青祓のネタ庫
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その日、僕は色々なことに疲れていたのだと思う。
中学の勉強に、受験。そして、祓魔師としての任務。
今の学力だと受験は心配ないが、連日の祓魔師としての任務に堪えていた。
今日は人型の屍を殺した。人型を殺したのは、今日が初めてだった。
それまでの悪魔は醜悪な姿をしていたので、祓うことに対しての躊躇はあまりなかった。
人型を祓った後に辛いのは遺体が残ることだ。
死んだ人の顔を見たのは、それが初めてだった。
そして、身体が損傷し腐敗した姿を見たのも初めてだった。
雪男はその場で吐いた。立ち込める死のにおい。
自らの手でその体に銃弾を撃ち込んだのだという罪の意識。
とても十代の少年が抱え込めるようなものではなかった。
吐いていると、背中をやさしく撫でる手があった。声が聞こえる。
「雪男、大丈夫か」
優しい声。やさしい温度。神父の手だった。その手が雪男の背中をさすっている。
生きている手が雪男を支えてくれる。そのことに雪男は無性に泣きたくなった。
辛かったら泣いていいんだぞ。神父は雪男にそう言った。
雪男は辛かった。でも、不思議と涙は出なかった。
泣いたら、泣き虫だった昔の自分に戻ってしまいそうな気がしたからだ。
事後処理を神父に任せて、雪男はそのままふらつく足で修道院へと帰っていった。
鍵を使えば一瞬だ。修道院で雪男や神父の正体を知らないのは兄である燐だけだ。
何食わぬ顔で玄関に足を踏み入れる。
先程まで血と硝煙に塗れていたとは思えない、日常のにおいがした。
ただいま、と声をかける。時刻は夜の十一時だった。燐はもう寝ているだろう。
先にシャワーを浴びて非日常のにおいを消す。脳裏に浮かんでくるのは血に塗れた遺体。
雪男は嘔吐感を抑えて風呂場から上がった。
髪を乾かせば、一息ついて脳裏に浮かぶ残像も収まる。早く忘れた方が賢明だろう。
雪男は疲れた体を引きずって、部屋に入った。あとは寝るだけだ。
見れば、二段ベッドの下には燐が寝ていた。寝相は悪く、腹を出して寝ている。
安らかな寝顔だった。何も知らない顔で寝ている。
普段なら落ち着けるその顔が、今では無性に腹が立った。
雪男は苛立ちを隠せない。自分が殺してきた悪魔の数。今日その手にかけた人型の屍。
兄さんが悪魔なんかじゃなければ、僕はこんなことしてなかったはずなのに。
言葉は、ふいに口から出た。
「兄さんなんか、いなければよかったのに」
そうすれば、きっと僕はこんな思いを抱えずに済んだのに。
人として当たり前の感情だった。でも、やはり気分のいいものではない。
雪男はこめかみを抑えて、自制した。疲れているのだろう。
ゆっくりと休むために、また明日頑張るために。ベッドに入った。
聞こえてくるのは、兄の寝息だけだった。それを聞いていると自然と瞼が落ちてくる。
悪夢を見なければいいな。そう思って眠りに落ちる。
***
夢を見ていた。真っ白の空間の中に祓魔師のコートを着た僕が佇んでいる。
気が付くとそこにいた。夢の中なので意味なんてないのかもしれない。
しばらくぼんやりとしていると、まばたきをした。
すると、目の前には兄が立っていた。
どきりと心臓が脈打つ。兄は黙ったこちらを見ていた。
雪男は何も答えなかった。代わりに心臓がしゃべっているみたいに早く動く。
いつの頃からかわからないが、雪男は燐に対してある感情を抱いていた。
好きと同じくらい嫌いで。でも好きで嫌いになんかなれなくて。
堂々巡りなその感情は雪男の心を苛んだ。
雪男はその感情に対してどうしても素直に認めることができない。
それは思春期の心がそうさせたのかもしれない。
雪男は燐と喧嘩ができたらよかったのかもしれない。
そうして溜まっている感情を吐き出すことができたら、もっと心は軽くなっただろう。
でも祓魔師をしていることも、燐が悪魔であることも言うことができない。
雪男は不機嫌そうな顔で燐を見つめる。
寝る前の嫌な気持ちが浮かび上がってきた。
雪男は目の前にいる燐の顔を見る。そして驚いた。
目を開ければ目覚まし時計が鳴っていた。
普段ならこんなに寝込むことなんてないのに。珍しい。
瞼を擦ろうとすると、頬を伝う液体があった。
「・・・あれ?」
雪男は泣いていた。なんで泣いているんだろう。別に泣くような夢を見た覚えはなかったのに。
中学生にもなって、夢で泣くなんてどうかしてる。雪男は頬を擦って涙の痕を消した。
この時間だと兄は寝ているだろうが、兄に見られればからかわれるに決まっているからだ。
枕の脇に置いていた眼鏡をかける。視界がクリアになった。
朝日がまぶしくていい朝だった。そして普段とは違って、なぜだか視界が見えやすい。
雪男は首を傾げる。昨日と何が違うのだろうか。
思いながらも支度をするために、二段ベッドを降りた。
下のベッドを確かめるとこれまた珍しく兄の姿がなかった。
自分より早起きするとは。雪男は今日の朝ごはん当番は燐だっただろうかと思い出す。
今日は違う、確か長友さんが当番だったはず。
そうなると、朝。もしくは雪男が寝た夜に抜け出したのだろうか。
雪男はため息をついた。夜に出歩くのはやめて欲しい。
不良に絡まれて喧嘩するのも良くないし、もし悪魔に遭遇でもしていたらと気が気でないからだ。
燐が怪我をして帰ってきたら手当をするのは雪男の役目だった。
その時は少しだけ昔のように触れ合うことができる。
怪我をして欲しくはないけれどその時間だけは好きだった。
雪男はパジャマから着替えて、リビングに来た。
そこにはお世辞にも余り美味しそうではない朝食が用意されていた。
「おはようございます」
「おはよう雪男」
やはり修道院の中で一番料理の腕がいいのは燐だ。
燐の作る料理の匂いをかげば皆が自然と起きてきてしまう。
今ここにいるのは雪男だけだった。つまりはそういうことである。
ただ、長友の腕は決して悪いというわけではない。男の料理とは大概そういうものである。
「自分で作ると思うけど燐の奴料理の腕だけはすごいよな」
「唯一まともな特技ですよね」
「その燐に是非とも今作ってる味噌汁の味を見てもらいたいもんだ。燐は寝てるのか?」
「朝早くに出ていったみたいで、ベッドにはいませんでした」
雪男は部屋の状況を思い出した。
せめて誰かに一言言ってくれればいいのに。とつい小言が出てしまう。
長友は首を傾げた。今日は朝食当番だから修道院の中で一番早起きしたはずだ。
起きた時に、玄関の扉の開閉音は聞いていない。
燐は一日十時間以上寝るから、途中で起きることもない。
長友は味噌汁の火を止めると、雪男と燐の部屋に向かった。
すると、雪男を呼ぶ声が聞こえた。雪男は答えて部屋に入る。
「なんだよ、燐まだ寝てるじゃないか」
長友はベッドを指差した。そこには空っぽの布団しかない。
雪男は何を言っているんですか。と長友に反論する。
「だから、いないじゃないですか」
雪男の態度に異変を感じ取った長友は、雪男の手を取った。
そして空っぽの布団の上にそっとその手を触らせる。
雪男は驚いた。温かい何かがそこにはあった。
心臓が嫌な鼓動を打っている。雪男は目を擦った。眼鏡も外す。
そこにはぼやけた、空のベッドがあるだけ。
急いで眼鏡をかけ直す。
「ここに兄さんがいるんです・・・か?」
「お前、もしかして見えないのか。本当に燐が見えないのか」
長友も焦った声を出した。小声で話す様子からして、まだ燐は寝ているのだろう。
雪男はそれを確かめる術を持たない。そして気が付いた。
朝目が覚めてから、魍魎を一匹も見かけていない。
「長友さん、修道院に聖水撒いたり結界の強度を変えるなりしましたか?」
「いやそんなことはしていない」
「じゃあ、魍魎は今もこの部屋にいますか?」
雪男はこの状況が嘘であればいいと思った。
見えなくなった兄。視界に入らなくなった魍魎。
長友が答える。
「何言ってるんだ、いっぱいいるじゃないか」
指で何かを潰す仕草を取った。それは見えるものだけができる行為だ。
つまり。
「悪魔が見えなくなってる」
魔障は一度かかると二度と消えることはない。雪男は生まれた時から悪魔の姿が見えていた。
それは母親の胎内で兄である燐から魔障を受けたからだ。
燐は悪魔だ。しかしまだ覚醒していない。今は人間のはずなのに。
雪男の目は悪魔である燐の姿も映さなくなってしまった。
長友は急いで雪男を部屋から連れ出した。
扉を閉めて燐が起きないようにと努めて小声で話しかける。
それでも動揺しているのは明らかだった。
「俺は藤本神父を連れてくる、お前はリビングにいるんだ」
「・・・はい」
呆然とする雪男を置いて、長友は廊下を走った。
ふらふらとした足取りで雪男はリビングに向かう。
兄さんが見えなくなるなんて、考えたこともなかった。
もしもずっとこのままの状態なら、僕はどうしたら。
リビングに入ると、冷めた朝食が置いてあった。見回しても、魍魎はいない。
悪魔のいない視界は雪男にとって初めてだった。
昔は見えなくなるならなんでもするのにと願ったこともあったのに。
今ではまったく落ち着かなかった。見えない敵ほど恐ろしいものはない。
悪魔の存在を知らなければそれでもよかっただろう。
でも、今では悪魔がいることを知っている。それこそ嫌というほどに。
雪男は気を紛らわせようと何気なく、リビングに置かれた写真立てを見た。
それは神父と小さなころの自分たち兄弟が映っている写真だった。
そのはずだ。雪男は急いで写真を手に取った。
横にいるはずの、燐の姿はどこにもなかった。
神父と自分と、ぽっかりと空いた空白の写真。
視界に映らないだけじゃない。写真に映った姿も見えないなんて。
雪男はその場に座り込んだ。
「嘘だ・・・」
今朝見た夢を思い出す。
兄さんなんか、いなければよかったのに。
つぶやいた言葉があった。夢の中の兄はその言葉を聞いて悲しそうな顔で笑った。
そして目の前にいたはずの兄は雪男の言葉通りに。
まるで幽霊のように透明になって消えていったのだ。
夢から覚めて飛び起きれば、世界では現実になっている。
「兄さんを消したのは、僕なのか」
雪男の脳裏には、最後に見た悲しそうな兄の顔がいつまでもこびり付いていた。
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