青祓のネタ庫
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疲れていた。本当に疲れていたのだ。
連日連夜の任務三昧に、魔神の息子だからという理不尽な罵倒。
あげくの果てには、任務地に置き去りにされてしまった。
鍵を持っているので帰れないことはないが、団体行動を主としているのだから普通点呼くらい取るだろう。
次の瞬間。燐が取った行動は衝動的なものだった。
携帯電話の電源を切る。これだけで今の便利な世の中から隔絶された。
そして、自分に着いているだろう監視にも炎で目くらましをかけておく。
ちょっと前に身につけた便利な技で、陽炎を見せて視界を惑わす方法だった。
燐が離れれば姿を消すので害もない。
「疲れた、本当に疲れたんだ・・・」
誰にも連絡を取らず、燐はその場から姿を消した。
燐が失踪したことに日本支部が気づいたのは、それから三日ほどたってからのことだった。
***
「どういうことですか!」
雪男は目の前の報告書をたたきつけた。
報告書には燐が最後にいた場所のことが書いてあるだけで、足取りは依然として掴めない。
メフィストは叩きつけられた報告書を取り上げるとぱらぱらと興味なさそうにめくった。
「どうもこうも失踪でしょう。なあに思春期にはよくあることだ」
「兄はもう学生じゃありません!」
雪男と燐は正十字学園を卒業して現在は祓魔師として生計を立てている。
雪男は祓魔師として所属はしているが本業は大学生だ。休職扱いになっている為、
以前に比べれば任務に出る回数は減った。その代わりに燐が出る回数が増えている。
燐はある任務を境に失踪してしまった。任務自体は簡単なものだったのだが、組んだ相手が悪かった。
生粋の純血主義者で、悪魔を毛嫌いしているヴァチカン所属の祓魔師がリーダーの
グループにあてがわれてしまったのだ。
普通なら仲違いするような相手と組ませることはしない。
今回なぜそんな悲劇が起きたかというと、グループの実力が今回の任務に合っていなかったからだ。
燐がいてようやく均衡が取れるなど、祓魔塾生にも劣る実力と言われてもしょうがない。
しかし、バックに着いているのは強力な血筋主義者やヴァチカン所属の貴族だ。
敵に回せばあることないこと吹き込まれて、騎士團での地位が危うくなってしまう。
誰も組みたがらないところにいたのが、これまた騎士團の信用がまだまだ低い燐だった。
燐はお坊っちゃんのお守り兼、捨て駒のような扱いを受けたわけだ。怒ったとしてもしょうがない。
でも、誰にも連絡を取らずに失踪するのは社会人としてはどうなのだろう。
雪男が怒っているのはそこだった。
SOSを出してくれたなら、こっちだって対処の仕様があったのに。
兄は何も言わずに消えてしまった。なんて腹立たしい。弟がそんなに信用できないのだろうか。
「帰ってきたらたっぷり叱ってやる!」
「・・・思うんですけど、奥村君が逃げた原因の一つって先生じゃないんですか?」
「え、いやそんなこと」
ないとも言い切れない自分がいた。雪男は思い返す。
そういえば大学生活が忙しくて任務に着いていけない分、
しっかりと自分の身を守れるようにと色々なことを頭に叩き込んだ。
仕舞にはオーバーヒートして頭から煙を出していたのだが、兄の為を思ってと心を鬼にして教えこんだのだ。
もしかしてあれが辛かったのかな。
雪男は思うが、燐ではないのでどう受け止められたのかはわからない。
「でもそれを言うとフェレス卿だってそうですよ」
「何がですか」
「兄に変な輩と任務組ませたり、かと思えば休日返上の任務三昧。労働基準法違反です」
「過酷な労働に耐えかねて、ですか」
脳裏によぎったのは過労死という言葉だった。
つい最近まで雪男に当てはまっていた言葉だが、今では燐にお似合いになってしまった。
メフィストは指を折って何かを数えている。四本の指が曲げられた。
「なんですかそれ」
「奥村君の睡眠時間数えてみたんです」
見て雪男は驚く、一日四時間だ。一日十時間は寝ないといけない体の兄からしたら苦痛だろう。
雪男はショートスリーパーなので問題ないが、睡眠時間は体質の問題だ。
いくら訓練しても直るものでもない。雪男は燐が可哀想になってきた。
疲れていたんだな。と思った。だが雪男の予想は大きく外れていた。
「二週間で四時間ほどですね」
目が点になった。二週間で四時間。何日寝ていないんだ。
睡眠のペースは定かではないが、四時間寝て二十時間動いてあとは全て徹夜ということも。
あり得ない。雪男が祓魔師として働いていた時以上の激務だ。
雪男の脳裏に過労死という言葉が現実味を帯びてきた。
「もしかして失踪じゃなくて、どこかで倒れてるんじゃ・・・」
どっと嫌な汗が噴き出してきた。雪男は携帯で呼び出して見るが、一向に繋がらない。
メフィストの方を見てみるが、燐の魔力の足跡が微量すぎて辿れないらしい。
ますます燐の行き倒れ、過労死が濃厚になってきた。いやそれならまだましだ。
どうしよう。雪男の脳裏にはビルの屋上から身を投げる燐や、電車に跳ねられる様子が浮かんできていた。
悪魔だから治癒力があると侮ってはいけない。
普通より死ににくいというだけで、悪魔だって死ぬ時は死ぬのだ。
一刻も早く兄を見つけなければならない。
雪男が部屋を出て行こうとすると、携帯が震えて着信を告げていた。
兄からだろうか。急いで確認すると、メールだった。送信者はしえみだ。
しえみが携帯を持つようになる日がくるとは夢にも思わなかったが、
祓魔師になってから任務に必要だからと持たされたらしい。
この間も使い方を教えて欲しいと頼まれたことがある。
それを兄である燐が動揺しながら訪ねて来たので、
自分達の関係性は高校生の時から全く変わっていないのだな。としみじみ思った。
兄が動揺する姿がおもしろかったから放っておいたけれど、
今思えば精神的なダメージを与えるべきでなかったと悔やまれる。
しえみの用事は何だろう。今日は特に祓魔屋に行く約束などはしていない。
雪男は急いでいたが、確認だけは怠らない。開いたメールは度肝を抜く内容だった。
「ゆきちゃんたいへん!ヴァチカンでりんがからだをうろうとしているよ!」
変換ミスすらできていない操作性が恐ろしかった。
***
燐は疲れていた。そして現在ヴァチカン本部の中庭でうずくまっていた。
逃げたいと思った先が燐にとって敵とも呼べる騎士團本部とは、自殺を疑われてもしょうがない。
燐は疲れていた。しかし、正気はまだ失っていなかった。
燐が衝動的に行った逃走は、わずか一時間で終わっている。
燐が逃亡すれば戻ってきた時に状況が更に悪化しないとも限らない。
雪男にも迷惑がかかる。だから社会人として最低限の礼儀は取らなければならないと思ったのだ。
休ませてください。本部にそれを訴えたかった。
でもそれをする前に歩けなくなってしまった。睡眠を取っていないので体が限界だったのだ。
中庭の木の下まではたどり着いたが、そこからどうにも動けない。
いっそ眠れたらよかったのだが、ヴァチカン本部には対悪魔用の結界が張られていて
その効果が燐の神経を苛む。
寝たいのに眠れない。なにこれ辛い。
それがかれこれ三日ほど続いている。燐はもう三日ここから動いていないのだ。
普通なら誰かが気づきそうなものだが、ヴァチカン本部は祓魔師の総本山なだけあって誰もが忙しい。
中庭はあれど、便利鍵があるので外に出る必要もないのだろう。ここを通る者はこの三日一人もいなかった。
燐は携帯を取り出した。最初は切っていた電源は、今は電池切れでうんともすんとも言わない。
例えばここで魔神を憎む輩がいたら間違いなく殺される自信があった。
燐の徹夜期間は既に二週間以上。まともな判断力はない。死んでいないだけ奇跡だ。
「死んだら寝れるかな・・・」
ああ昼間の日差しが辛い。目が焼かれる上に灰になってしまいそうだ。
燐が膝を抱えていると、草むらの上で何かが動いていた。
目を開けると、グリーンマンが燐に向かって何かを話しかけている。
にーにー!と話す言葉を聞いて燐はわずかに正気を取り戻す。
「しえみが来てるのか」
しえみが召還しているグリーンマンのニーちゃんだったらしい。
しえみと聞いて芋づる式に記憶が甦った。しえみと雪男がまた何かこそこそしてた。
まさかつき合っているのかと問いただせば雪男は馬鹿にしたように笑うだけ。
高校時代の悪夢が思い出される。燐の精神が更に追いつめられた。
「俺・・・いなくなった方がいいのかな」
燐の目に光が無くなった頃を見計らったように、声がかかる。
「じゃあ僕のところに来ない?」
燐が顔を上げると、そこにはチューリップハットを被った気だるい男がいた。見たことのない男だ。
目元が隠れているので如何にも怪しいけれど、燐にその判断をする余裕はない。
誰かいる。くらいの気分だ。
男は燐の頬をぺたぺたと触った。隈がすごいね。と話しかけている。
燐の状態を確認しているようだ。
「あんた誰」
「僕はライトニング、騎士團に所属している祓魔師だよ。
召還系を得意としているんだけど、よかったら僕のところに来ない?眠れるよ」
「眠れるのか」
「うん、それにある程度の権力持ってるから騎士團で自由にもしてあげれるかなぁ」
「俺はどうすればいいんだ?」
燐だって、そんな甘い話がないことくらいわかっている。
でも眠れるという餌に飛びついてしまった。
今は一刻も早くここから離れて寝たい。とにかく寝たい。
ライトニングは悪い顔をした。魔神の落胤、奥村燐が三日前からここで死にそうになっていたのは知っていた。
三日前だったらまだ燐は判断力が残っていた。
だからわざわざ放置して、結界も強めに張って、人もここに近づかないように気を使っていた。
獲物は徐々に追いつめて捕らえるものだ。
「簡単さ、僕と契約して使い魔になってよ」
ライトニングは一枚の紙を取り出した。
弟の雪男にはモリナスの契約書にサインさせたが、兄である燐には直属の契約を結ばせよう。
使える駒は多い方がいい。
魔神の落胤が手元にいれば便利だし、おとりにも使えるし、何よりきっとおもしろい。
燐が契約書を受け取ろうとすると、下の方からにーにー!と訴える声が聞こえてきた。
グリーンマンがやめてやめて、と必死に訴えている。燐はやめるべきかと考えた。
でも、寝れるという餌に飛びついてしまいたい。
グリーンマンは揺れる燐の思いに気づいて、このままではまずいと考えた。
なんとかしてご主人に知らせなければ。ニーちゃんはこの様子をしえみにテレパシーで報告した。
契約者と使い魔は繋がっている。だから、離れた場所からでも連絡や報告が可能だ。
ライトニングもこの力を利用して諜報活動を行っている。
ライトニングはニーちゃんの存在に気づくと、ぺしっと指で弾きとばした。
哀れ、ニーちゃんは召還を解かれてしまう。燐の味方はいよいよいなくなってしまった。
「君の願いを、僕は叶えてあげられるよ」
甘い言葉を吹きかける。まるで白い獣の営業活動のように。
燐がその契約書にサインをしようとすると。
「駄目――――!!!!」
雪男が間一髪で間に合った。声が太いのはご愛敬だ。雪男は時をかける女子ではなく男である。
ライトニングと燐の間に入って、契約を阻止する。
「これは罠だ、誘いに乗るな!」
「雪男・・・お前しえみは・・・」
「しえみさんから、連絡を受けてきた。命を粗末にするな!」
使い魔の契約は一度交わすと破棄することはできない。
そのため大抵召還者側が有利になる契約を取り付けるのが一般的だ。
雪男は振り返って燐の状態を確認した。
目が死んでいた。こんな状態の兄を見るのは初めてだ。
如何に兄が追いつめられていたのかが理解できる。
でも、燐には雪男がなにを言っているのか理解できていなかった。
燐が理解できたのは、雪男が自分に向かって怒っているということだった。寝不足とは恐ろしい。
「お前まで俺に寝るなっていうのか・・・ひどい・・・こんなのってない・・・あんまりだ・・・」
「ま、待って兄さん違うんだよ」
譫言のようにつぶやく兄を見ていられなかった。
おろおろと弁解する弟、病んでいる兄。
そんな兄弟の姿を見て、ライトニングは今日のところは引き下がるよ。と声をかけた。
雪男がライトニングを睨みつける。
油断も隙もない男だ。自分だけならまだしも。兄にまで契約を持ちかけるなんて。
「奥村燐君。僕と契約したかったら何時でも声をかけてくれ。待ってるからね~」
そう言って消えていった。絶対にそんなことさせるものか。
聖騎士の参謀は油断のできない男だ。
雪男は燐を背中に背負うと、近くにあった扉に鍵を指す。
帰る前にしえみに一言メールを打っておいた。
彼女とニーちゃんの功績がなければ燐はライトニングと契約していただろう。
使い魔の契約とは、契約者へ悪魔の命をかける行為だ。
言い方はまずいが、体を売っているのと同じである。
たぶんしえみはニーちゃんからの言葉をそのまま伝えたからあんな表現になったのだ。
「兄さんを使い魔になんか絶対にさせない」
雪男は燐を背負い直すと、扉をくぐった。
着いた先は六○二号室。二人の家だ。雪男は死んだ目の燐を布団に寝かせる。
燐の目に光が戻ってきた。確かめるように布団に触っている。
安心したのだろう。目をそっと閉じた。
「ああ、布団。俺の最高の・・・友達」
久しぶりに自分の家の布団を味わった燐は、そう呟いて意識を失った。
雪男は早く自分も祓魔師の道に戻らなければと思った。
燐は働きを認められてはいるものの、悪魔だからという理由で昇進を許されていない。
現状、休職中の雪男の方が階級が上なのもそのせいだ。
下っ端はいいようにこき使われるのが世の常。
雪男は兄を守るために、昇進への道を心に決めた。
そう、この件には裏がある。それに雪男は気づいている。
騎士團の思惑に踊らされるつもりはない。
***
「せっかく任務を押しつけて追いつめたのに残念だなぁ」
ライトニングはそう呟いて、契約書をポケットの中にしまった。
雪男の方は気づいていたようだが、まだ彼は若い。
いつまで兄を守りきれるか見物である。
「さて、次はどの手でいこうか」
参謀の知略はまだ巡っている。
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