青祓のネタ庫
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(誰かいるな・・・)
それは闇の中で感じた気配。
燐は背後を振り返らなかった。
自分の後をつける奴らに気づいた素振りを取るのは得策ではないと考えたからだ。
時計を確認するフリをして、携帯電話を取り出した。
時刻は、夜の11時半。
いつもなら寮にいる時間帯だが、
今日は任務の終わった雪男と待ち合わせをするためにこうして出てきた。
携帯に雪男からの着信はない。
このまま連絡を取ることは不可能ではないが、
背後にいる奴らの目的がわからない以上ヘタに行動を起こしてもまずいかもしれない。
雪男をあまり巻き込みたくないという本音もあった。
燐は、携帯をしまってそのまま歩き出す。
後ろにいる奴らの足音が聞こえてくる。
1、2・・・少なくとも2人。いや、多分3人だ。
陽動で背後に一人。そして、自分の近くの茂みに一人。
数が把握できれば、なんとかなるかとも思ったがこれはあまりよくない結果だ。
2人なら振り切れるかもしれないが、3人は性質が悪い。
身に覚えの無いことで恨まれるのには慣れてるが、
こうして悪意に晒されることが愉快なわけが無い。
燐は、覚悟を決めた。
目的がわからない以上、吐かせるまでだ。
燐は一瞬立ち止まって、全力で走り出した。
雪男との待ち合わせ場所とは別方向に。
走って、走って、噴水の前にたどり着いた。
暗闇でわかりにくいが、ここは以前勝呂達にしえみとの仲をからかわれた場所だった。
噴水を背にして、背後を取られないようにする。
前には、気配が3人。正面同士なら、まだ勝機はある。
奴らはまだ、建物の壁に隠れたままだ。
ここを選んだのは、建物の少ない開けた場所だったからだ。
隠れる茂みが少ない上、隠れるなら正面の建物しかない。
襲撃の方向が限定されれば、迎え撃つことができる。
燐は、背負っていた倶利伽羅を袋から取り出した。
しゃん、という音が響いた。
青い月の光だけではない青色が燐の体に纏う。
「出てこいよ、目的はなんだ」
これで学校の不良とかだったら笑えるな、と思う。
しかし、現実は笑えなかった。
白い仮面を被り黒いコートに包まれた姿。3人とも同じ服装だ。
教科書で見た、儀式を行なう魔女やシャーマンのような異形の姿だった。
手には、銃を持っている。
まずい、飛び道具かよ。思った瞬間、黒コートは銃を放った。
足元に銃弾が飛んできた。慌てて避けて、姿勢がよろめく。
足を狙ってきている。動けないようにするつもりか。
噴水の後ろに回りこんで、銃弾を避けた。
石造りの噴水が銃弾の雨を浴びて砕ける鈍い音が響く。
接近戦ならなんとかなるが、相手の武装の方が上手だったか。
燐は先ほど雪男に連絡しなかったことを後悔した。
連絡するか。いや、今の状況で他に気をやることはまずいか。
携帯を開いたところで、画面に影が映る。
まずい、と思った時には遅かった。
噴水を正面から飛び越えて、黒コートの一人が燐の前に降り立った。
咄嗟にガードはしたものの、蹴り飛ばされて噴水の中に入ってしまった。
石造りの飾りに頭をぶつけた。痛い。水が制服に染みこむ冷たい感覚が不快だ。
めまいがして、倶利伽羅を持っていた手が離れてしまう。
男はそれを見逃さず、足で蹴って倶利伽羅を燐から遠ざけた。
黒コートは、燐の胸倉を掴んで持ち上げる。
白い仮面のせいで表情が見えないのが不気味だった。
「こん、の・・・調子に乗るんじゃねー!!」
青い炎が燐の体から湧き上がる。
黒コートに、青い炎が移って燃え上がった。
普通の人間ならば、ここで怯む。その隙に逃げれるかと思っていた。
だが、目の前の奴は怯むことなく、燃え盛るその腕で燐の体を更に拘束した。
燐に近づく度に炎は勢いを増して、目の前の黒コートを蝕む。
ついには仮面にまで、炎が宿りその半分が焼け落ちた。
目の前には、燃えながらも恍惚の表情で炎に焼かれる男の姿があった。
怯えたのは、燐の方だった。
「離せ!このッ!!・・・お前離れろ!死にてぇのかよ!」
「ああ、この炎に焼かれ死ぬことも厭いません。
我らの信仰せし魔神様の青き炎・・・やはり、魔神様の落胤は貴方でしたか」
「お前・・・悪魔か?」
「いいえ、私どもは人間です。少なくとも今は」
男は、焼け爛れた腕で燐の腹を殴った。
げほ、と息を詰まらせ、燐の意識は闇に沈んだ。
青い炎も収束していき男も、燐から手を離した。
燐はそのまま噴水の水の中に沈んでいく。
辺りには、男の肉が焦げた異臭が広がっていた。
男の背後から、同じ様相の男が二人噴水の中を覗き込んだ。
男達は異臭にも、仲間の怪我にも頓着せず意識を燐だけに向けていた。
意識がないせいで水に沈んだままの燐を仰向けにさせ、その顔を覗きこむ。
手を口元に持っていき、呼吸の確認をした。息はしている。
呼吸ができるように顔の位置を直して、そのまま燐を水に浮かべたままにする。
「こいつか?」
「そうだ、見ただろう。青い炎を纏っていた」
「では、始めよう」
男の一人が胸元から短刀を取り出した。
切っ先を燐の胸元に合わせ、祈りを捧げる。
仲間もそれに習い、柄に手を合わせていく。
三人で持った短刀の狙いは、真っ直ぐ燐の心臓を狙っていた。
『魔神様に栄光あれ』
短刀が、振り下ろされようとした時。
銃声が響いた。
三人の手は打ち抜かれ、短刀が弾かれて地面に落ちる。
応戦する暇もなく、銃声は響いた。
足、太腿、腕、連続で打ちぬかれて立つことすらできずその場に倒れこむ。
三人が倒れたのを確認して、襲撃者は現れた。
「・・・まったく、間に合ってよかった」
息を切らして、額は汗まみれ。
雪男が、どれだけ必死でこの場所を探したのかが伺えた。
雪男は銃弾を入れ替えて、三人に狙いを定めた。
動かないことは確認したけれど、安心はできない。
雪男は念のために頭を蹴って意識の有無を確認した。
三人のうちの一人は、蹴ったことで意識を失ったらしいが別にいいか、と考える。
そして、辺りを見回して噴水の水の中に浮かぶ燐を見つけた。
「兄さん!」
雪男は駆け寄って、燐の顔を覗きこんだ。
よかった。目立った外傷もなさそうだ。
青い月の光が燐を照らすせいで、まるで死人のように思えた。
手を、唇のところに持っていく。息をしていた。
「・・・よかった。本当に」
ようやく安心した雪男は携帯電話で連絡をとった。
「もしもし、フェレス卿ですか。悪魔崇拝者達のサバトは事前に止めることができました」
『お疲れ様でした、いやまさか奥村君が待ち合わせ場所にこないとは思いませんでした。
てっきり手遅れになっているかとヒヤヒヤしましたよ』
「そんなこと、僕がさせません」
『しかし、奥村君をおとりに使って正解でしたね。
悪魔崇拝者を一度に三人も捕まえることができれば芋づる式に組織の全貌が掴めることでしょう』
「・・・ですが、兄をおとりに使うなんて・・・一歩間違えれば今頃」
『結果オーライですよ。悪魔崇拝者の信仰の源は魔神だ。
その魔神の炎を使える奥村君でなければ今回の作戦は成功しませんでしたよ?
あなたは魔神の子供とはいえただの人間ですしね』
任務の後の待ち合わせは嘘だった。
本当は、悪魔崇拝者の行なうサバトの阻止が今回の任務。その囮が燐だった。
悪魔崇拝者は魔神の落胤の心臓を喰らうことで自身も青い炎を宿すことができると考え、今回の凶行に至ったようだ。
昔から、魔女や異形の力を得ようとして心臓を食らう話はよくある。
しかし、あくまでも儀式としての意味が強いため、食べたものに本当に力が宿ったりはしない。
それでも、凶行を行なうのは信仰心のためだ。
少しでも、自らの信ずる神に近づくための儀式。それがサバトだ。
「・・・ですが、次からせめて本当のことを話しませんか」
『おや?お兄さんに嘘をついて心が痛みましたかね?
まぁでも今回奥村君が助けを求めずに待ち合わせと反対方向に行ってしまったのはよくなかったですね。
奥村君の行動は読めないとはいえ、彼自身の選択が彼を危険に晒してしまった』
「つけられているのに気づいて逃げたんでしょうか」
『まぁ、予想はできますよね。彼のことですから、大方誰も巻き込みたくないとか思ってこうなったんでしょう。
そこらへんの教育は先生にお願いします』
「無茶を言う」
『それが上司と言うものです』
電話が切れた。
携帯をポケットにしまって、水に浮かんで眠る燐の顔を包んだ。
「兄さん、嘘をついてごめん。・・・起きたらちゃんと言うよ」
そして、叱ってやる。どうして自分を頼らなかったのかと。
言っても聞かないだろうけど、わかるまで何度でも言ってやる。
青い月が水面を照らし、眠る燐に光を灯す。
それは、どこか幻想的な光景だった。
雪男は惹かれるように、燐の唇に顔を寄せた。
「・・・生きてて良かった」
唇に、湿った呼気が当たる。兄が、生きている証。
その証拠を奪うように、キスをした。
青い月の光に照らされて、水に沈んで眠る悪魔にキスをした。
それは―――まるで儀式のような光景だった。
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