青祓のネタ庫
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ぴろりん。という音が響いて雪男に着信があることを告げる。
ホテルの部屋でくつろいでいたところでの連絡。メールだった。
画面を開いたそこには燐がお弁当をこちらに向けて差し出している画像があった。
雪男は噴いた。送信者を見れば、勝呂とあった。
本文には、奥村が心配してましたので。と書いてある。
クラスメイトになんて恥ずかしいことさせるんだ。
雪男は今任務で海外にきている。燐とはもう一週間近く会えていない。
お弁当を差し出しているということは、おそらく食事の心配をしているのだろう。
雪男は画面を見て、心が揺れ動かなかったわけではない。
味付けの濃い海外の食事をとり続けて、ノイローゼ気味になっていたくらいだ。
ああ、しょうゆが欲しい。おにぎりが食べたい。
皮までぱりっと焼いた焼き魚が食べたい。
「くっそ!自分だけおいしいもの食べてッ」
雪男は追いつめられていた。任務は長丁場になったが、そろそろ目処が付きそうだった。
やっと帰れると思っていたところで、日本の食事に飢えていたところで、こんな画面を見せられて。
心配してくれているんだな。という思いよりも、うらやましい。という妬ましさの方が勝った。
雪男が本当に恋しいのはその兄の手料理なのだが、すさんだ精神ではまともな回答など期待できない。
雪男は返信をせずに、携帯を閉じた。
ふん、僕が戻るまで心配でもしてろ。ささやかすぎる嫌がらせだった。
雪男は気を取り直して道具を整理しようと鞄の中身を広げる。
念のためにと持ってきた医療道具や、薬草、事務用品が雑多に詰め込まれていた。
いらないものも、増えてきたようだ。
雪男はストレスが貯まると周囲にあるものを整理整頓して、時には捨てることで発散していた。
いらないものを捨てることで、身軽になる気がするからだ。
仕分けのやりがいがありそうな道具をずらりとならべて、いるものといらないものに分けている。
自分一人の裁量でどうとでもなる、この快感。たまらない。
雪男は若干十五歳にしてサラリーマンのような趣味に目覚めていた。
天才といえどもストレスは貯まる。しかも発散の仕方が地味だ。
雪男は天才だ主席だなんだと目立っているが、本人的には地味に生きていけたら一番だと思っている。
人間、やはりないものねだりをしてしまうらしい。
雪男はずらりと並べたいらないものを、ひとつひとつ携帯で写真を撮っていった。
そして騎士團の祓魔師専用のサイトにアクセスする。
そこは祓魔師専門のオークションサイトだった。
祓魔師が使うものはいわくつきのものが多く、おいそれと一般に出せるものではない。
つまり、いらないものがあっても処分しにくいものばかり持っている職業なのだ。
そこで日本支部長のメフィスト=フェレスが考案したのがオークションという手法だった。
騎士團の支部は全世界にある。本人にとってはいらないものでも、
他の支部の誰かが欲しいものは必ずある。
ここ数年で導入されたものだが、当初の思惑よりも好評だった。
今では必要なものがあると雪男もここを利用するようになり、また出品もするようになった。
オークションでいらない物が売れていき、値段がつり上がる快感はやめられなくなりそうだ。
悪魔の思惑にハマっている気がしないでもないが、
もったいないが南十字男子修道院のモットーである。
雪男はあくびをした。ちらりと時計を見れば、もう寝る時間だった。
海外だと時差があるせいで慣れない。
無理をして任務に支障が出てはいけないので、アップロードするだけにしよう。
値段の追いかけや状況などは後からでも確認できる。
雪男は眠い目をこすりながら、数点の出品を完了させた。
さて、数日でどう変わるか楽しみだ。
雪男はベッドに横になった。あと少しで日本にも帰れるだろう。
そうすれば、ネットも自由にできるしオークションもやりやすくなるだろう。
静かに眠りに落ちていく。夢で兄が雪男の好物を作って渡してくれた。
起きた瞬間に死にたくなった。
***
そして更に数日が経過した。
任務が終わると思っていたのに、まだ長引いていた。もう限界だった。
主に雪男の食欲が。なぜしょうゆを持ってこなかったのだろう。
後悔しか浮かんでこない。鍵を使って戻ればいいという意見もあるだろうが、
任務の最中に許可なく鍵を使用することは禁止されている。
きつい任務だと、そのまま逃げかえる者もいるからだ。
しょうゆが欲しいので帰らせてくださいなど、雪男に言えるわけもない。
くやしい。シュラがいたら酒が欲しいから。
つまみが欲しいから帰りますというわがままも言ってくれるのに。
それに同行することもできただろうに。くやしい。シュラがいればと思うことすらもくやしい。
虚ろな眼差しの雪男は数日任務のせいで見れなかったオークションにアクセスした。
今や楽しみといえば出品物の値段がつり上がっていくことくらい。
出品してから今まで覗けていないので、ああどのくらいの値がついているのだろうか。
高鳴る胸の鼓動を押さえてマイページをクリックした。
雪男の目が点になった。
見たことのない金額がついている。ゼロの桁が違う。いったいなにがあった。
雪男は震える指で金額が跳ね上がっている品にアクセスした。
驚愕した。というより、冷や汗がどっと出た。
「に、兄さんッ!?」
飛び上がった。なにこれ。いったいどうして。
出品写真には見覚えがあった。勝呂から送られてきた写真だ。
弁当を持っている写真だった。雪男は自分で書いた商品説明を見て、絶望した。
長年使用してきましたが、この度不要になったため出品致します。
使い古したものですが、品質は保証します。
必要な方がいらっしゃったら、どうぞ貰ってやってください。
最悪だ。人生で最悪の瞬間だ。
本当なら、使い古した入門悪魔薬学セットを出品するはずだったのに。
アップロード画像を間違えたのだ。眠かったからか。
間違えたのか。僕。間違えて自分の兄を出品するとか。
その上説明の文章も最悪である。何様だ自分。
雪男はこの兄のオークションがオークション史上類を見ないレベルで白熱していることを知った。
更新されるごとに値段が跳ね上がっている。おい、これ人身売買だろう。
このサイトの規約どうなってるんだ。
カテゴリを調べると、魍魎の瓶詰めと同じカテゴリに分類分けされていた。
タグで振り分けする新機能ができたと聞いていたが、誰かが指定したらしい。
悪魔の体液や体の一部は使い方によっては薬になることもある。
或いは実験動物的な意味合いでも取り引きされていることもある。
つまり、燐は人間ではなく悪魔としてのカテゴリで取り引きされようとしているわけだ。
それならば規約違反にはならないだろう。
雪男はキレた。出品したのは自分だが、通報しようともせず白熱したネットバトルで
燐を競り落とそうとしている連中が許せなかった。今すぐ取引停止だ。
雪男はアクセスしようとするが、エラーが出てはじき出される。
調べたら、オークション管理者と百以上のやりとりをしなければ
出品取り下げができないように仕様が変更されている。
このままでは取引が成立してしまう。時間がない。
ならばと雪男はオークションで高値をつけている輩をピックアップした。
「値段を釣り上げているのは、この上位二人だな。
一人は『ASタロト』ともう一人は『サマL』・・・か。くそ、金に物言わせる汚い大人めッ!」
しかも、お互い別の掲示板で罵り合っているらしくその喧嘩もまた火に油を注ぐことになっていた。
またそこに悪魔研究者の輩が絡んで、一回は魔神の落胤を調べてみたかったから
競り落としたら連絡が欲しいだの言っている。
もう、収拾が付くような状態ではない。雪男は覚悟を決めた。
ここは、海外だ。やるなら、日本に戻る前に収束させなければならない。
「・・・見てろ」
幸い、任務は今度こそカタがつきそうだ。明日は雪男がいなくても平気だろう。
溜まりに溜まった有給を使ってやる。
雪男は手早く有給の申請を行うと、出張時に持ち運んでいる私用のパソコンを取り出した。
サーバーは、海外を経由。足跡は残さない。このパソコンも本日で破棄確定だ。
「ぶっこわしてやる」
その日の真夜中。正十字騎士團のオークションサイトは跡形もなく破壊された。
当然、その日取り引きされていた内容は全て削除。
被害額は世界規模だったので相当な金額に膨れ上がった。
新種のウィルスとサーバーを狙ったハッキングが主な原因らしいが、犯人は最後まで見つからなかった。
***
後日、雪男は涼しい顔をして帰国した。
メールも返信できなかったけど、燐はきっと食事を作って待っていてくれるはずだ。
喜び勇んで部屋の扉を開けると、そこはもぬけの空だった。
買い物にでも行っているのだろうか。
雪男はふと燐の机にあった紙に目がいった。
そこには、あのオークションの画像と出品内容が書かれた画面が出力されていた。
長年使用してきましたが、この度不要になったため出品致します。
使い古したものですが、品質は保証します。
必要な方がいらっしゃったら、どうぞ貰ってやってください。
その横には出品者の名前、奥村雪男の文字が。
やられた。こんなことをする人物など一人しか思い当たらない。
あのサイトの管理を行っている、日本支部長メフィスト=フェレスしか。
こんなにおもしろい出来事をメフィストが見ていないわけがなかったのだ。
メフィストは実はオークションに参加していたのだが、
オークションが無効になったと知るやいなや、現実で強引に部屋に押し入って燐を落としたのだ。
雪男に捨てられたと思った燐を落とすのは簡単だっただろう。
悪魔の甘言をささやいて、導く先は己の屋敷。
そこで、朝昼晩とご飯を作って貰っているのだ。
兄さんに。僕が食べるはずだったご飯なのに。雪男はキレた。
「見てろ・・・」
愛用の銃の安全装置が外された。雪男の目はサイトを破壊した日と同じ色をしていた。
「ぶっこわしてやる」
その日、メフィストの屋敷から銃声と青い炎が舞い上がったことは言うまでもない。
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