青祓のネタ庫
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≪ さよならブルートレイン | | HOME | | モリナスの契約書 ≫ |
朝目が覚めると、隣で寝ていたはずのリュウがいなかった。
燐は目をこすりながらその場から起きようとするが、体に力が入らない。
腕を見れば、呪符が巻き付いていた。そうだ。と思い出す。
自分たちがここに連れてこられてから丸一日たっている。
燐の体には状態を保つための呪符が巻きつけられていたのだ。
これがあることで動くことができない。
でも、外せばトイレのないこの部屋で激しい尿意に襲われて。
そう考えるとやっぱりこの呪符を外す気にはなれなかった。
「おーい、いるか?」
燐は声をかけてみる。すると、部屋の奥の方から人の気配が近づいてきた。
窓からは明るい朝の日差しが差し込んでいる。
燐の顔に、影が差す。リュウが燐の顔を覗き込んでいた。
「起きるのが遅い」
「日差しがまだやわらかいじゃん。早起きだって」
「・・・まったく、たるんでいる」
リュウはため息をついた。お前の弟の苦労が忍ばれる。と言われてしまい、
返す言葉がなかった。雪男も燐の寝汚さにはため息をついていた。
でも、体力回復は重要だと思う。こんな時だからこそ必要だろ。とあまり
説得力のない言葉で燐はわずかに反論しておいた。
この部屋に時計はない。一応部屋にあった荷物の中に銀時計はあったけれど正確な
時間を示しているかは不明だ。
外の日差しから、今は午前中だろうと検討はつくのでまだましだろうが。
二人がここに来て確実に時間がたっている。
「いなくなったことに誰かが気づいてはいるだろうが・・・」
「ここが見つけられるかってのが問題だよな」
燐はリュウに視線で起こしてくれ、と強請った。今の燐は自力では起きれない。
リュウは燐の腕を掴むと、そのまま体を持ちあげて抱える。
まるで荷物のように運ばれてしまっているが、抵抗する気もなかった。
リュウに抱えられて連れてこられたのは、窓際だった。
外の景色を眺めて見る。相当に高い建物にいることは理解できた。
遠くに見える街並み。木々。そして見覚えのある校舎。
「・・・正十字学園町から出てないのか?」
「そうらしいな、この光景が悪魔が見せている幻影でもない限りは」
そうなれば誰かがすぐに見つけてくれるのではないか。
希望が湧いてきた。しかしリュウの面持は険しい。
そのまま窓際から部屋の奥へと連れて行かれた。昨日の夜にはわからなかったが、
どうやらもうひとつ部屋があったようだ。
その部屋は薄暗かった。中に入ると青白い光に照らされた何かが壁際にずらりと並んでいる。
その光景にどきりと心臓が跳ねた。
ガラスケースの中には、燐と同じ呪符を巻かれた剣や、植物等種類を問わない数々の物が
並べられている。悪魔と思しきものもいる。それらが壁一面にずらりと並べられている。
そして中央に設置されている大きめのガラスケースが一つ。
それにはちょうど人が一人入れるくらいの大きさだ。
燐にもわかる。そこに何が入れられようとしているのかが。
「おい冗談だろ」
「このままでは冗談で済まなさそうだけどな」
この場で呪符を巻きつけられていたのは燐だけだ。
燐はここに保管される予定。ということだろう。寒気がする。
物と同じ扱いだ。
「なんなら、今ここであそこに入れてやろうか?」
「性質の悪い冗談やめろよ!」
燐はじたばたと暴れたいけれども体が動かない。
リュウも流石にそんなことはしなかったが、このままではまずいことにはなるだろう。
燐を部屋の外に連れてくると、元いたところへ座らせた。
燐の顔色はよくない。監禁まがいの状態で、更にひどい状況が待ち受けていたのだから。
二人をここに閉じ込めた者の正体はわからない。
騎士團の者、悪魔、若しくは第三勢力。思い当たるところはたくさんあるが、リュウは不思議に思っていた。
どうして自分たち二人だったのだろうか。と。
燐ならばいくらでも捕まえる理由にはなるだろう。なにせ魔神の落胤だ。
欲しがる組織や、邪なことに使いたがる者は五万といる。
リュウ家は古代から続く由緒ある祓魔師の家系ではあるが、魔神の落胤と比べるのもお門違いだろう。
一般人よりは希少性はあるがそこまでだ。
そして、場所自体もおかしい。第三勢力だった場合、正十字学園町からすぐに出るはずだ。
敵陣のど真ん中にこんな建物を持っているはずもない。
そうすると、騎士團関係者が濃厚か。味方と呼ばれるものにこんな扱い、趣味が悪い。
燐は保管されそうになっているし、リュウ自身もまずいことになっている。
一日程なので今は大丈夫だが、リュウは人間だ。
食糧や水と呼べるものもないこの部屋に閉じ込められれば精々三日が限度。
それ以降は命の危険がある。燐はまだいけるが、確実にリュウにはタイムリミットが迫っている。
まったく、台湾支部に帰ろうとしただけなのに。とんだ災難だ。
「さて、自分たちの危機を正確に把握したところで質問だ」
リュウが燐に向けて問いかける。
燐はリュウに視線を合わせた。ここは力を合わせて窮地を脱するところだ。
協力しなければならない。燐としてもあんなガラスケースに閉じ込められるなんてごめんだ。
「お前の炎を使えばここにいることくらいは知らせられるだろう」
青い炎は目立つ。騎士團の者ならば一目で燐がここにいることを悟らせることができる。
ならば選択肢は一つだけ。リュウの視線は真剣だった。
「この場で漏らせ」
「え?」
燐は問いかけた。空耳だろうか。何を言っているのか。
リュウは再度燐に言い聞かせるように言った。
「その呪符を外して、炎を使えということだ。外せばお前は激しい尿意に襲われるだろう。
しかし、それがなんだ。見ているのは俺だけだ。俺がいることはこの際無視しろ。そして解き放て」
この場合の解き放つは炎と両方の意味をかけているのだろう。
でも、でも。待ってほしい。リュウの目の前でしろというのか。
それは勘弁して欲しかった。燐だって今現在危機が迫っているのはわかっている。
でも幼気な十代の思春期男子の思考回路を考えてもらいたい。
十代でも、もう十五歳である。漏らすことなど、小学校低学年以来のことだろう。
しかも今回はおねしょとは違う。おねしょは無意識だが、強要されているのは意識ある状態での解放。
解放できるか?
燐は自分に問いただす。リュウの方をちらりと見た。視線がきつい。
こんなきつい男の前で。俺の恥部を晒すのか。リュウは気にしないと言っている。
リュウは三十代の成人男性だから、常識のある男だ。
多分燐が漏らしたことなど、少しすれば忘れてくれ―――、いやムリだ。
忘れないだろう。多分覚えている。ずっと覚えているはずだ。
リュウは優秀な祓魔師だから、記憶力も人一倍抜群といってもいい。
そんな男の脳裏に残るようなことをこの場でできるか奥村燐。
燐は頭を抱えた。
「無理だッ!」
「ッチ、ならば仕様がない」
リュウは燐のズボンに手をかけた。
***
雪男は思考を巡らせていた。
リュウと燐が同時に行方不明となっている。
おかしな話だ。最初はリュウが兄をどこかへ連れていったのかもしれないと考えたが、
あの男は合理的な考え方をしているのでそんな意味のないことはしないだろう。
リュウがいなくなったことで、騎士團から何かの招集が掛かることが今この場では一番まずい。
燐がいないことが気づかれては終わりだからだ。
今、日本支部でおかしなことが起きていることは間違いない。
先程の講師から話を聞けば、最近騎士團内でよく物がなくなっているらしい。
無くしたのかと思えば、そうでもない。いつの間にかその場から消えている。
悪魔を対象にした職業なので、悪戯好きのピクシーや精霊が持っていったとしてもおかしくはない。
でも、それならば気づくはずだ。悪魔特有の気配というものがあるので、それに気づかない祓魔師ではない。
ならば何故物が無くなっているのかというと、原因はわからなかった。
今の所私物で済んでいるので大きく取り上げてはいないが、警戒はしているらしい。
無くなった物のリストをもらい、雪男は共通項を探した。
「銀時計、ネックレス、宝石。剣、絵画。かと思えばおもちゃやフィギュア。
お菓子のパッケージなんてものもある・・・」
数が多い。しかし、その一部に夜のいけない道具が混ざっていた。
おい、誰だ仕事場にこんなもの持ってきてるの。破廉恥極まりない。講師としてというより大人としてどうだろう。
ちらちらと気になるのは思春期なので勘弁して頂きたい。
燐も同じ理由でドキドキしていたことを雪男は知らない。双子は離れていても双子であった。
「共通点は・・・めずらしさ、かな?」
リュウと同じ観点にたどり着いた。しかし問題は誰が何の目的でそれを回収しているか、だ。
燐がいなくなったことと何か関係があるのかもしれない。
雪男は一度、寮に戻った。そして部屋の片隅に置かれていた倶梨伽羅に目を向ける。
兄が、倶梨伽羅を手放すはずはない。倶梨伽羅を持つ暇もなく浚われてしまったのだろう。
そして、雪男の手元に残った倶梨伽羅には燐の悪魔の心臓が宿っている。
誰かの手に渡れば、燐の命はない。
だが、このまま燐が見つからなければ騎士團から疑われてしまう。
こうなれば一か八かだ。
雪男は倶梨伽羅を部屋の中央に置いた。
調べた結果燐が部屋を出た形跡はなかった。そうなれば、現場はこの部屋の中。
犯人はここに侵入したはずだ。絶対にもう一回来るはずだ。
燐になくてはならない、倶梨伽羅を回収するために。
雪男は息を潜めて、その時を待った。
しばらくすると、影がこそりと動いた。雪男は目を凝らす。
何かいる。こそりこそりと倶梨伽羅に近づく影。
雪男は手を合わせて、床に叩きつける。
途端に青色の魔方陣が床に浮かび上がった。
影が魔方陣に拘束される。雪男は腕を思いっきり振り上げた。
影だったものが、引っ張られるように表へ引きずり出される。
姿がはっきりと視認できた。鬼、だろうか。
ゴブリンよりも手足が長いが、角と牙が特徴的なのでわかった。
雪男はその姿に眉をひそめる。
脳裏に浮かぶのは、特別任務として塾生に与えられていた七不思議事件。
その中の一つ。
「・・・これ、蒐集鬼じゃないのか?」
六番目に当たる七不思議の原因だ。
手の中にしっかりと倶梨伽羅を握っている鬼が、床に転がっている。
それを雪男は足で蹴り飛ばした。
そうなると、犯人は絞られる。雪男の額に青筋が浮かんだ。
***
メフィストは雪男に銃を突き付けられながら、気配を探った。
学園内、その中でも自分のプライベートスペースと呼ぶべき場所だ。
自分のプライベートな結界内は捜索の範囲外としていたので想定外だった。
メフィストの領域には、メフィストの許可がなければ立ち入ることはできない。
それが盲点だったようだ。
弱弱しいながら、確かに青い光が一つ。
メフィストは笑いながら答えた。
「いましたネ☆」
「じゃないですよ!!あなたが原因じゃないですか!
使い魔の躾くらいちゃんとしてください!」
「私だってこんなことになるなんて思わなかったんですよ」
縛り付けられた蒐集鬼はメフィストの机の上に転がされている。
キーキーと訴えている言葉はメフィストにしかわからない。
使い魔はかわいそうに、主の言葉を正確に実行しようとしたにすぎない。
メフィストはつぶやいていた。
祭りの後は、もの悲しいですね。
なにか、珍しいものでも落ちていないでしょうか、と。
その言葉を聞いて、使い魔は収集を始めた。
以前から珍しいものを集めてはいたのだが、もっともっと珍しいものを回収すれば
主は喜ぶかもしれない。
そんな思いの矛先は、現在行方不明中の二人に向かった。
リュウは台湾支部に戻る寸前に、燐は部屋を出る直前に回収されてしまったのだ。
ちなみにリュウを連れていった理由は、やはり古代からの血筋が珍しかったという点だった。
「連れていってください、貴方のコレクションルームとやらに」
悪魔嫌いのリュウと、兄が二人っきりで夜を明かしたことに気が気ではないのだろう。
撲殺されていなければいいが、保証はできない。
今にも発砲しそうな雪男の様子に、メフィストは指を鳴らした。
個人的な部屋によそ者を招き入れるのは不本意だが仕方ない。
ここで頭を吹き飛ばされるのはもっと不本意である。
ピンクの扉が出現して、そこに雪男がかけよった。
「兄さん!!」
開けた扉の先には、大量の他人から回収された物品と。そして。
リュウに押し倒されて、ズボンを奪い取られている兄の姿。
リュウの手には、ズボンの他に呪符が握られていた。
燐は下半身を抑えて、赤く震えている。
「駄目だッ・・・!出る!」
「出せばいいだろう、俺は気にしない」
燐の息が荒い。え、ちょ。これどういうこと。
何が起きているの。いや、これってどう見ても。
そういうことの想像しかつかなくて、雪男は戦慄した。
間の悪いことに、回収された品物がかちゃんと音を立てて床に落ちた。
それは、いわゆる大人のおもちゃと呼ばれるもの。
燐が顔を真っ赤にして、リュウがその上に乗っかっていて。
撲殺よりももっとひどい状況が目の前に広がっている。
「おお、なんということでしょう。
私のコレクションルームで悪戯が過ぎますね☆」
メフィストが愉快そうに笑うので、もう確定だ。
最悪な事態が起きた。雪男が部屋に踏み入ると、燐がこちらに気づいたようだ。
メフィストと雪男の二人を同時に見ている。
燐の頭がフル回転した。
燐の膀胱は限界を訴えている。この場で頼るべきはどちらだ。
メフィストなら、トイレにスリーカウントで一発で飛ばしてくれるだろうか。
いや、説明をしている暇はない。
そして、万が一を考えた時、その場をメフィストに見られてはならない。
末代まで語られて、恥を晒されるに決まっている。
ならば、選ぶならおねしょ時代も知っている家族しかない。
燐は叫んだ。絶叫した。
これはもう経験した者にしかわからない痛みと叫びと慟哭だった。
「雪男おおおおおおおおおお!!!トイレに行きてぇよおおおおおおおお!!!」
そして、燐の脳裏にうさ麻呂の姿が思い出された。
あの優しい悪魔に、これほどまで記憶を食って欲しいと願ったことはなかった。
優しい悪魔は、みんな食ってやるぞ。と返してくれることだろう。
たぶん、同情した眼差しで。
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