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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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荊の後悔


眠る兄の側に雪男は寄り添っていた。
燐の茨は徐々に心臓にまで達してきている。どうにかして阻止しようと、雪男は色々なことを試した。
燐の眠りはどんどん深くなり、雪男が体を動かしても気づくことはなかった。

雪男は調合した薬を注射器に入れ、眠る燐の腕に刺す。
ちくりとした痛みでも、燐が起きることはない。
雪男はされるがままの燐の腕を、元の位置に直す。
髪が顔にかかっていたので、指で梳いて撫でつけた。

そのまま口元まで手をずらして、手の甲を唇につける。呼吸は浅いけれど、ある。
眠っているだけなのに雪男の心のざわつきは収まらない。
この呼吸が止まったらどうしよう。

雪男は燐の着物をはだけさせて、胸に届きそうな茨を見た。
先ほど燐に注入した薬と、肌に施してある青いインクは同じものでできている。
メフィストから渡されたものだが、確かに効果は出ているようだ。
少しだけだが、進行を遅らせることができている。でも、それもいつまで持つかはわからない。

メフィストは、根が深く張りすぎていて摘出はもう無理だと言った。
解決はしていない。誤魔化しているだけ。
雪男は燐の体をなぞった。不安を与えないように、心臓部分の茨は描いていない。
燐も気づいていないようだった。
その方が燐にとってもいいだろう。いくら兄でも、目に見えて迫る死の刻印を前にして
平静にしてはいられないだろうから。
雪男は取り乱す燐の姿を想像した。怯える兄の姿を、雪男は見たことがない。

目の前にしたら自分は平静でいられるだろうか。

そう考えて、本当は自分のためにしているのかもしれない。と雪男は思った。
唯一の肉親である兄がこんな状態なのに、考えるのは自分のことばかり。
雪男は燐の頬にそっと触れる。

「なんで、僕はこうなんだろうね」

問いかけても寝ている燐は答えない。雪男は唇を指でなぞる。
顔をそっと寄せた。頬に軽く口づける。
起きていたら、きっとすごい顔をして詰め寄ってくるだろう。
寝ているから、燐が気づくことはない。そう、雪男が何をしても燐は気づかない。
それはきっと悲しいことだ。

「ねぇ、兄さん起きてよ」

体を揺すってみるが、起きる気配はない。
雪男は仕方なく、持っていた聖水を手のひらに落とした。
指で摘んで、洗礼を施すように燐の周囲に軽く振りかける。
十字を切れば、簡易の結界ができあがる。茨も悪魔と同じだ。
結界の中ならば動きが鈍るだろうと考えてのことだ。

雪男は結界に異常がないことを確認すると、報告書を作るために席に着いた。
ちらりと背後を確認すれば燐が動いた気配はない。静かな部屋だった。
雪男がキーボードをたたく音だけがカタカタと響くだけ。
燐の寝息も小さなもので、あるのかないのかもわからない。
雪男は一端手を休めて燐の側に立つ、寝返りも打たないようなので
燐の体を持ち上げて、少しだけ傾けてやった。

「床ずれとかは・・・ないか」

意識のない患者や寝たきりの場合には、時折体の向きを変えないと床ずれが起きる。
この床ずれはひどくなれば傷と同じで感染症を引き起こしかねない。
気をつけなければならない症状だ。
しかし、傷があったとしても燐の場合は悪魔の治癒力で治ってしまうので
床ずれが起きる可能性は低いかもしれない。

雪男は考えながらも燐の体を転がした。
少しでも触れていたかったのかもしれない。
燐が元気でいるときは、うるさくてうっとおしいと思っていたのに。
いざ静かになるとこうして構ってしまう。
自分の矛盾した行動に笑ってしまう。

「兄さん」

呼びかけても、起きる気配はない。結界も張った。薬もある。
あとは何をすれば元に戻るのか。雪男はずっと考えていた。タイムリミットは近いのだ。
なんとかして答えを見つけなければ兄は死んでしまう。

そうだ、このままではいけない。

雪男は腕の中に大人しく収まる燐をぎゅっと抱きしめた。そのまま同じ布団に横になる。
だめだとわかっているのに、この腕の中に収まる位置に
兄がいることにひどく安堵している自分がいることに気づく。

治って欲しいと思う気持ちも本当なのに。

このままどこにも行かないで欲しいと思う気持ちも同時に存在する。
燐はすぐどこかにいってしまう。雪男の手の届かないところへ。
そう考えると、今は雪男にとって随分都合のいい状況な訳だ。汚い自分の欲望を自覚する。

「兄さん、起きてよ」

起きて、僕を安心させてくれ。こんな状態の兄さんを腕に抱いて心を落ち着けている僕を怒ってくれ。
雪男は兄の首筋に顔を埋めた。心臓の音がとくとくと聞こえてくる。まだ、兄は生きている。
僕がなんとかしないといけない。
雪男は起きあがって、眠る兄の額にキスをした。唇には決してしない。
それはルール違反のように思えたから。
考えよう、最後の最後まで。茨を排除する方法を。雪男は机に向かう。資料を探す。

兄が寝ていることをいいことに、連日徹夜だってした。探した。探した。
燐は時折起きては雪男を見つめた。雪男は燐を安心させようと大丈夫だよ、と嘘をついた。
でも、最後まで助ける方法は見つけられなかった。



その結果が。この様だ。
雪男は腕の中で冷たくなっていく燐を抱きしめていた。
毛布でくるまって二人でいたら、暖かかったのに。
今では雪男の体温しか感じることができない。静かな夜だった。
空には青い月も昇っている。燐の胸には、青く光る薔薇が咲いている。
燐の命を食らって咲いた花だ。憎らしいくらい美しい花だった。

「俺は、死なねーよ」

燐が雪男に告げた言葉。うそつき。じゃあなんで兄さんは僕の腕の中で冷たくなっているのさ。
雪男の言葉に燐が反応することはなかった。
雪男は自分のポケットが震えていることに気づいた。携帯が着信を告げている。
非通知。予感がして、雪男は努めて平静に電話に出た。

『お兄さん元気ィ?』

雪男の神経を逆なでするイヤな声だ。たぶんずっと見ていたのだろう。
雪男が努力している姿を、燐を助けようとしている姿を。この男はあざ笑っていたのだ。

『君は、自分の欲望を自覚した方がいいよ』

雪男は反論する気も起きなかった。黙って藤堂の声を聞いている。

お兄さんが腕の中にいる時、どう思った。君は安心したはずだ。
君のお兄さんは君に心配かけてばかりだ。
君が大人しくしろと言っても言うことを聞かないし、すぐに危険に首を突っ込んでしまう。
挙げ句の果てに、君が七歳の頃から努力して手に入れた力を、いとも簡単に飛び越えてしまうんだ。
君はずっとお兄さんに憧れていた。
お兄さんは、魔神の青い炎を継ぐ特別な存在。対して君はどうだろうね。
お兄さんばかりに行く注目。
お兄さんばかりが受け入れられていく様相。
君は、自分の欲望を自覚するべきだ。

「僕、は・・・」

雪男は確かに思っていた。周囲に受け入れられていく兄がうらやましいと思っていた。
そして、もう兄は自分だけのものではないことも理解していた。
この腕の中で、どこにも行かず、誰にも会わずに。ただ自分の為だけに存在してくれる存在。
青い美しい薔薇を胸に灯して眠る、欲しかったもの。
僕は、手放したくないと思っている。

『だから、そのままでいいんじゃないのかい』

辛いことも忘れ、悲しいことからも逃げて。
閉鎖された空間で過ごした日々は、雪男の心をかきむしりながらも安らげた。
まるで、このままずっとそうしていられるように錯覚をした。
そうだ、楽しいことばかりをして過ごす物語を、僕は知っている。

ネバーランド
子供が子供のままいられる世界。

過ぎない時間を望んだ大人が焦がれてやまない世界だ。
悪魔は、そのままそこにいれば、立ち止まればいいと囁いている。
雪男はぼんやりと、兄の言葉を思い出していた。

「俺は死なねーよ」

死んだじゃないか。心臓を茨に食われて殺された。
心臓を―――
雪男は気がついた。兄の胸に宿る薔薇を見る。
この薔薇は、宿主の力を吸収して成長している。今美しく輝いているのも、燐の力を吸い取っているからだろう。
燐が炎を使えば、その炎を吸い取って成長していたのがその証拠だ。
兄が死んだのなら、なぜ茨はまだ咲いているのだろうか。
雪男は電話口で、笑った。

「藤堂、よくもそんなことが言えたな」

燐に茨を植え付けて身動きを封じ、雪男の絶望と、欲望を刺激した。
全く、悪魔のような作戦だ。事実、藤堂は悪魔に堕ちているが。
兄に対する独占欲を雪男は確かに自覚した。
でも、茨の作り出したネバーランドはまやかしだ。
悪魔が作り出した世界には、裏がある。

「兄さんは、生きている」

心臓、そう。燐は悪魔だ。悪魔は心臓と尻尾が弱点である。
燐の悪魔の心臓は、倶利伽羅に封印されている。
肉体にある心臓とは別物だ。茨が植え付けられてから、燐は倶利伽羅に触れていない。

燐の悪魔の心臓はまだ鼓動を止めていない。

雪男は燐の胸に咲いた薔薇に指をかける。茨が指に絡んで、血が出た。
知ったことか。雪男は力を込めた。
ぶちり、ぶちり。と茨が燐の体から離れていく。メフィストは茨の摘出は無理だと言った。
でも、こうして姿を現している場合なら、取り除くことができる。
心臓の証を取り除くこの行為は、燐にわずかに残されていた人としての部分を殺す行為になるかもしれない。
携帯電話をその場に置く、雪男は選んだ。

「兄さん、起きてよ」

兄の胸から摘んだ薔薇を、口に含む。
そのまま呼吸の止まった唇に、口移しで薔薇を含ませた。
薔薇は命の光を灯しているからか、あたたかい。
意識のない、燐の唇を奪った。ルール違反かな、と思ったけれど、この際許してもらうことにしよう。
燐の体が青い光に包まれる。生命の光だ。
これで、兄さんは。
携帯電話から、声が聞こえてきた。

『君は、この選択に後悔しないかい』

ネバーランドはすぐそこだ。悪魔は囁く。


「大人のくせに、餓鬼みたいなこと言うなよ」


雪男は藤堂を笑った。藤堂もそうだね。と笑う。

「じゃあ僕も遠慮はしないよ」

雪男の目の前に藤堂が降り立った。

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