青祓のネタ庫
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≪ 十二月二十七日の十一時 | | HOME | | メフィストの屈辱 ≫ |
※若干小説版のネタバレ有り。注意です。
兄さんは大丈夫だよ。
雪男は燐に話しかける。
燐は少し笑って答えた。
お前が言うなら大丈夫だよな。
僕は、嘘をついている。
燐の体に巻き付く茨は、メフィストの処置のおかげか当初のような成長はみせなかった。
だが、収まったわけではない。日々確実に成長している。
根本的な問題は何一つ解決していなかった。
雪男は桶とタオルを持って部屋の扉を開けた。燐はベッドの脇に座っている。
足には茨が巻き付いていた。茨が足の甲にまで及ぶころには、燐は歩けなくなっていた。
最初は動かなくなった片足を引きずって動いていたのだが、
雪男が出かけている時に階段で足を踏み外してしまったらしい。
廊下で倒れている燐を見つけた時、雪男は心臓が止まるかと思った。
それ以来、燐は雪男に介助してもらうようにしている。
燐は怪我をしてもすぐに治るので大丈夫だったのだが、
燐が怪我をした時の雪男の表情を見ていられなかったのだ。
燐の足にあるいびつな茨を、雪男はタオルで拭いて消していった。
「勝呂はうまいのにな」
「言わないでよ、僕だってわかってる」
軽口をたたきながら、燐の足に巻き付いている茨を雪男は筆でなぞった。
メフィストから渡された、青いインクで茨をなぞる。これは、茨を押さえるための処置の一つだった。
「次、背中みせて」
「うん」
燐は背を向けた。雪男は燐の肩にかかっている着物の羽織を下に落とす。
肩から、白い背中が見える。タオルを桶に浸して、背中を拭いて。
そして青いインクを燐の背中に乗せる。筆が動く度に、燐の体がぴくりと動いた。
「くすぐってぇ」
「我慢して」
燐の腰を押さえて、筆を滑らせる手を止めない。背中にも、茨は遠慮なく巻き付いている。
白い背中に青いインクで描かれた茨が浮いている。
腰まで落とされた青い着物、そして白い皺の入ったシーツ。
どこか情緒的な光景だった。雪男は燐の体をベッドへ転がした。
片方の足を上げさせる。それは燐が嫌がる体勢だった。
「あだだ!体痛ぇ!」
「兄さんストレッチくらいしたら」
燐の内太股にある茨にも筆を滑らせる。
付け根の方にまで渡るので、ぎりぎりのラインを描かなければならない。
燐は恥ずかしそうにしている。当たり前だろう。
「勝呂君にやってもらう?」
雪男は軽口を叩いた。燐は足を動かして雪男の頭をぱしっと叩く。
「恥ずかしいだろうが」
「だよね」
許されているのは、雪男が身内だからだろう。
友達に世話して貰うのははやり気恥ずかしいものがあるようだ。
燐が倒れてから、燐は学校に行っていない。
メフィストの計らいで休養中ということになっている。
雪男は最低限出席に引っかからない程度に学校に行っているが、
基本的には燐の介護を中心に生活していた。
茨はいつか、兄を殺す。
それを放っておいて、自分だけが日常を過ごすことに雪男は耐えられなかった。
当初燐は大丈夫だから学校に行けと雪男を説得したが、
廊下で倒れていたことが引き金になったようだ。
兄弟は、今二人だけで閉鎖した日常を過ごしている。
朝、雪男は燐を起こす。燐の眠りは深くなってきており、自分では起きられなくなってきているから。
起こす前に雪男が燐の呼吸を確認していることを、燐は知らない。
雪男は燐を起こすと、下の食堂に連れて行く。
雪男の作った味噌汁や刻んだ野菜を最終的に燐が仕上げるためだ。
雪男は自分で作ったものをあまり食べようとしなかった。
燐のおいしい料理に舌が慣れているせいか、自分の作る料理に納得がいかないらしい。
燐は自分が作ると言ったが、包丁を力の入らない手で持つことは危ない。
二人が相談してできた妥協がこれだった。
「おい、野菜はもうちょっと同じ大きさに切れよ」
「そうなるとにんじんの下の方に合わせて切るの?あれ小指の関節くらいしかないじゃないか」
「お前融通きかねぇなぁ」
燐はあきらめた。野菜を切ってくれているだけでありがたい。
味付けと煮込みを終わらせて、スープを作った。
それを雪男が取り分けて、二人で食堂で食事をする。
あたたかいスープは、二人の不安を溶かすようだった。
食事が終わると、雪男は燐を部屋に連れていく。
途中トイレに行きたければ、トイレの個室まで燐を連れていった。
お風呂もそうだ。燐を湯船に浸すのも、体を洗うのも、全て雪男がしていた。
雪男の視界に燐が入らない日はない。
二人だけで完結している世界。
ベッドに下ろされた燐は、言った。
「お前、窮屈じゃないのか?」
雪男は答える。
「大丈夫だよ」
雪男は自分の心に潜んでいた欲望を自覚していた。でも口には出さない。
燐はそうか、と返すだけだった。
雪男は今度は、前の方を見せてと燐に言ってきた。
燐は羽織をはだけさせて、上半身をさらけ出す。弟は燐の体を指でなぞると、また青いインクでなぞった。
上半身にも茨は巻き付いている。
でも、不思議と心臓の方には茨はいっていなかった。
「フェレス卿のおかげだね」
メフィストの処置が効いているのだろう、と雪男は言う。
燐はその言葉を聞いて、なぜだか眠くなってきた。
燐がうとうとしていることに気づいたのか、雪男は眠るように促した。
「寝なよ」
「さっき起きたのに・・・」
「気にしないで」
燐は目を閉じる。雪男は笑っていた。眠りに落ちる燐は雪男に言えなかった。
お前、嘘つくの下手だな、と。
***
それからの燐の記憶は曖昧だった。
起きて雪男と話して、また寝る。そうして繰り返す内に幾日過ぎたのかもわからなくなったしまった。
雪男は笑って燐に大丈夫だと言う。インクでなぞられた茨は燐の心臓まで届いていない。
でも眠りは確実に燐を蝕んでいた。
ある夜、燐は目が覚めた。自分で目覚めるのは珍しい。
自分の心臓に手を当てる。とくん、とくん、と鼓動が聞こえた。
メフィストの言葉を思い出した。
『心臓と尻尾は、悪魔の急所です。奪われれば確実な死が訪れる』
燐は薄々気がついていた。
自分の心臓の音を確かめる。
燐が起きていることに気づいたのか、向かいで寝ていた雪男も起きた。
「兄さん、どうしたの」
燐は着物を肌蹴させて笑った。
「なぁ、月を見に行こうぜ」
雪男は燐を抱えて屋上への階段を上がった。
燐が自主的に起きたことで雪男は何か勘付いたらしい、眠そうに眼をこすりながらも嫌とは言わなかった。
毛布を一枚だけ持ってきている。それにくるんでいるので、燐は寒くないだろう。
屋上への扉を開けた。夜の静かな、それでいて刺すような冷たい風が二人を包んだ。
雪男は燐を屋上へと下した。燐は雪男の腕を掴んで支えて貰いながら、ぺたぺたと歩いている。
マントのように羽織っていた毛布を、雪男にもかける。
二人で毛布にくるまった。
「あったかいだろ?」
「そうだね」
二人でぬくもりのある毛布を分け合う。空には青い月が上っていた。
燐の身に宿る、青い焔のような光だった。
燐は、荊に取り憑かれていると分かった時、何度か焔を身に纏ったことがあった。
寄生型の悪魔に取り憑かれた時に、燃やすことができたからだった。
でも、その選択は間違いだった。
焔を使った瞬間に、燐の体にはすさまじい勢いで荊が巻き付いた。
寄生型は、宿主の力を吸い取って成長している。焔を糧にして、荊は燐の体を蝕んだ。
雪男は燐を必死に止めた。
やめて、お願いだ。焔を使わないで。
弟の必死な様子に、燐も焔を使うことをやめた。
焔が使えなければ、燐は祓魔の授業に出ることもできない。
実質、燐は日常生活を送ることも、祓魔の世界で生きることも止めさせられてしまっていた。
そして、燐は気づいた。
二人でくるまっていた毛布から一人出て、青い月を背にして雪男の前に立つ。
羽織を肌蹴させた。
「わかってんだろ、雪男」
燐の胸、心臓の方には荊は描かれていない。悪魔である燐には荊の姿を見ることができない。
見えるのは、人間である雪男だけだ。
だから、弟が描いた青いインクだけが自分の体に何が起こっているかを理解するための鍵だった。
でも、そうじゃなかった。
その証拠に雪男は泣きそうな顔をしている。
「荊は、もう俺の心臓まで届いてる」
燐には見えない鼓動が聞こえた。自分とは違う何かがそこにいる感覚。
雪男には見えている。燐の心臓の上に咲こうとしている、青い蕾があることを。
それは大輪の薔薇を咲かせるであろうことは予測できた。
もう、全部手遅れだったのだ。
「ごめん、兄さんに嘘をついた」
雪男は燐に話しかける。大丈夫だよ、とついた嘘。
そうであって欲しかった。
雪男が呟いた嘘は、そのまま雪男の願望でもあったのだ。
燐は少し笑って答えた。
「俺は死なねーよ」
雪男は俯いた。薔薇は、青い光に包まれている。
もう咲こうとしている。
「嘘つかないでよ」
「俺お前に嘘ついたことなんかねーよ」
「昔、僕におじや食べさせてくれた時、神父さんが作ったって嘘ついたじゃないか」
「う、あれは・・・」
「うん、やさしい嘘だったね。僕とは大違いだ」
雪男は今にも泣きそうだった。雪男の目元には大きな隈ができている。
きっと燐を助けようとして、調べ物をして、試して、探して、失敗して。
努力してくれていたのだ。
燐はその間眠っていたが、起きる度に変わる雪男の様子には気づいていた。
「ごめん、兄さん」
「謝るなよ」
燐はもう一度、強い声で言った。
「俺は、死なねーよ」
燐は青い焔に包まれた。雪男が駆け寄った。
燐がその場に倒れこむ。眠りに落ちていくような様子だった。
青い焔は徐々に収束していく。
雪男は腕の中に眠る燐を見つめた。穏やかな寝顔だった。
その胸には、青く光る薔薇が咲いていた。
触れればそっと温かく、青薔薇はそこに生きていた。
「嘘、つかないでよ」
雪男の目元から涙がこぼれて、薔薇に落ちる。
兄さんは、息をしていなかった。
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