青祓のネタ庫
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違う、僕のだ。
雪男の心に宿ったものは、雪男自身が意図していない言葉だった。
今、僕は何を言いそうになった?思わず口にしそうになったが、ぐっと堪えて口を噤む。
目の前にいる藤堂に向き直る。悪魔の甘言に乗るな。
悪魔は人を惑わし、陥れる。祓魔師の心得だ。悪魔の言葉に騙されてはいけない。
先ほどの光景を思い出す。燐にのし掛かり、腹に何かをしていた。燐の体に起きた異変。
巻き付く蔦。寄生する悪魔の植物を植え付けたのは、この男なんだ。
雪男は銃を藤堂へ向けた。藤堂は連結扉の前に立ったままだ。
三両列車の丁度真ん中で、二人は対峙している。
「お兄さんへの執着心を認めないのかい?」
「残された家族を守るのは、当たり前だ。それを執着とは呼ばないだろう」
「それは君のお父さんに言われたからじゃないのかい?君はお兄さんに執着している。
良い意味でも。悪い意味でも。いて欲しいと思いながら、消えて欲しいとも思っている。
人間は矛盾しているよね」
「何が言いたい」
「素直になればいい、と言っているのさ」
「素直・・・?」
「お兄さん、力を奪われて弱っているね。だからずっと君の傍にいるよ」
欲しいのだろう。お兄さんが。それを他の人間も思っている。君のお兄さんは、とても貴重な力を持っている。
そのためにあらゆる存在から狙われている。君がいくらがんばっても、本人に自覚がないのなら、
いつまでも変わりはしないよ。藤堂は雪男に話しかける。
兄が弱っていることが、嬉しいのだろう。
そんなことはない。そんなはずはない。雪男は努めて冷静に藤堂に問いかけた。
「お前の目的は、一体何だ」
「一言で言えば、自由を求めているんだ」
藤堂はカルラの炎を呼び起こした。それは藤堂の周囲をうねって燃え盛る。
あれに飲まれれば、ひとたまりもないだろう。ナイアスを呼び出せば、少しは抵抗できるだろうが。
雪男の額に冷や汗が伝う。
藤堂と雪男には、決定的な力の差がある。
「僕は力が欲しかった。だからカルラを手に入れた。目的を成し遂げる為には、力が必要だ。
力があれば、人は自由になれる。君は騎士團に疑問を持ったことはないのかい?
騎士團に従うことで、本当にお兄さんを守れると思っているのかい?」
それは雪男が常に感じていた疑問だった。
兄を守るために、祓魔師になった。でも騎士團は保留になったとはいえ兄を拘束し、処刑しようとした。
もし、その決定が裏返ったらどうだろう。ずっと守りたいと思っていた兄が奪われてしまうのだ。
目の前から消えてしまうのだ。そんなことは許せない。
だから、目の前にいる男のことも雪男は許せない。
銃を撃った。男の頬をかすった。致命傷にはならない。
「兄さんに、寄生型の悪魔を取り憑かせたのは僕への当てつけかッ」
兄を守ることなどお前にはできないと言われているようで、腸が煮えくり返りそうだ。
「あはは、君の執着の証みたいだろう?体中に巻き付く荊だなんてさ」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
激昂する雪男に向かって、藤堂は火の球を放った。当たれば火傷では済まない。
銃を天井に向かって撃つ。召還の言葉を唱えれば、雪男と藤堂の前に水の壁ができた。
火の球は水の壁に吸収されて消えてしまう。やるね。と藤堂はつぶやいた。
ナイアスを使った、防御の陣だ。雪男はここで死ぬわけにはいかない。
藤堂の言葉に惑わされてはいけない。
「あの悪魔は、お前が創ったものなのか」
「鋭いね、調べたのかい?」
「騎士團への忠誠心が厚い、古くからの家柄なんてそう多くはない」
「創るのにはお金も時間もかかるんだよ。僕が家にいた頃には失敗だらけだった。
成功したのは、騎士團を出てからだよ」
「なんだと・・・?」
家を出てから、という言葉に雪男は引っかかった。一人でできるほど悪魔の配合は簡単ではない。
それなりの施設と資金がなければ不可能だ。だからこそ、資産のある家柄が行うようになったのだろう。
藤堂の背後には、なにかがあるのか。雪男は警戒を強めた。
藤堂以外にも、兄を狙っている者がいるのかもしれない。
藤堂は蔦ではなく、荊だと答えた。藤堂はあの悪魔の配合も正体も知っている。
必ず答えを知っているはずだ。
「答えろ!あの茨を排除する方法を!」
雪男は防御に使っていたナイアスの水を使って藤堂に襲いかかった。
藤堂の体が水に飲まれる。しかし藤堂は水の檻をいとも簡単に破った。
炎の威力が増す。それは兄のあたたかい炎とは違う。
殺戮と血にまみれた、赤い憎悪の炎だった。
「ないよ」
藤堂は残酷な真実を告げた。
雪男は藤堂に向かって銃を撃つ。弾は弾かれて電車の壁に当たったようだ。
壁から何度も音が聞こえてきた。やがて銃声が止んだ。
静かになった車内。電車が揺れる音だけが聞こえてくる。信じたくはなかった。
あの茨はもう根を張っているのだと。そうなる前に、取り除かなければならなかったのに。
手遅れ。という言葉が頭をよぎった。
宿り木もそうだ。寄生型の悪魔は、取り憑いたが最後宿主を喰い殺すまで成長を止めはしない。
「茨は成長し、葉を付けて蔦を伸ばす。芽吹いた蕾はやがて一つの花を付ける、ここにね」
藤堂は自分の心臓の部分を叩いた。
蔦は、腹の部分から成長していった。今肋骨の下の辺りまで成長していたはずだ。
雪男の心臓が早鐘を打つ。
あの蔦が、心臓までいってしまえば。想像することはたやすい。
宿主の悪魔の力を糧にして、蔦は成長を続け。
やがて心臓を喰い破って花を付ける。
「お兄さんの胸に咲く青薔薇はさぞや美しいものになるだろう」
藤堂は腕を広げた。崇高な儀式でもしているかのようだ。
生け贄は、燐の命。悪魔は雪男の大切な者を奪おうとしている。
そんなことは許さない。絶対に。
雪男は持っていた聖水を振るった。
聖なる力を使うのに、雪男の瞳には確かな憎悪が宿っていた。藤堂は告げた。
「良い瞳だね、悪魔みたいだ」
「黙れ!」
雪男の声で、電車の壁が青く光った。先ほど撃った銃弾は魔法弾だったのだ。
雪男の声で呼び出された巨大な水流が藤堂を電車の壁に押し付ける。
藤堂は炎の球を電車の壁にぶつけて穴を空けた。
水流が空いた穴へ吸い込まれる。藤堂もそうだった。
藤堂は外の暗闇に飲まれながら、雪男に告げた。
「君には、助けられないよ」
どうあがこうともね。
藤堂はそのまま電車から投げ出され、やがて見えなくなっていった。
これを狙っていたのだろう。まんまと逃げられてしまった。
雪男はそれでも電車に空いた穴を見続けていた。
そこには底知れない暗闇が広がっている。
兄さんは、助からない。
求めていた結果と違うことは、この世界ではよくあることだ。
その結果を認めたくないから、人はあがく。人は力を求める。結末を変えるために。
悪魔に堕ちた藤堂は、力を手に入れた。
雪男にはその力はない。雪男は人間だからだ。
「・・・兄さん」
無性に、兄に会いたくなった。
***
寮に戻ると、そこには勝呂と燐がいた。
しかし、格好がおかしい。勝呂が燐を抱えているし、燐はその勝呂からなんとか逃げようとしていた。
燐は雪男の姿を見つけると、雪男の元に駆け寄ってきた。
普段は暖かい燐の手が、今は冷たい。そんな違いに雪男の心はひどく揺さぶられた。
「お前、熱あんねんから大人しくせえ!」
「うるせー!トイレくらい一人で行けるっての!」
どうやら、熱で足下がおぼつかない燐の世話をしようとしたらしい。
燐自身は熱など出したこともないし、人の手を借りることが恥ずかしいのだろう。
別に勝呂はトイレの介助までしようとしたわけではないのだが。
勝呂が燐に手を伸ばそうとするが、雪男はやんわりとその手を拒んだ。
背後にいる燐の手をもう片方の手でそっと支える。
「すみません勝呂君、夜遅くに兄さんの世話を任せてしまって」
「それは別にええんです」
お互いに視線を交わす。勝呂は何かを悟ったようだった。
「先生が帰ってきたことやし、俺はもう帰るわ」
「ありがとうございました勝呂君」
「ありがとな勝呂!」
「お大事にな」
勝呂は部屋を出ていった。雪男は燐の体をひょいと簡単に持ち上げて歩き出す。
「え、何してんの?」
「トイレ行きたいんでしょ」
「歩いて行けるっての!」
燐は勝呂の時と同じく抵抗するが、雪男は燐に対して容赦がない。
そのままいいように運ばれてしまった。
燐はふてくされた顔をしながら、すごすごとトイレの中に消えていった。
扉を閉めると、雪男はトイレの近くにある階段の踊り場を確認した。
そこには帰ったはずの勝呂がいた。二人は壁に背を預けて、小声で話し始める。
「原因は、藤堂だったようです」
「俺も奥村に確認しました。奥村は電車内で襲われた言うてました」
「よく兄さんが話しましたね」
「俺が無理矢理聞いたんです、すみません」
「責めてはいないんです。ただ、僕には言ってくれなかっただろうと思って」
自分も兄に隠し事をしているくせに、兄に隠し事をされると複雑な気分になってしまう。
兄弟なのに、うまくいかない関係がもどかしかった。
「奥村に先生には言わんでくれって頼まれました。
でも、あいつの状態を見る限りそんな状況じゃなさそうだって思って」
「・・・やはりそうですか」
蔦が心臓にたどり着けば最後だ。なんとかして助ける方法を見つけなければならない。
雪男の表情を見て理解したのだろう。勝呂が渋い顔をして質問する。
「先生、藤堂に会ったんですか?」
「ええ」
「そうなると、奥村は・・・」
「状況は、芳しくありません。今はそれしか」
「・・・そうですか」
その言葉だけで十分だった。勝呂は壁から離れて、階段に向かう。
もう、自分にできることはないと悟ったのだろう。それでも。
「俺にできることあったら言うてください。藤堂ぶん殴るくらいはできます。力になりたいんです」
「ありがとうございます」
勝呂が去って一人残された踊り場で、雪男の表情は重かった。
このままじゃ兄さんが死んでしまう。なんとかしなければならない。
でも、どうやって。一度巣くった寄生型悪魔は剥がれない。
だから燐の腕に悪魔が取り憑いた時は無理矢理引き剥がしたのだ。あの時は処置が早かった。
もっと早く気づいていればと、後悔が止まない。
音が聞こえてきた。トイレの水を流す音だろう。
終わったのか。ひょこっと燐がトイレから出てきた。
「雪男、なんでそんな所いんだよ」
「・・・なんでもないよ」
雪男は燐のそばに駆け寄って燐の体を支えながら部屋への道を歩き出す。
兄の体はこんなにも軽かっただろうか。
燐の体がよろける。雪男の視線は自然と燐の足へ向かった。
そこには、蔦が絡み憑いていた。
勝呂の言葉を思い出す。そんな状況じゃない。と呟いた言葉。
もはや一刻の猶予も残されてはいないのだ。
保健室で見た時には、なかったのに。雪男の背筋に冷たいものが流れた。
思わず燐を引き寄せて抱きしめてしまった。
「どうしたんだよ?」
突然のことに燐は驚いているが、雪男は黙ったままだった。
燐は自分より背の高い弟の頭をそっと撫でてやる。
昔に戻ったようだった。
このぬくもりがなくなったらどうしよう。
雪男はそんな不安を押し込めて、燐に笑って答えた。
「なんでもないんだ」
燐はそうか。と答えた。
雪男が何かを隠していることを、燐は気づいていた。
手のひらが自然と腹に向かう。
藤堂に植え付けられた種は、兄弟の間に確かな不安を芽吹かせていた。
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