青祓のネタ庫
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町中を歩いていると、色とりどりの花で埋め尽くされていることがわかった。
今日は何かイベント事でもあっただろうか。思い返してみるが、特に浮かばなかった。
そのまま近くにある路地裏の扉に向かって、祓魔屋に向かう為の鍵を差し込む。
扉を開ければ次の瞬間には祓魔屋だ。
今日は悪魔薬学の授業で使う薬草を仕入れに来ている。
しえみが学校に通うようになって、店番については主におかみがやるようになった。
しえみは休日に手伝いをしているようだが、今日はいるだろうか。
考えながら、祓魔屋の扉を開けた。中からはふわりと薬草のにおいが香ってくる。
雪男はこの香りが好きだった。
初めてここに来た時もそう思ったことを思い出す。落ち着くいい匂いだ。
一呼吸おいて、声をかける。
「ごめんください」
カウンターの方にはしえみがいた。しえみは雪男の姿を確認すると、慌てて身なりを整えている。
そう動揺しなくても大丈夫だと思うのだが、しえみはいつまでたっても慌ててしまうらしい。
その様子に少しだけ笑って雪男はカウンターに近寄った。
しえみはどうやらグリーンマンに何かを指示していたところだったようだ。
「こんにちは、おじゃましてすみません」
「ううん大丈夫!ごめんね、変なとこ見られちゃって」
グリーンマンは手を上に上げて何かを出そうとしているところだったようだ。
しえみはごめんねニーちゃんと、使い魔に声をかけていた。
何を呼び出そうとしたのだろうか。雪男は質問した。
見れば周囲にはいくつかの花が散らばっている。何回か試している様子が伺えた。
「今日は母の日だから、お母さんにブーケをあげようと思って。ニーちゃんに出して貰ってたの」
しえみは照れくさそうに話した。町の中に花があふれていた様子を思い出す。
そうか。今日は母の日だったのか。
雪男には母親と過ごした思い出はない。
自分達が生まれてすぐに亡くなってしまったらしいので、詳しくは知らない。
神父も自分達の母の話は進んではしてくれなかった。
神父が亡くなった今、過去の話を知る人物はメフィストくらいしかしないだろう。
しかし、メフィスト程信用できない男はいない。
今も燐を使って何かの計画を立てているだろう悪魔は、自分の邪魔をする者に対して容赦がない。
自分が利用しようと思っている間は燐を守るだろう。だがその後は。
もしも利用価値がないと判断された場合、燐は真っ先に処分されてしまうかもしれない。
それを下すのが騎士團か。メフィストかの違いだけ。
だから雪男は燐を守るためにもっと状況を知らなければならない。
今何が起きているのか。それを把握してその裏をかかなければ。
雪男自身のことも燐自身のことも守れない。
「雪ちゃん・・・?」
しえみに話しかけられて、雪男は自分の世界に入り込んでいたことを悟った。
以前二人で勉強をしていた時もしてしまっていた。しえみは不安そうな顔で雪男のことを伺っている。
こんなことでは駄目だ。なんでもないようにしていないといけない。
人に、不穏な気配を悟られるわけにはいかないのだ。
「すみません、考え事をしていました。
母の日って、他にどんなものあげているのかな。と」
雪男は場を誤魔化すために適当な嘘を述べた。こうして人は嘘を重ねていくのかもしれない。
例えそれが他愛のないものだったとしても。
雪男の言葉でしえみの表情が一変する。
普通はカーネーションなんだけど、お母さんにはカスミソウを使ったお花をあげようと思って。
しえみは花のことを雪男に説明していく。雪男はしえみの様子にほっとした。
そしてしえみは思いついたように手を叩いた。
「雪ちゃんは何をあげるの」
雪男はしえみの提案に首をかしげた。おかしい。雪男には母親がいないことは説明してあるはずである。
しえみは生き生きとした顔で雪男に告げた。
「燐になにかあげるんでしょう?」
「え、なんで兄さんにあげるんですか」
「雪ちゃんは燐のお兄さんみたいだけど、燐は雪ちゃんのお母さんみたいだから」
「えええええ!?」
なんであの兄が僕の母親役なのだ。
雪男はすぐさま否定したい気分だったが、しえみの次の言葉で押し黙るしかなかった。
「燐言ってたよ。雪ちゃんは燐のごはん食べて大きくなったって」
「それは・・・否定しませんけど」
そうだ。修道院時代、燐がごはん当番だった時はいつも雪男の求めるものを丁度良い時間に出してくれた。
いつもそうだった。雪男が夜勉強をしているとそっと机の傍におにぎりを置いてくれていた。
おにぎりの中身は雪男の好きな魚を使った具材で。朝にはお腹にやさしいお味噌汁を作ってくれていた。
寮ではお昼にとお弁当を持たせてくれるし、仕事で任務から帰った晩には夜食にラップがかけて置いてある。
そして、朝には綺麗に洗濯してアイロンがかけられた祓魔師のコートがかけられている。
そこまで思って、ふと思った。
そうだ。以前兄に問われたことがある。
遅くなるなら連絡くらいしろよ。こっちはご飯いるのかとか色々あるんだから。
そう質問されて。自分は何と答えただろうか。
すみません、お母さん。
そう、そう答えたはず。
兄には俺だってお母さん欲しいわ。と言い返された。なんということだろう。
無意識のうちに兄をお母さん扱いしていた。だと。
自分の口から出た言葉のはずなのに信じられない。
さも当然のように兄のご飯を食べてきたけれど。他の兄弟は違うらしい。
志摩君が言っていた。俺もこんな美味しいごはん作れるお兄ちゃん欲しい。と。
以上のことから考えると、兄である奥村燐は弟である奥村雪男のお母さん役までしていることになる。
「だから、母の日にプレゼント・・・いやいやいや」
「いいと思うよ。燐きっと喜ぶよ」
しえみは奥村兄弟の不仲を心配していた。
ここで距離を縮めておけばきっと安心なはずだ。しえみはあと一息と雪男の背中を押した。
「私の作ってたブーケあげるから」
「でもそれはしえみさんがおかみさんに」
「いいの。私はニーちゃんに出してもらえばまた作れるんだから。ね?」
強引に雪男にブーケを渡すと雪男は半笑の顔になった。
たぶん断る言葉を探しているのだろうが、そうはさせない。
しえみはぐいぐいと雪男の背中を押して店の外に出した。
持って帰って貰えばこっちのものである。雪男も諦めたようで少しだけ会釈した。
「ありがとうございます、しえみさん」
「それは、帰ってから燐に言ってあげてね」
しえみは手を振って扉を閉めた。見れば、外はもう夕暮れだ。下に見える民家から夕餉の支度だろうか。
白い煙が上がってきている。家に帰れば温かいご飯が待っている。
雪男はブーケを見た。いいにおいがする。やさしい色合いの花達。兄はきっと気に入ってくれるだろう。
雪男が寮へ続くカギを扉に差そうとしたところで、携帯が着信を告げた。
それは騎士團からの緊急の呼び出しだった。急いで出て詳細を聞けば、
腐属性の悪魔が押し寄せてまずい事態になっているようだった。
雪男は急いで向かいます。と叫んで鍵を扉に差してドアを開けた。
扉を開けた瞬間に出てきたのは紫色の瘴気だった。
雪男はすぐに簡易マスクをつけて対応する。その時にふと気づいた。自分の手に持っていたもの。
それは瘴気でぐずぐずに腐って、腐臭を放っていた。しまった。と思っても後の祭りである。
あれだけ綺麗だった花束をこんな短時間で腐らせてしまうとは。
雪男は自分の行動を悔いた。燐にプレゼントをあげる気は最初はなかった雪男だが、
いざあげようとしたところでそれが無くなってしまうとはそれはそれで大変ショックである。
しえみからは後日燐の様子はどうだったかなど聞かれるだろう。
ぐるぐると思い悩んで、雪男は瘴気の満ちた空間に足を踏み入れた。
扉は閉める。そして足元にそっと腐った花束を置いた。しえみには後日謝ることにしよう。
それよりも今はプレゼントを台無しにされた代償を悪魔に払わせなければ。
雪男は銃を構えた。弾は十分。撃って撃って撃ちまくれ。
「一匹残らず、駆逐してやる!!」
雪男は駆けだした。目にはある種の狂気が宿っていた。
***
やっとのことで任務を終わらせたが、それは夜になってからのことだ。
辺りは暗く、開いている店ももうほとんどない。
花屋やプレゼントを扱うギフトショップも店じまいをしてしまっている。
雪男は夜の町をかけた。なんとかあの花束の代わりになるものはないだろうか。
行けども行けども、夜の町はしいんと静まり返っている。
雪男は立ち止って、考えて。いい案もなくて、とぼとぼと歩きだす。
「・・・何やってんだろ、僕」
せっかく背中を押されてプレゼントあげようと思ったのに。台無しにされて。
代わりの物を用意しようと思っても、店は全部閉まっている。
俯いて歩いていると、小さな商店が店じまいをしているところだった。
そのカウンターの上に置いてあるものを見て、雪男は思わず声をかけた。
***
扉を開ける音がして、燐は振り返った。今日ばかりは一言言ってやらなければ気が済まない。
遅い弟の帰りに声を大にして言ってやった。
「遅くなるときは連絡くらいしろ!!」
雪男は何も言わずに、扉を閉めた。一瞬の静寂が部屋を占める。
何も言わない雪男が変だ。と燐は思った。いつもならハイハイとかの適当な返事はあるのに。
訝しげに見ていると、雪男が手に持っていた物を燐に差し出した。
「はい」
「はい・・・ってこれなに?」
見ればラッピングされたお茶のセットだった。かわいらしい包みである。
モテる雪男のことだから、どこかの女の子に貰ったのだろうか。
首を傾げていると、顔を真っ赤にした雪男に言われた。
「母の日、だから。いつも・・・あ、ありがとう。ごはん、とか」
ものすごい小声で言われたけれど、燐の耳はちゃんと聞き取っていた。
この時ばかりは悪魔の聴力に感謝した。
あの、仏頂面の弟が感謝の言葉を口にするなんて。
この先の人生にあるかわからない奇跡的な一言である。
兄である自分に母の日にプレゼントという意味のわからなさはこの際無視である。
弟が感謝の言葉を口にしてくれただけで兄はうれしかった。
雪男はプレゼントが簡単なものでごめんねと謝った。
燐にしてみたら、プレゼントなどどんなものでもよかったのだ。
「ありがとな!」
兄の笑顔を見て、雪男は久しぶりに笑ったような気がした。
そして、二人で買ってきたお茶を飲もうということになった。
二人だけのゆっくりとした時間は最近取れていなかったように思う。
こんな日くらいはいいだろう。目の前には兄が入れてくれた二人分のお茶がある。
しえみの家に入った時に感じるようないいにおいがした。
雪男は何気なくお茶の種類は何だろう、と袋を手に取った。
そして青ざめた次の瞬間。
燐は血を吐いてその場に倒れ込んだ。
「に、兄さ――――ん!!!」
部屋の中は殺人事件が起こったかのような惨劇である。
雪男は倒れた兄に駆け寄った。ぜいぜいと苦しそうに息をしている。
雪男は急いで近くにあった水で何度も燐の口を漱いだ。
唇は血で赤く染まり、まるで紅を引いたかのように真っ赤である。
自分は口紅をプレゼントしたつもりはない、なんてブラックジョークだろうか。
気が付かなかった。お茶は、ハーブティーだったのだ。
母の日にちなんで売られていたようだが、まさかこんなことになるなんて。
ハーブは配合によっては悪魔を祓う力を持つ強力な薬草だ。
だからこそ悪魔薬学でも取り扱うし、しえみの家祓魔屋でも売られているのに。
自分の迂闊さを呪いながら、燐の背中をさすって必死に吐き出させようとした。
「兄さん!吐いて!今すぐ吐くんだ!!」
プレゼントを渡した張本人が言う言葉ではないが、一刻を争う。
それでも燐はぶんぶんと首を横に振った。手で口を塞いで抵抗している。
「おまえがくれたもの、だろ・・・しんでも、はかない」
ここは健気さを出すところではない。兄の様子にぐっと涙が出そうになるのを堪えて、
雪男は医工騎士としての顔で叫んだ。
「いいから吐けえええええええ!!!!」
母の日に、兄を駆逐し、血を吐かす
雪男はたくさんの後悔を抱えながら、指を思いっきり燐の口の中に突っ込んだ。
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