青祓のネタ庫
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魔障がなくなるなんてことは、前代未聞だ。
魔障は、一度受ければ一生消えないことで知られている。
そのせいで祓魔師にならざるをえない人生を背負わされたものは大勢居る。
魔障はそれだけ人の人生に関わるのだ。
魔障が消えることはない。それが今までの通例だったはずなのに。
雪男は生まれた時に燐によって魔障を受け、生まれた時から悪魔が見えていた。
それがこの瞬間に無くなるなんてことは、想像したこともなかった。
今、雪男の世界は見たこともない景色で埋め尽くされていた。
影もなく、陰鬱な化け物も存在しない世界。これが普通の人が見ている景色なのか。
雪男は感心したと同時に恐ろしくなった。
一般人は悪魔がいることを知らないが、雪男はすでに悪魔がいることを知っている。
どの物陰に潜んでいて、どんな物に取り憑いているかを、見ることができないのだ。
敵がいることに気づけないのは恐ろしいことだ。
そして何より、この視界に唯一の家族の兄の姿は映らなくなってしまった。
「雪男、これは見えるか?」
神父は目の前に透明な小瓶を置いた。たしかこれには魍魎のサンプルが入っていたはずだ。
でもその姿は雪男には視認することができない。透明な小瓶に見えるだけだった。
雪男は素直に首を横に振った。神父はそうか、とつぶやいた。
その声は疲れたような声色だった。僕は神父を失望させてしまっただろうか。
兄を守るために祓魔師になったのに、兄を狙う悪魔を見ることができないなんて。雪男は掌を握りしめる。
神父はしばらく考えて、背後に向かって話しかけた。
「いるんだろ、メフィスト」
「流石気づいていましたね藤本」
ぽん、というピンク色の煙と共にメフィストが出現する。
ここは修道院にある神父の部屋だ。そこに集ったのは神父と、雪男と、悪魔であるメフィストの三人。
雪男は驚いた。メフィストの姿は確かに見ることができたからだ。
「その様子だと、メフィストのことは見えるみたいだな」
メフィストが歩いてこちらに来る様子を雪男は視線で追うことができた。
見えなくていいものが見えるというのは、この世の中よくあることである。
なんで、兄さんが見えなくてこの人が見えるんだ。雪男の視線は不満に満ちていた。
「これはこれはおもしろい事態になっていますねぇ☆」
メフィストは雪男の姿をじろじろと見た。別に外見の何かが変わったわけではない。
雪男の見る世界が変わっただけだ。
「私の姿が見えるのは物質界の人間の体に憑依しているからでしょうね」
「じゃあ何で燐の姿は見えないんだ?」
「燐君の場合は特別です。悪魔として体を持ってこちらに存在しているなんて彼くらいですよ。
悪魔という存在が見えなくなっているなら、見えなくなったとしてもおかしくはないでしょう」
「そもそも、魔障が無くなるなんてことがあるのか」
「さぁ人知を越えた力が働いたならどうだか」
「おいふざけるなよ」
「原因は思い当たりませんか」
メフィストは雪男に問いかけた。雪男は夢を見た。夢の中で燐は消えていった。
その晩につぶやいた言葉があった。
でもそれが原因で魔障が無くなるなんてことはあり得ないだろう。雪男は首を振った。
メフィストはやれやれとつぶやいた。そして持っていたファンシーな傘の先を雪男に向ける。
「貴方には休職してもらいましょう☆」
雪男はぽかんとした。休職。なんの話。一瞬止まるが思い当たった。
祓魔師としての仕事や任務が無くなるということだ。雪男は信じられない提案に反論する。
「何故ですか!?」
「悪魔が見えないのなら、祓魔師をする意味もないでしょう」
「でも、僕には・・・」
「雪男」
神父が声をかける。荒ぶっていた心を静めるように諭すように呼びかけられた。
雪男は神父の目を見た。静かな瞳をしていた。
「祓魔師は休職しろ。お前は中学生だ。この時期に勉強やもっと他のことをやるといい」
「神父さんまでそんなこと言うの」
祓魔師としてこれまで頑張ってきたことが否定されたような気がした。
神父は雪男の気持ちを知ってか、そうじゃない。とつぶやいた。
「悪魔が見えないなら、普通の道を選ぶことだってできるだろう」
「兄さんはどうするのさ」
「まぁ俺が頑張れば済むことだろ」
「私もいますし、大丈夫でしょう」
大人二人は勝手に話を進めていった。雪男は疎外感を覚える。
少し前まではその話に自分も混ざっていたと思うと、無力感に苛まれた。
悪魔が見えない。大切な兄の姿も見えない。
ならば、自分にできることは何もないのだ。それを思い知らされた。
雪男は目の前にある小瓶の蓋を開けて、その中に指を突っ込んだ。
しばらくしていると、ちくりと指の先が何かに噛みつかれた感触が。
雪男の様子に気づいた神父は急いで小瓶を奪い取った
「馬鹿!何してんだ!」
「魍魎くらいならなんてことないよ」
「そうじゃなくて、せっかく悪魔が見えなくなったなら何も進んで怪我することは・・・」
雪男は神父の言葉を聞かず、周囲をきょろきょろと見回した。
悪魔の姿は見えなかった。雪男はため息をついた。どうしてだ。
新たに魔障を負ったはずなのに見えないなんて。
雪男は自分の目をこすった。それでも世界は変わらなかった。
「しばらく祓魔と関係ない世界で生きてみてください。
自ずと見えてくるものもあるでしょう」
「・・・はい」
雪男は諦めるしかなかった。でも、兄の姿だけが見えなくなったなんてどう説明すればいいんだろう。
それがとても辛かった。雪男の脳裏には夢で見た悲しそうな燐の顔しか浮かんでこない。
「説明は俺が上手くするよ。心配すんな」
「・・・うん」
返事はしたが、納得はできない。
これから兄が家出したら雪男は見つけることができない。
喧嘩して怪我をして帰ってきても、その怪我を手当することもできない。
もしかしたら、話すことだって今まで以上に減るかもしれない。
自分のことが見えない相手に、進んで関わろうとはしないだろう。
兄は学校でも、いつでも一人だった。
雪男はその隣に立てる唯一の存在であることに、不思議な満足感を得ていた。
これからはそうじゃない。
兄はひとりだ。
そんな兄を放っておけと言われて納得できるはずもない。
人は無いものねだりだ。自分には無いものを常に求めてしまう。
小さな頃、雪男は願った。悪魔の見えない世界が欲しいと。
でもその願いが叶った世界は、とてつもなく寂しいものになっていた。
今更、普通に生きろと言われても。雪男にはどうしたらいいのかまるでわからなかった。
***
「雪男いるか?」
兄の声が聞こえてきて、雪男は内心動揺していた。
なぜなら、扉の開いた向こうには誰もいなかったからだ。
声だけが兄がそこにいることを教えてくれる。
「ご飯できたの」
「うん、早く来いよ」
雪男は慎重に扉の方へ向かった。見えない燐にぶつかってはいけないと思ったからだ。
燐はそんな雪男の思いをあっさりと打ち破る。
「こっちだよ。お前体調が悪いのが目にきたってジジイから聞いたけど。大変だな。俺のこと見えないんだろ」
「う、うん・・・ごめんね」
「いいよ別に。体調悪いんなら、甘えとけ」
そのまま透明な腕に引っ張られてリビングに着いた。
ご飯を食べるとき、燐がいる場所だけ箸がふわふわと浮いているように見えているので、そこにいることを教えてくれる。
燐は神父からの説明を信じているので、今のところ何の問題もなく過ごせている。
この時ばかりは馬鹿、いや素直な燐の頭に安心した。
燐は相変わらず学校にはあまり顔を出さないし、二人はすれ違う日が多かった。
ただ、燐がいなくなっても雪男は探すことができなかったから、ますます二人の距離は空いていく一方だった。
祓魔師としての任務で家を空けることが少なくなった雪男には、それが苦痛にも感じられた。
***
ある夜、雪男は勉強をしていた。すると部屋の窓が開いて少しの物音が聞こえてくる。
一瞬悪魔かとも思ったけれど教会に足を踏み入れる悪魔などいない。
足音は静かに部屋の床を叩いた。
「兄さん?」
雪男は話しかけた。雪男が見えないということを知っている燐は、雪男が話しかけたり呼びかければすぐに答えてくれた。
今日はしばらく間が空いた。どうしたのだろうか。
「兄さん、調子でも悪いの」
「・・・平気だよ」
部屋の隅に腰掛けたようだ。雪男は勉強机から離れて音がした方向へ向かって歩く。
しゃがみこんだ。雪男の視界には壁しかなかった。声だけがそこに燐がいることを教えてくれる。
「夜遅くまでどこ行ってたの。神父さん達心配してたよ」
「探してた?」
「うん、外に行ってる。携帯に連絡するからね」
「そっか・・・」
燐は黙ってはしゃべってを繰り返した。
兄は今どんな顔をしているのだろう。雪男にはわからなかった。
「お前さ、高校受験するんだよな」
「うん。兄さんは就活どう」
「うまく、いかねーな。なんか・・・いろいろ」
「そっか」
「雪男はさ、俺みたいにはなるなよ。普通に生きろよ」
「何言ってんの。兄さんは普通だよ。高校行かずに働こうとしている人なんていくらだっているんだからね」
それっきり、燐は黙った。寝てしまったのだろうか。
雪男は手探りで燐の位置を探したが、わからなかった。
見えなければベッドに運ぶこともできない。仕方なく、神父の携帯に連絡を取った。
祓魔師になった時に連絡用にと買ってもらったものだ。
寝ている燐に見つかることはないだろうが、部屋の外で電話をかける。
燐が教会に戻っていることに安堵した神父は、帰ってきたら説教だ。と言って電話を切った。
雪男の代わりに探しに出てくれたのは長友だった。
近場だったらしく、すぐに戻る。と言って電話は切れた。
本当は燐を探すのは雪男の役目だったのに。
雪男は一抹の寂しさを抱えながらも、燐が無事に戻ったことに安心していた。
もしも悪魔に遭遇していたらと思うと、怖くて眠ることができない。
以前の雪男なら燐に忠告できたかもしれないが、今の雪男にそれはできないから。
程なくして、神父が帰ってきた声がした。雪男は神父を出迎えるため、玄関に向かった。
見えやすいように、廊下の明かりをつける。
「神父さん、おかえり」
「雪男ただいま―――ッ!?」
神父の顔が青ざめる。どうしたのだろうか。
まさか、教会の中に悪魔が入り込んだのだろうか。
神父は靴を履いたまま廊下を歩いて、雪男の肩を掴んだ。
「お前、怪我は!?」
「怪我?そんなのしてないけど、何を言ってるの?」
雪男は首を傾げる。神父は信じられないという風につぶやいた。
「じゃあどうしてお前はそんなに血塗れなんだ」
神父が指摘した通り、雪男は全身血塗れだった。
血なんて、どこについてるの。と頬を触っている姿がむしろ恐ろしい。
神父はその血と、雪男が見えていないという事実に嫌な予感が隠せない。
雪男もその考えに至ったようだ。二人は急いで部屋の扉を開けた。雪男が先ほどまでいた部屋だ。
入った瞬間に、神父は血相を抱えて部屋の隅に向かって叫んでいた。
そこは、兄が。燐がいた場所だ。
何が起きているのか。雪男は悟った。
兄は怪我をしていたのだ。それも大量に出血する程の。
雪男にはそれが見えていなかった。
知らないまま、話しかけていた。
兄が出血多量で気を失っているのを、寝ているのだと思いこんでいた。
見えなかった。
何も見えていなかったからだ。
燐は駆けつけた救急車で病院に搬送された。
夜通しで行われた手術でなんとか一命は取り留めたが、明け方になっても意識は戻らなかった。
病室には入ることができなかったが、ガラス越しに見ることだけは許された。
神父と雪男はそのガラス越しにベッドに横たわる燐を見ていた。
雪男の視界には、白いベッドしか見えなかった。
「燐・・・」
神父が痛々しそうにつぶやいた。雪男は設置されている医療機器の数字を見て、燐の状態を確認する。
決して楽観できる数値ではなかった。
雪男は隣にいる神父に話しかけた。
「ねぇ神父さん。兄さんはどんな顔をしているの」
「雪男・・・」
見えないとつぶやく雪男の姿はいっそ横たわる燐よりも痛々しかった。
雪男は見えなくなった原因が思い当たるかと言われた時に言えなかった事実を神父に話した。
「見えなくなる前日にね。夢を見たんだ。兄さんが消えちゃう夢。
僕はその日任務の事でイライラしてて、兄さんがいなければ祓魔師になってなかったんじゃないかって思った。
それで苛立ち紛れに夢の中の兄さんに。兄さんなんていなければよかったって言ったんだ。
そうしたらね。兄さん悲しそうな顔で消えていったんだ。僕の目の前から」
朝になると、燐の姿は雪男の視界から消えた。
雪男が最後に見た燐は、悲しそうな顔をしていた。
「ねぇ、兄さんの笑った顔ってどんな顔だったっけ。
今どんな顔をしているの。わからないんだ。神父さん」
写真も映像も何もかも、雪男に燐の姿を教えることはない。
僕が、いなくなればいいなんて願ったからだ。
雪男は自分を責めていた。
兄の姿を見ることができなかったから、こんなことになってしまった。
兄は目覚めるのだろうか。それももうわからない。
僕の中の兄さんは一生笑うことのない。
悲しい顔のまま止まっている。
「わからないんだ」
雪男は空っぽの病室を見つめながら、静かに泣き続けていた。
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