青祓のネタ庫
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扉に下げている札をCLOSEに変えて、ようやく一息入れることができる。
店の中はまだ机の上に食器が散乱しているが、
お客は今しがた帰したところなのでやることといえば後片づけだけだ。
燐はカウンター席に座って、水を飲んだ。
ひと仕事終えてから飲む水はうまい。本来ならお酒の一杯でも引っかけたいところだが、
まだ仕事が残っているので酒を入れることはできない。終わったら存分に飲もう。
今日はパーティの予約が入っていたので、たらふく用意しておいたおつまみも少しくらいは冷蔵庫に残っている。
今日の晩ご飯はそれにして、さっさと寝よう。
燐は水を飲んで、ふうとため息をもらす。
毎日毎日悪魔と戦って血を流していた頃に比べたら随分と落ち着いた日常を送っているものだ、と思う。
もちろん祓魔師としての活動をしていないわけではない。
明日は依頼のあった場所へと向かい悪魔絡みの案件かどうかを確かめるための作業が入っている。
店と祓魔師の二足の草鞋は今のところ軌道に乗っている。
ただ、祓魔師の方は昔は与えられた任務を行っていけばいいだけだったが、
まずは悪魔が本当に関わっているかの調査から入らなければならないことが大変だ。
騎士團は人手不足とはいえ多くの人材を抱えているので調査、派遣、討伐までをチームで分けて行うことができる。
自営業の辛いところはそれを全て自分一人で行わなければならないことだ。
燐は疲れた肩を回した。ごり、という堅い音が響く。
悪魔としての体力はこういうときにはありがたい。
普通の人間ならばとっくに根をあげているところを耐えられるのだから。
夢を追うのは大変だ。燐の名前はフリーの祓魔師として徐々に認知されてきている。
騎士團の方には雪男からうまく説明がいっているのだろう。目立った衝突は特にない。
燐は頭の中で今後の予定を組み立てると、行動に移すために立ち上がった。
最近の唯一の楽しみは寝ることだ。睡眠時間を確保するためにも少しでも早く片づけを終わらせよう。
燐が食器をまとめていると、ドアから来客を告げるベルが鳴った。
「すみません、今日はもう閉店・・・」
言おうとして、口が止まる。
そこには祓魔師の制服を着た男。奥村雪男が立っていた。
見れば所々返り血を浴びた痕跡があるので、任務の帰りに立ち寄ったと見るべきか。
燐は雪男に声をかける。
「人手が来た。手伝え」
「この格好見て即座に出た言葉がそれ?心配はしないんだ」
「お前のことだからどうぜ全部返り血だろ、ほら俺は暇じゃねーんだ。そこのテーブルから片づけろ」
「手汚いけど」
「先に洗え、消毒すんの忘れんなよ」
雪男は慣れたように厨房の奥へと向かった。
あの兄弟喧嘩から半年が経っている。
毎日でも来たかったのだが、雪男も聖騎士としての仕事が忙しい。
来れても月に一回のペースがやっとだ。
それでも会えなかったころに比べればましなので、その一回を大切にしようと雪男は心がけている。
一ヶ月も会えなければお互いに話題も溜まってくるので、丁度いい発散の場にもなっていた。
仕事を手伝うのも、流れとしてはもう当たり前になっている。
食器を片づけ終わると、燐は洗い物をして雪男はテーブルを拭く係だ。
食器は店の備品なので一枚たりとも無駄にできないので、その点は燐が責任を持って洗っている。
雪男としては割った皿の弁償と称して何か贈り物をしたいとも考えているのだが、
その辺りでのすれ違いはもう当たり前になっている。
しばらく無言で作業をしていると、片づけはスムーズに終わらせることができた。
雪男がふきんをカウンターに戻すと、奥から燐が紙コップと紙皿を持って現れた。
「有り合わせで悪いけど、食えよ」
「ありがとう」
燐は賃金を払わない代わりに、食事でもてなしてくれる。
雪男としてもそれが目当てでやってきているので、ギブアンドテイクだ。
そしてそれは二人がゆっくり話をすることができる唯一の時間だった。
「食器洗うの面倒だから使い捨てだけど」
「いいよ、気にしない」
「ビール飲むか?それとも別の?」
「ビールにする」
燐がビールを紙コップに注いで、二人で小さな乾杯をした。
疲れた体に染み渡る味だった。
一息でそれを飲み干すと、思わず声が漏れた。
「あ~この一杯の為に生きてる」
「爺が言ってたこと、俺らも言うようになったんだな」
「年とったしね、兄さんは変わらずの十代だけど」
「やめろ、そのせいで馴染みの警官ができるまで結構大変だったんだぞ」
「あ、やっぱり?その外見と年齢の差は怪しいよね。
未成年が店主のバーっていかがわしいお店しか浮かばない」
「至って健全な運営をしてるのにな、世間の目は厳しいぜ」
軽口をたたけるようになったのも、いい傾向だと思う。
昔はお互いの欠点を見つけては罵りあっていたような気がする。
それはおそらく余裕がなかったことも原因の一つだろう。
大人になってよかったことは、諦めることができるようになったことだと思う。
「兄さん、気になってたんだけど。倶利伽羅って今どこにあるの」
雪男はなんとはなしに質問した。
あの喧嘩の時にも出さなかったということは、どこかに封印してあるのか。
それともシュラの様に体のどこかにしまっているのだろうか。
いずれにしても、兄の命ともいえる心臓が宿っているので弟としてその所在は気になるところだ。
燐はおつまみを口にしながらさらっと言った。
「ああ、あれ売ったんだ」
「へーそうなんだ」
「結構いい値段になったから助かったわ」
「―――え?」
聞き流していたからわからなかったが、雪男は兄の言葉を頭の中で反芻した。
売った、と言わなかっただろうか。この人は。
「売ったって・・・あれ兄さんの悪魔の心臓が入ってるよね?
なにそれ、兄さん心臓体に戻したの?」
「そんな器用なことできるわけねーだろ。諦めてそのまま売った。
その時資金難で困っててさ。売った金は店の資金にすることができたんだ。
いや~助かった。文字通りこの店は俺の命でできてるわけだ」
そういわばそんなことを言っていたような気がする。
酒が入ってきて饒舌になっているが、内容は笑えない。
あれ、勝呂家から譲り受けた大切な剣だよね。
しかも相当昔に作られた魔剣だから製造方法も今や歴史の彼方だ。
国宝にも指定されるべき文化財としての側面も持つので、そりゃあいい値で売れただろう。
問題はそこではない。
「兄さんは!自分の心臓を売ったのか!!」
「端から聞いたら臓器売買みたいに聞こえるな」
「その例え強ち間違ってないからね!?自分がどれだけ危険なことしたかわかってるの!??」
雪男は拳をカウンターにぶつける。
どんという荒い音が店に響くが燐は酔っぱらっているのでどこ吹く風だ。
折れたりしない限り大丈夫だろ、と燐は気軽に笑っている。
反対に雪男の顔はどんどん青くなっていった。
なにそれなにそれ聞いてない。
どういう神経していたら自分の命を他人に売れるんだ。
馬鹿だと思っていたがここまで馬鹿だとは思わなかった。
文字通りこの店は燐の命で出来ているのかと思うとぞっとする。
雪男は燐に掴みかかった。
「兄さん誰に売ったの!?僕が買い戻すから教えて!!」
「え~、でもそうすると形式的に俺がお前に借金してるみてぇになるじゃん」
「そんなことどうでもいいだろ!」
「どうでもいいとはなんだてめぇ!俺だって弟に借金とか兄貴としての
威厳ってもんがな!」
「兄さんの命が金で買えるなら僕は喜んで出すね!」
「そういう怖い事さらっというなよ!」
酒のおかげでヒートアップしていく二人を止めるものはいなかった。
しかし、ここで引っかかるのは燐が絶対に大丈夫だと落ち着いていることだった。
見ず知らずの誰かの手に渡っていたら、いくらなんでも取り乱すだろう。
そう考えると、兄の知っている誰かの手に渡ったと考えた方が現実的だ。
雪男は頭の中で候補者を絞り込んだ。
兄が信用していて、お金をある程度持っている。
となると交友関係は絞られる。
雪男はため息をついた。
「兄さん、勝呂君のお家に借金したんだね」
「・・・」
「無言は肯定と取るよ」
メフィストの名前も頭に浮かんだが、燐はメフィストのことを全面的に信用しているわけではないので
除外した。手に入れた燐の心臓であれやこれやを行っていてもおかしくない。
それに悪魔の契約にはリスクを伴うので滅多なことでは取引をしない方が賢明だ。
倶梨伽羅は元々勝呂家の持ち物である。
それを元の場所に返したと考えれば自然だろう。
嘘は許さないよ。
雪男にじっと見つめられて、燐は観念したように話し始めた。
「祓魔師としての稼ぎで賄ってた面もあったんだけど、どうしても足りない金ってのが
やっぱりあってな。俺が金が無くて困っていた時にさ、勝呂に相談したんだ。
計画性が無いって怒られたけど倶梨伽羅を渡すことで俺の覚悟をわかってもらおうと思って。
最終的には俺の事信用してくれた。
金は少しずつだけど返していってるから、お前が心配することは何もねーよ」
現在燐は店とフリーの祓魔師としての収入があるので、安定はしている。
勝呂の家にも迷惑はかけないように心がけているし、返済の予定もきっちりとできている。
「僕には言ってくれなかったんだね」
「お前には言わないな。これからも」
「ねぇ僕が勝呂君から買い戻すのはルール違反になる?」
「なるな、そもそも勝呂が売らねぇと思うけど」
友達同士の結びつきに嫉妬してしまう。
けれど当時は連絡が取れる間柄でもなかったのでそれは仕様がないことだろう。
「でもどうやって勝呂君と連絡取ったの?監視役の悪魔がいたんじゃないの」
「ああ、やり口としては強引だったんだけど、カルラに伝書鳩をしてもらってだな・・・。
アイツなら攻撃力あるから、何かあった時にも対処できるしこっそりと勝呂に手紙渡して貰うこともできるし」
「よくやるよ」
「俺もカルラに散々怒られたから、今は魍魎使ったりしてるぞ」
「え?使い魔ってこと?」
「そうだけど・・・言ってなかったけ」
またもや二人のすれ違いが発覚した。
魍魎といえば、腐の王アスタロトの眷属だ。
つまり兄はアスタロトとの繋がりを絶っていないのだ。
あれも諦めの悪い悪魔なので、またどこかから沸いてくるのだろう。
全く、ちょろちょろとうっとおしい。
雪男は深い深いため息をついた。兄はいつまでたっても人を心配させる天才である。
アスタロトに騙されて虚無界に連れていかれる可能性とかは考えないのだろうか。
そもそも、倶梨伽羅無しでは通用しない上級悪魔に出くわした時の危険性についても
兄はまるで考えていないように思える。
自分の身を心配しろとあれだけ口を酸っぱくして言ったというのに。
「ねぇ兄さん、倶梨伽羅使わなきゃ勝てない相手が来たらどうするのさ」
「間に合いそうだったら倶梨伽羅取りに行くけどな」
「間に合わなかったらの場合だよ」
雪男はビールを一気に飲み干した。
もう何杯目か覚えてもいない。
ぐるぐると廻る頭は腹立たしさでいっぱいだ。
兄さんはいつまでたっても変わらない。
僕のことなんてどうでもいいんだろ。
とまるで子供のようなことばかりを考えてしまう。
そんな雪男を見ながら、燐はぽつりとつぶやいた。
「その時はお前呼ぶから何とかなるだろ」
フリーの祓魔師が騎士團の頂点である聖騎士を呼ぶことはできないけれど、
弟としての立場で呼ぶ分には問題はないだろう。
燐は屁理屈を言って雪男のコップにビールを注ぐ。
雪男は呆然とした顔をしている。
燐は当たり前だろ、といった表情だ。
雪男は機嫌が一気によくなる自分を自覚して、自己嫌悪に陥ってしまう。
兄さんに頼られることが、こんなにうれしいだなんて。
なんだかやられっぱなしで悔しい。雪男は言い返す。
「それじゃ、兄さんの命は僕が預かっているって考えていいよね」
雪男は燐のコップにビールを注いだ。
燐はいってろ、と雪男に言い返してそのビールを飲み干した。
お互いに顔が赤くなっているのは、きっと酔いのせいだけじゃないはずだ。
僕たちは、別々の場所で生きている。
けれど、共に生きている。
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