青祓のネタ庫
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そこにいるのに、決して見ることができない。
気づかぬうちに忍び寄り宿主の体を貪るそれは、病魔のような毒性を持った恐怖そのものだ。
雪男は震える声で、メフィストに言った。
「悪魔は見ることができない悪魔が存在するなんて・・・」
同族の悪魔を捕らえるために進化した悪魔も実は存在している。
食虫植物に取り憑くそれは、悪魔や人を香りで引き寄せて補食することを
目的に自身を変化させたのだ。
人はすべての悪魔を知っているわけではない。
人間が把握していない悪魔など五万といるし、虚無界の悪魔すべてが物質界に来れるわけでもない。
この悪魔は、おそらく今まで人が出会ったことのないタイプのものだ。
この悪魔の存在がバレれば、騎士団は大喜びだろう。
天敵の悪魔を気づかぬうちに殺していく悪魔。
敵である悪魔に取り憑かせて命を奪っていけば、祓魔師の損害を最小限で押さえることができる。
その上、悪魔には見えず、人には見えるのだ。
人はこの悪魔について警戒することができる。悪魔はそれができない。
人の為に存在するような、悪魔だ。
雪男はそれがひっかかっていた。
「フェレス卿、悪魔が見えない悪魔とは・・・存在しますか?」
メフィストは少しの間考えて、答えた。
「虚無界にないとも限りませんね。
アザゼルの眷属などは体がそもそもありませんから、簡単に姿を眩ますことができます。
しかし、寄生型の悪魔となるとそうはいきません。
この私が関知できないとなると、新種かもしれませんね。しかも見えないとなると対処の仕様もない」
メフィストは指を滑らせて、燐の体を探った。
その手つきは蔦の存在を気にもかけていないようであった。
やはりそうか。雪男は授業中に読んだ本の内容が気になっていた。
もしかしたら、これは人が創った悪魔なのかもしれない。
すべての悪魔は、魔神から生まれたのだという話がある。
だがこうも人間に都合のいい悪魔を、魔神が創るだろうか。
そうなると、魔神が関知せず、人間側が悪魔同士を掛け合わせて創った悪魔だとしたら。
人間はどこまで傲慢な生き物なのだろうか。
雪男はぞっとした。人間の狂気の証が目の前にある。そんな気がした。
メフィストは燐の腹の辺りで手を止めた。
しばらく探るように撫でると、雪男の度肝を抜く質問をした。
「奥村君、夜の営みの経験ってあります?」
「は・・・?」
何を言われたのかわからなかった。夜の、営み。寝ることだろうか。
いや、寝るって普通の意味じゃない。つまり、そう。保健体育の授業の実践のことだ。
メフィストは正十字学園の理事長である。
前途ある若者を教育し、正しい道へ導くのがその役目だ。悪魔だけど。
この人、何言ってんの。それが雪男の素直な感想だった。
メフィストに言わせれば、セックスと言わずにぼかして夜の営みと伝えた時点で、
十代に対しての配慮だと思っているのだが、雪男が気づくわけもない。
「・・・あるわけないでしょう」
燐がそういうことができない立場であることはよく理解している。
魔神の落胤は常に監視される立場にあるし、なにより燐はまだ十代の少年だ。
監視と寮生活という拘束された立場でできるわけもない。
なにより雪男は、そんなことがあれば燐の態度が変わるだろうことはわかっていた。
ふふふ、雪男。俺はお前より一足先に大人になっちまったんだぜ。
なにせ兄ちゃんだからな!
くらいは言われそうである。具体的に想像できた。
そんな態度は、見られない。つまり、燐はまだ童貞のはずである。
雪男はここ数日の燐の行動を思い出した。
まず、レモンなどの柑橘系を好んで飲むようになった。
食欲もあまりなかったようだ。
体調が思わしくないのか、トイレで吐いたこともあったらしい。
そして、雪男に触れられることを拒絶した。
雪男は無言になった。
「いや、いや・・・まさか。兄さんは男だ」
「なにか心辺りでも?」
雪男は口を噤んだが、メフィストに話さなければ燐への対応の仕様がないことも理解している。
とても話しにくそうに、雪男はメフィストに報告した。
メフィストは興味深そうにふんふんと雪男の話に耳を傾けた。
この男はなんで興奮しているのだろうか。
すべてを話し終えると、メフィストは頷いた。
「奥村君のお腹の中には何かが宿っていますね」
「ちょっと待ってください。兄は男です」
雪男は信じたくはなかったが、メフィストは雪男の精神を悉く破壊する。
「悪魔は男でも妊娠できますよ、稀ですけどね」
「に、妊娠ッ!?」
雪男はぐるぐると記憶を巡らせた。
そうだ、あの任務を遅刻してきた時から何かがおかしかった。
あのとき、何があったのか問いただしていればよかったのだ。
つまり、あのときに兄さんには何かが起こっていた。腹に何かが宿るような何かが。
雪男の手は震えていた。雪男は縋るように眠る燐の手を握った。
僕はなにをしていたんだ。兄さんを守ると決めていたのに。こんなことになるなんて。
雪男の顔は絶望に満ちていた。
しかし、雪男はここで一つ勘違いしていることがある。
メフィストは、ただ悪魔としての事実を伝えたのみであり、
別に燐が現在妊娠したとは一言も言っていない。
勘違いさせるようにし向けたのは本当だが、メフィストは笑いが止まらなくなりそうだった。
このような危機的状況でもメフィスト=フェレスは正しく、悪魔なのである。
だがこのまま置いておく訳にもいかない。末の弟、燐はまだ利用価値のあるおもちゃだ。
それを横取りされるのは気に入らない。
これは私のものだ。メフィストは燐の腹に触れながら答える。
「ここに、なにかがいます。だが私には見えない。
そこで、奥村先生に協力していただきたいのです」
メフィストはいつものスリーカウントでペンを取りだした。
それを雪男に渡すと、人間には見えるんですよね。と言った。
雪男はメフィストの言葉の意味を掴んだ。
「つまり、兄さんの体に取り憑いている蔦を描け、ということですね」
「ええ、奥村君は現在意識がありません。診察の仕様もありませんので、体に直接描いてください」
雪男はペンを持って、燐の体に向かった。雪男には見えている蔦をなぞるだけだ。
これによって悪魔が暴走するなど。燐になにかしらの不都合が生じなければいいのだが。
雪男はペンを滑らせる。ちらりとペンの本体を見れば水性と書かれていた。
間違えても描き直せそうだ。
肌の上を滑るように描いていく。意識がなくてもくすぐったいのか、燐の体がぴくりと反応を返す。
そのたびにメフィストが燐の体を押さえた。
外部の人間が見れば、通報されても仕方ない程怪しい行為だった。
燐が時折身をよじらせるので、変な気分になってしまう。
雪男は早く終わらせようと、手を動かし続けた。
「よし、できました」
雪男はペンの蓋を閉じて、蔦の状態を見せた。
燐の腹を取り囲むように生えている蔦。異様な光景だ。
メフィストも少し驚いているようだった。
小さな蕾の部分をなぞり、腹の中心。
蔦の生える根元の部分を探ると、指でとん、とそこをついた。なにかを掴んだようだ。
「アインス・ツヴァイ・ドライ!!」
スリーカウントを告げると、蔦の動きが固まったように見えた。
同時に、燐の腕がぴくりと動き瞼が薄く持ち上がる。
雪男は急いで燐に視線を合わせた。
「兄さん、僕がわかる!?」
「雪・・・男」
そう告げると、燐はまた瞼を閉じた。
今まで意識が戻らなかったことを考えると、進歩だろう。寝息が聞こえてくる。
それは容態が安定したことを意味していた。
「これで少しは持つでしょう。眠ってはいますが、そのうち起きると思います。・・・それと奥村先生」
「なんでしょう」
「その、貴方美術の成績は、あまりよろしくなかったのでしょうか」
「テストは満点でしたよ」
「実技の方は?」
「ノーコメントでお願いします」
雪男はメフィストの言わんとしていることがわかったのか、顔を逸らした。
ああ、わかっているさこの悪魔め。雪男の視線は燐の腹に釘付けだった。
そこには蔦と、雪男がなぞったお世辞にも上手いとは言えない乱れた蔦の絵があった。
なぞっただけなのに、どうしてこうなるのだろうか。
葉っぱは四角いし、蕾は三角だ。蔦の線はぐにゃぐにゃで幾何学模様にも見える。
自分で描いていて、せつなくなった。ペンが水性だったのは、本当に救いだ。
燐が起きたら腹芸でもさせるつもりだったのかと咎められかねない。
「次からは、勝呂君にでも頼みましょうか」
「僕から頼んでおきます・・・」
燐を見せることができるメンバーの中で、絵心がある人といえば勝呂くらいしか思いつかない。
彼ならまじめだし、事情を話せばやってくれるだろう。
雪男は後で勝呂にメールを打つことに決めた。
メフィストは眠る燐にまたスリーカウントを唱えた。
煙が消えると、ベッドには青い着物を着た燐が横たわっていた。
「着物なら、洋服よりは着替えさせやすいでしょう。蔦の具合も確かめられます。
容態が急変しないとも限りませんので、当分は奥村君は外出禁止とします。
今日はもう寮に帰らせましょう」
「なら僕が」
「貴方にはやってもらいたいことがあります」
メフィストは懐から小さな小瓶を取り出して、雪男に渡した。
小さな、星のような形をした砂が入っていた。見たこともない砂だった。
「これは?」
「貴方の場合でしたら、銃弾に装填して撃てばいいでしょう。
時間が立っている現場の検証によく使うのですが、
その時なにが起こっていたのかを蜃気楼のように見ることができます。
もちろん、幻のようなものですが。効果は期待できますよ」
時の砂。と言うらしい。
メフィストの持ち物はいつも得体の知れない物が多いが、今回のは特にそうだ。
しかし、役立つ物はなんでも使わせてもらおう。雪男は砂をポケットにしまった。
この足で向かえ、ということだろう。
雪男は燐を見た。眠っている。置いていくことに抵抗がないわけではない。
メフィストを信用することなどできない。雪男は携帯電話でメールを打った。
「兄さんは勝呂君に送ってもらういます。事情は説明しておきますので」
「おや、信用がないのですね」
「ええ。では僕は任務に向かいますので失礼します」
雪男は扉を開けて、保健室から出ていった。
保健室の扉の前には、立ち入り禁止の札がかかっていた。これなら限られた人しか入れないだろう。
続けて、二通目のメールを送った。彼は頭がいいし、クラスが同じなので授業中に出ていく雪男も見ている。
事情を察してくれるだろう。
雪男は頭を切り替えた。燐がおかしくなったのは、あの任務の後からだ。
遅刻してきた原因を辿らなければならない。雪男は制服に忍ばせていた銃を握った。
目指すは、燐があの夜に乗車したであろう駅だ。
***
「奥村先生は、君の為に走っていますよ奥村君」
メフィストは眠る燐に話しかけた。返事はない。
燐の体を包む着物をはだけさせ、燐の腹を撫でた。
ここに何かがいる。メフィストはその事実が大変不快だった。
お気に入りのおもちゃを汚された気分だった。
しかも、自分の想像が正しければこの蔦は最悪の寄生悪魔である可能性がある。
「少しですが、蔦に棘がある・・・これは茨。茨とは、薔薇のことだ。
そして貴方がその身に宿す炎の色を考えると―――」
青薔薇の悪魔。
花言葉の意味は、神の祝福と不可能の意。
なんという皮肉だろうか。
自然界では決して作られることのなかった青い薔薇をその身に宿すということ。
取り憑いているとはいえ、全く別の悪魔をその身に宿らせているなど。
犯されたことと同義ではないか。
「はしたない子だ」
そうだ、なんなら自分の手でこの汚れを上塗りしてやるのもいいかもしれない。
メフィストは上級悪魔だ。交わることで燐の身に宿る悪魔を消滅させることもできるかもしれない。
今ここで意識のない燐をこの手に。
そんな欲望がよぎらないわけではない。
だが、メフィストの力をも取り込んでしまう可能性がないとも限らない。
養分を吸い取って成長する、悪魔の植物。
そうなれば、燐の寿命は確実に縮まってしまうだろう。
メフィストの耳は、ばたばたと廊下を走る音を捕らえた。お迎えが来たようだ。
この手段は、最終手段としましょうか。メフィストは眠る燐にそっと近づいた。
カーテンの影が、一つになってまた離れた。
「よい夢を、奥村君」
メフィストの影が消えるとの同時に、勝呂が保健室の扉を開けた。
そこには腹に茨を宿したまま、ただ眠り続ける燐だけがいた。
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