青祓のネタ庫
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「若君、ここはお逃げください!早く!」
部下に背中を押されて、燐は前に踏み出した。背後からは怒号と銃声が鳴り響いている。
路地裏に残った部下の安否が心配だ。部下達は悪魔だから簡単にはやられたりはしないだろう。
でも、ここは物質界。祓魔師に祓われれば消滅してしまう。
自分の世話をずっとしてくれた。ずっとそばにいてくれた者たち。
それを置いて逃げろと、部下は叫ぶ。
「我らのことは構いません。若君さえ無事ならばそれでいいのです」
彼らは口々にそう呟いた。そう、自分の気持ちなど考えてはくれない。
自分が無事に生きて逃げること。それだけを考えて、死地に向かっているのだ。
自分の無力さを噛み締めながらも、走るしかない。逃げるしかない。
今ここで捕まるわけにはいかない。
捕まれば殺される。そうなれば、部下たちの犠牲は何のためにあったのだ。
路地の先を走る。背後で部下が笑ったような気がした。
そうです。それでいいのです。
剣の稽古や炎の扱いがうまくできた時に褒めてくれた言葉。
それを振り切って駆けた。
物質界に来るのは初めてではないが、こんな目に合ったのは初めてだ。
ずっと虚無界で過ごしてきた身にとって、物質界は憧れの土地でもあった。
生まれはこちらだと聞いているので、やはり惹かれるものがあるのだろう。
自分一人で行かせるわけには。と部下が着いてくるのが恒例だった。
それでも、これまでは無事に過ごして来たのだ。
どこから情報が漏れたのだろう。
祓魔師は、自分たちがいることを最初から知っていたかのように待ち伏せをしていた。
一人、また一人と部下が残って戦ってくれている。
自分一人を逃がすために。だから殺されるわけにはいかない。
なんとしても、生き伸びなければ。
路地の先には、開けた場所があった。ビルとビルの隙間にあるぽつんとした四角形の場所。
土地を整備し、建物を計画的に建てたとしても、どうしてもデッドスペースと呼ばれる場所が
できてしまう。ここはそういう場所だろう。
地面はコンクリートで固められており、上を見上げれば空が四角い。
所々コンクリートを突き破って生えている雑草だけが、ここにいる生き物と言えるものだ。
ここなら、誰にも迷惑はかけないはず。
先程の襲撃の際に負傷した腕を伸ばした。
普通の傷ならばすぐに塞がるが、この傷口はまだ完全に塞がっていない。
きっと聖水か何かで清められたもので攻撃されたのだ。
まったく、祓魔師とは嫌な戦い方をしてくる奴らだ。
腕に少し力を入れると、案の定血が流れてきた。
それを地面に垂らす。ぽたりぽたりと落ちていく自分の血液。
それで小さな円を描く。あとは、いつもの通り召喚の呪文を唱えればいい。
向こうとこちらが繋がる虚無界の門があれば。
呪文を唱えようとしたところで、殺気を感じた。
銃弾が飛んでくる、それを間一髪で避けて地面に転がった。
危なかった。足元を狙うそれ。確実に動きを封じるための手段だ。
銃弾が飛んできた方向を睨み付ける。
路地の先から、こつん、こつん。と不気味な足音が響いていた。
現れたのは、男だった。恐らく二十代だろう。黒い祓魔師のコートと、眼鏡。
顔にある黒子が特徴的だった。武器は拳銃。先程の攻撃はこいつか。
二丁拳銃を持つのは珍しい。両利き。やっかいな相手だ。
男は自分に銃口を向けながら、言葉を投げた。
「・・・悪趣味な姿だな」
自分の格好の何が気に入らないのだろうか。
物質界では人間に化けるために人間と同じ格好をしている。
ズボンに、紺色のパーカー。それとスニーカーだ。
尖っている耳と八重歯を隠せば悪魔とわかる者はいないだろう。
尻尾は部下から隠すようにきつく言われているので、出すような真似もしていない。
男の言葉を疑問に思いながらも、時間を稼ぐために会話に乗った。
「普通の格好だと思うけど?」
「僕にとっては最高に不快だってだけだ」
言ってすぐに銃弾が飛んできた。こいつ容赦ないな。
部下たちの安否が気になった。無事に合流すると皆約束してくれた。
皆は若君がそうおっしゃるのなら仕方ないですね。と笑ってくれた。
だから、きっとここにも来るはずだ。
そして無事にあちらへ帰るのだ。そのためならなんだってしてやる。
「増援でも期待しているのか?あいにくだが、あの悪魔達は・・・」
「あいつらがお前ら祓魔師なんかにやられてたまるか!!」
男はため息をついて、銃弾を足に打ちこんできた。
痛い。かなり痛い。きっと聖銀弾だ。足の肉が焼けるように痛む。
その場に倒れ込んで足を押さえた。ちくしょう、超いてぇ。
男はその傷口をあろうことか足で踏みつけてきやがった。最悪だった。
口から声が漏れる。
「無様だね」
銃口が額に向けられる。ここで死ぬのか。くそ、それならせめてあいつらを。
部下だけでも逃げさせればよかった。胸に宿る後悔。
トリガーにかけられる指。目をつむった。悔しかった。撃たれて、死ぬ。
でも、それは現実の物とはならなかった。
「若君!!!」
四角い空から、悪魔が降ってきた。それはいつも自分の傍にいてくれた悪魔だった。
自分と男の間に割って入り、男はその場から退いた。
自分を守るように立ちふさがる悪魔の名を呼んだ。
「アスタロト・・・!」
「申し訳ありません、私がいながらこのような事に」
アスタロトは燐の打ち抜かれた足を見て、自分の無力さを嘆いた。
アスタロトは上級悪魔だ。物質界に残るには人に宿るしかない。
その人に憑りついている場合、使える力は半分以下になってしまう。
出せぬ力がもどかしいのだろう。きっと燐の為にと残った悪魔たちもそう感じていたに違いない。
燐は虚無界にいながらにして、肉体を持つ唯一の悪魔だ。
他の悪魔にはない力を物質界で発揮することができる。
「アスタロト、やっぱり俺がやらないと」
「なりません。それを阻止するために私がいるのです」
アスタロトは傷ついた身体で魍魎を呼び寄せた。それを男に向かって大量に向かわせる。
黒い奔流は、男の視界を遮って足止めくらいはさせるだろう。
アスタロトは叫んだ。
「若君!お逃げください!貴方御一人ならあちらに帰れるはず!」
「いやだ!皆は、お前らはどうするんだよ!」
「我らは貴方の盾であり、矛です!役に立たぬ武器は捨てよと申し上げたはずです!」
切り捨てて切り捨てて、自分に生き延びろと叫ぶ悪魔の声。
残酷な言葉だ。でも、それは悪魔達の偽らざる本心だった。
「うるさいな」
邪魔だと言わんばかりに魍魎が祓われた。致死説を使われたか。
男が構えた銃口の先から。銃弾が雨のように二人に向かってくる。
アスタロトはその銃弾の前に立ちふさがった。倒れないように足を踏ん張って。
盾になっている。男はアスタロトの息の根を止めようとしている。
目の前で撃たれている、自分を慕う悪魔の姿。
本来の姿でなら、祓魔師に負けるはずなんてないのに。
ここが物質界だから、悪魔は力を使うことができない。
俺が物質界に行きたいなんてことを言わなければこんなことには。
覚悟を決めた。抑えていた力を解放する。
身体の隅々に行き渡る青い光。
男がアスタロトに止めを刺そうとしている。
光が解き放たれた。
「やめろ――――ッ!!」
アスタロトを守るように発せられた青い炎は銃弾を焼き尽くしていく。
祓魔師の男は目を見張っていた。当然だ。
青い炎は魔神しか持たないと言われていた力だ。
それを持つ悪魔がいるということは、祓魔師にとっては脅威だろう。
青い炎によって、アスタロトは焼かれた。
アスタロトは最後まで若君、お止め下さい。と叫んでいた。
青い炎は何も滅するだけではない、悪魔を虚無界へと帰還させる送り火ともなるのだ。
もっとも、肉体がない悪魔だからこそできる技であり、肉体を持つ自身には使えない。
残った部下たちの気配を探って、同様に送り出した。
これで、残ったのは自分だけ。
目の前にいる祓魔師の男は震えた手で銃口を下した。
びびったのか、ざまあみろ。
笑ったけれど、言葉にはならなかった。
込み上げてくる嘔吐感、感覚のまま吐き出した。咳が止まらない。
口の中に広がる血の味。吐血だ。
まったく、青い炎はやっかいた。使えば自分の体を焼いていく。
自分の力のはずなのに、いつからこんなにも使いにくいものになってしまったのか。
地面に血を吐いて倒れ込んだ。
部下は自分さえ生きていればと言っていたが、やっぱり自分にはそんな生き方向いていない。
誰かを犠牲に生き残るなんて後味が悪すぎる。
自分は祓魔師の男に殺されるだろう。
かつて起こった青い夜のせいで悪魔や魔神を憎む者は五万といる。
ここで殺されるなら、それはきっと自分の運命だ。
雨のような弾丸に貫かれて死ぬ。そう覚悟を決めていたのに。
一向にその気配はなかった。倒れたまま視線を上げると、祓魔師の男がじっとこちらを見ていた。
なんだよ、このまま失血死するの見てるってか。
「趣味悪ぃ、奴・・・」
そのまま意識は闇に堕ちた。
死ぬ最後の光景が暗闇っていうのは、寂しいものだ。
ここから先は、自分が知らない間のこと。
祓魔師の男は傍に座り込むと、息を飲んで頬に触れた。
「兄さん、なの?」
男がつぶやいた言葉を、知ることはなかった。
***
「名前はないのかい」
祓魔師の男、こと奥村雪男は魔神の落胤である少年にそう問いかけた。
悪魔にとって名前は身を縛る言霊になりかねない。だから隠している者が多い。
もっとも、真名を知られたとしても上級悪魔を従えることができる祓魔師は少ないが。
「あったとしても、お前なんかに教えるもんか」
部下である悪魔や、アスタロトをひどい目に合わせた敵に送る名などない。
そうつっぱねると雪男はひどく悲しそうな顔をした。
その表情があの戦いの中で見せた鋭い顔とのギャップを感じて、なんだか悪いことをした気になった。
いや、駄目だ。そうだ。この雪男はひどい奴なのだ。
「じゃあ、名無しじゃ呼びにくいから燐って呼んでもいい?」
その言葉に心臓が跳ねた。少年、こと燐は動揺した心を隠して雪男に返答する。
「いいけど・・・なんでその名前なんだ?」
「なんとなくだよ」
あ、嘘ついているな。と燐は思った。
切り返しが早いということはあらかじめ頭の中で用意していた
言葉なのだろう。ますます燐は雪男のことが信用ならないと感じた。
こちらを心配するような視線を向けるなら、まずはこの拘束をなんとかしろ。
燐は今、雪男が用意した部屋に監禁されている。
ある一面だけガラスが張られているが、真っ白な部屋だ。真っ白に見えるのは見かけだけで、
実はびっしりと退魔の魔方陣が刻まれている。
燐自身も呪符と封魔の言葉が刻まれた青い羽織を着せられている。
極めつけは、燐の座っている椅子だった。
豪華な宝石が散りばめられているが、全て魔石と拘束用の呪具でできている。
結構な警戒具合だ。自分を決して逃がさないようにという意思が見て取れた。
そこまでしなくても、燐には逃げる力などない。
青い炎を持ってはいるが、使えば体がやられてしまうので結局助けがなければ逃げることもできない。
まったく、不自由なものだ。
燐は立ったままこちらを見つめる雪男を睨み付けた。
「なんだよ?」
不機嫌そうに言えば、雪男は視線を伏せて申し訳なさそうにした。
「酷いことして、ごめんね」
今更だな。と思った。ただ、その姿がどうしようもなく頼りなさそうに見えて
燐は罵る言葉を引っ込める。
「だったら、俺のこと離せばいいじゃないか」
そんな辛そうな顔するくらいなら。そう思ったけれど、雪男はそれだけはできない。と強く言い返してきた。
変な奴だ。上司に魔神の落胤を拘束しろとでも言われているのだろうか。
燐はため息をついた。失血したので眠い。呪具や封魔の効果が出ているのも原因の一つだろう。
うとうとしていると、雪男が最後に答えて。と問いかけてきた。
「燐に十年前の記憶はあるかい?」
十年前というとどのくらいの頃だろう。
生まれてこの方、虚無界で暮らして来たので物質界での基準の十年前、というのがよくわからない。
燐は気が付いたら虚無界で悪魔たちに囲まれて過ごしていた。
皆燐のことを若君と呼んで慕って、仕えてくれていた。
鏡を見て自分を確認したらもうこの姿だった。
人間でいう見た目十五歳くらいなので多分自分もそのくらいなのだろうな。というくらいの感覚だ。
悪魔にとって十五歳とは赤ん坊も赤ん坊だ。
周囲は自分のことが心配でたまらないらしく、甘やかされた自覚はあった。
十五歳、から十を引くと五歳か。十年前の記憶などなくて当然だろう。
そもそも、悪魔に幼児期などがあるのかも不明だ。
生まれは物質界だけど、生まれたての自分の姿を知るものなどいないだろう。
「ねーよ、気が付いたら虚無界で過ごしてた。悪魔ってそんなもんだろ」
雪男はそれを聞くと、何も言わずに部屋を立ち去った。
お気に召す返答ではなかったようだ。燐はため息をついてそっと目を閉じる。
扉が閉まれば、あとは燐一人だけの空間だ。
瞼の裏に、心配そうにしているアスタロトや部下の姿が浮かんだ。
こんなことになって、悪いことをしたな。そう思いながら眠りに落ちた。
部下たちがまた自分の為に無茶をしなければいいと祈りながら。
部屋を出た雪男の前に、勝呂がいた。
二人のやりとりをガラス張りになった部屋の向こう側からずっと見ていたのだ。
マジックミラーになっていることに燐は気づいていたのか、どうかはわからない。
それでも思った。
「先生、あいつは。奥村は」
「僕もそう思います。あれは、兄さんだ」
十年前に魔神を倒して死んだ。奥村燐に間違いない。
二人はそう結論を出した。
***
目の前で倒れていく仲間の前に立ちふさがることは間違ってなんかない。
燐は雪男の銃口の前に立ち塞がった。
雪男は動揺した瞳で燐を見つめている。
「どけるんだ!!」
「嫌だ!仲間が殺られるところなんだぞ、黙ってられるか!」
燐はそう言うと、雪男の銃弾に倒れた悪魔に駆け寄った。
悪魔は燐にお逃げください。と必死に訴えていた。
「ここは俺に任せて、お前は虚無界へ帰れ」
燐がそう言うと、悪魔は青い炎に導かれて消えて行った。
雪男が駆け寄る。燐はまた吐血していた。
青い炎を使えば、その反動は燐の体を蝕む。
「どうして自分の体を傷つけてまで、こんなことを!」
雪男は燐を責める。でも、それを雪男に言われる筋合いはない。
燐は悪魔だ。そして雪男は人間だ。見えている世界が違う。
守りたいものが違う。根本が違うのに、それを雪男は理解しようとしない。
「俺は魔神の落胤だ。悪魔の味方して、何が悪いんだよ」
雪男が燐の頬を打った。その痛みに、燐が震える。
どうしてだよ。なんでだよ。お互いにそんな思いが浮かんで止まない。
燐は言った。
「最初にお前が俺にしたこと、忘れたわけじゃないだろ。
お前は俺を、俺の仲間を。部下を殺そうとした。
あいつらは言ったよ。俺が生きてさえいればいいって。俺を逃がすためにお前と戦った。
若君、貴方さえいればいいって言って。それで大勢の悪魔が死んだ。俺のせいで死んだよ。
祓魔師は、人間を殺したって俺たちを殺すだろ。お前たちだって俺たちを殺してるじゃないか。
何が違うんだよ。お前たちと俺たち、何が違うんだよ!!」
人は自分たちと違うものを徹底的に排除する。
それでも燐は人に歩み寄りたくて、物質界に足を踏み入れた。
人と悪魔は近くにいれるのではないか。そう思ったのに。
結果として両者は対立している。
上に立つものは責任が伴う。望んでいない結果も受け入れて前に進むしかない。
燐は気が付いた時から悪魔の頂点にいた。
だから、周囲の悪魔は燐を生かすためになんでもしてきた。
そんな悪魔を殺す祓魔師に飼い殺されているような現状。
燐はよくても、周囲の悪魔がそれを許さない。
燐を助けようと、何度でも死のうとするだろう。
それが燐には耐えられない。
「もう帰らせてくれよ」
それは燐の本心だった。自分が去れば事は納まるはずなのに。
燐が呟いた言葉を雪男は許さない。
「帰る場所って、なんだよ」
兄さんの帰る場所は、ここだろ。そう記憶のない兄に言ってやりたかった。
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