも言えるような」
「まだるっこしいなぁ、何があったのさ」
過去、悪魔の―――もちろん燐のことだが、
足や腕をばっさりと切っても再生するのか試そうとした前科があるエンジェルだ。
もし兄をプラナリアのように扱おうとするようならば、人権委員会に訴えてやるつもりだった。
なんなら、パワハラで裁判沙汰でも起こしてやろうかというくらいだ。
法外な慰謝料と共に聖騎士の座から追放してやる。
職を奪ってしまえばあの年齢の男だ。ホストかヒモくらいしか就職先はないだろう。
それくらいの心意気は常に雪男の中にある。
「あ、アーサーに・・・キスされたんだ」
燐は手のひらで何度も自分の唇を触っている。
いやな感触が残っているのかもしれない。
へぇ、キスか。これは裁判のネタとしてはもってこいかな。
セクハラも追加で雪男の頭の中にインプットされた。
雪男は証拠写真か何かないの、と極めて冷静に燐に返す。
燐は雪男の言葉を聞いて信じられないといった反応をした。
「俺が嘘ついてるっていうのかよ!」
「ごめん、そういうのじゃなくて。後々の卿を追放するための材料をだね・・・」
「追放なら、今して欲しいくらいだ!
あいつ、いけしゃあしゃあと、おおお俺の、ファーストキスを!!!」
「え、兄さん初めてだったの嘘だろ」
今度は雪男が驚愕した。
高校を卒業して結構年数が経っている、にも関わらず兄には浮いた話のひとつもなかった。
けれど、キスもまだだったとか驚きだ。
男に唇を奪われたことも驚くが、そっちの方にも驚きが隠せない。
流石に魔神の落胤が次世代を残す行為である性行為をしようものなら全力で雪男も騎士団も止めるけど。
妊娠しないのならばキスくらいいくらしようが構わないだろうに。
雪男に経験のことでも馬鹿にされたと思ったのか、傷ついた燐は更に雪男の言葉に傷ついた。
言葉の暴力はすさまじい。ドメスティックバイオレンスにも匹敵するだろう。
とうとう燐は目に涙を浮かべて、今にもこぼれ落ちそうになっている。
あと少し地雷を踏めば確実に泣くだろう。
雪男もこれにはぎょっとした。兄が泣くかもしれない。
それはそれでいいけど、今はよくない。
しまった、これは色々と対処を間違えてしまったかもしれない。
燐は本当に、滅多なことでは泣いたりしない。雪男の前では尚更だ。
雪男は滅多に見ない兄の姿におろおろとしながら、フォローに回る。
「兄さん、海外の人は挨拶でキスしたりすることもあるんだ。
そう深く考えることじゃないから、ね?あの人はきっと頭が兄さんみたく空っぽだから、
考えなしにそういうことをしたんだよきっと」
「だ、だって、あいつ俺のこと面倒だからいっそ使い魔にしたいとか何とかいって。
それで参謀のライトニングって奴がおもしろ半分に、
悪魔を従わせるにはディープなキスが一番だとか言い出して。
あいつそれを真に受けて、一瞬で俺の腰を引き寄せて・・・」
決め台詞は、喜べお前は物みたく扱ってやろう、だったらしい。
物扱いされて喜ぶ輩がいったいどこにいるというのだろうか。
ちなみにキス自体は、海外仕様のかなり激しいものだったらしい。
流石は黙っていればイケメンのアーサーだ。
過去の女性遍歴は華々しいものだったろう。
ライトニングは冗談を間に受けて本気で燐に口づけたアーサーを見て爆笑し、
そのまま呼吸困難に陥って任務遂行が不可能になったそうだ。
現在も人工呼吸器をつけている状態らしいので、正に腹筋が崩壊したといっても過言ではない。
雪男は慰謝料は億はもらえるなと踏んでから、傷つく燐にそっと手を差し伸べた。
「辛かったんだね兄さん、酷いこと言ってごめんよ」
内心では雪男も笑いそうになっていたが、黙っていた。
男からのキスと聞くと、実兄でありながらも
事実当事者ではない雪男にとっては罰ゲームにしか聞こえない。
そしてなぜ雪男がここまで冷静かというと、理由があった。
(兄さんのファーストキスって、実は五歳の頃に僕が奪っちゃってるんだけどね・・・)
もちろんキスとは何かを全てわかった上で五歳の雪男はやっていた。
それに直近でいうと昨日寝ている燐の体にのし掛かって三回くらいしている。
それ以上のことも寝ている燐に幾度となく行っていた。
これまでバレるような隙も痕跡も一切見せていないので、
燐は本気でファーストキスを奪われたと思いこんでいるのだ。
なんだろう、この気持ち。
処女みたいな反応されると、逆に動揺する。
雪男は兄に対して好意を抱いていながらその実、やっている行為は外道そのものであった。
燐は雪男に背中をさすられて、一応の落ち着きを取り戻しつつある。
大丈夫だって、事故だと思って忘れるといいよ。
もしくは罰ゲームくらいの軽い気持ちでいる方がいいさ。
男とキスした人なんていくらだっているって。
そんな言葉を適当に並べた。事実燐の目の前にいる雪男だって燐という男にキスしているし。
僕は兄さんの知らない兄さんの姿をたくさん知ってるから。
「処女ぶらなくても大丈夫だよ」
「は?」
おっとこれは失言だ。雪男は鍵だって気がついたら無くすものだし。あ、でも鍵だと鍵穴に挿し込むね。
だめだね、と意味のわからない言葉を並べて誤魔化した。
燐を誤魔化すには、頭をパンクさせるのが一番であると雪男は知っていた。
燐は先ほどから何度も唇を触っている。
やはり違和感が拭えないらしい。
「口濯いでも気持ち悪さがぬけねぇ。どうしたらいいかな」
つき合っているもの同士ならば、じゃあ僕が消毒してあげるよとか言ってワンラウンド持っていくのだけれど。
あいにくやることやっているが雪男と燐はつき合ってなどいない。そうなれば。
「イソジンいる?」
手っとり早い、消毒である。
雪男は今晩の算段を立てながら答えた。たぶん、まだばれない。
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