青祓のネタ庫
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「俺、告白すんのやめる」
志摩はきっぱりと言い切った。
燐も、そして雪男もぽかんとした顔をしている。
こういう部分では双子だ。顔がそっくりだった。
「俺は奥村君の死を背負うとか、そんな先生みたいな覚悟はないわ。
俺は、奥村君に死んで欲しいわけやない。もっと一緒に遊びたいし、ご飯だって食べたいし。
あ、手作りやったら尚可やけど、奥村君いまスケスケ状態やから、作れるんかな。
無理かな。それやったら、どっかご飯でも食べにいくんでもええわ。
またあの木陰に行こう。これから学校だって始まるやろ。たぶん。
校舎壊れとるけど、また建て直せるはずや。魔神はおらんようになった。
でも、奥村君がおらんようになるんはいやや。
奥村君が消えてまうんやったら―――俺は言わへん」
一生言わへん。
それが、志摩が決めた覚悟。
告白をしない覚悟、それを告白した。
燐は、それに答えを返す。
「ありがとな、志摩」
燐の身体が青い炎に包まれて、燃えていった。
***
「人の気持ちとは、誰が決めるのでしょうか」
メフィストは言葉を発した。
「自分がなにを好きで、しかもその理由を理論立てて語れる人はそうはいません。
まぁ、そもそも理論上で語れる気持ちなど、アンドロイドに組み込まれた数式みたいなものでしょうけど。
答えを出すのも、理由を決めるのも、自分自身でしかない。
ただ、気持ちを自分でコントロールできたのなら、人は悪魔堕ちなどしませんがね。
つまり、人間の気持ちは自分ではどうにもできない面も持っている。
そして気持ちとは、定義付けもなく曖昧だ」
メフィストは、視線を合わせた。
「奥村燐君、あなたは今どんな気持ちですか?」
弟と友人に致死節を言われ、死にそうになっても、燐は二人を恨んだりはしなかった。
燐は、雪男のことを大切に思っていたし。志摩のことも大事だった。
だから、二人の答えを聞くことが、自分なりの精一杯の誠意だと思ったのだ。
だから、死ぬことがわかっていても、答えたかった。
けれど、その時どんな気持ちだったかと聞かれれば、返答に困る。
必死だった。とでも言うべきなのだろうか。
「うーん、とりあえず離して欲しいかな・・・」
両サイドを志摩と雪男に挟まれて、燐はうんうんと頭を悩ませた。
志摩と雪男はその姿を食い入るように見ている。
その腕はがっちりと燐の身体を押さえている。
ここにいるのを何度だって確かめたいようだった。
「奥村君が慣れない頭を使って爆発しそうですよ、お二人とももう離してはいかがですか」
「いや」
「でも」
「奥村君はどこにも消えませんよ、それはお二人もよくわかっているでしょう?」
メフィストは燐を指さした。
燐は、告白に答えた瞬間に青い炎に包まれて燃え尽きていった。
しかし、燃え尽きたのは『燐自身』ではなかった。
「まさか人間に戻るなんて思わなかったなぁ」
燐は耳も丸くなり、牙も、しっぽもなくなった。
中学時代まで過ごしていた、『人間』の姿になっている。
燐は今まであったしっぽがなくなったことに違和感があるのか、そわそわと動いている。
どうにも、後ろの方が落ち着かない。
「貴方は半分悪魔で半分は人間だ。
おそらくですが、致死節は奥村君の『悪魔』としての部分を殺したのでしょう。
人間に致死節などありませんから、今貴方に残ったのは『人間』としての部分だ。
身体が物質界に存在しているぶん、他の悪魔と同じように憑依が解けて
消えたりしなかったのが幸いでした」
雪男の告白によって致死節に侵された燐は、一回死んでいる。
燐の致死節は、『好きなものから贈られる「好き」という言葉』だった。
雪男の告白は、それに該当する。燐もそれに答えたから死んだのだ。
では、志摩の告白はどうだろうか。
志摩は最後の最後で告白をしない選択を選んだ。
志摩の言葉は燐に直接死を与えたりはしなかった。
しかしそれは燐が志摩のことを好きではなかった理由にはならない。
燐の心に、志摩を慕う気持ちがまったくなかったと言えるだろうか。
答えは否だ。その気持ちは、好きという言葉で語れるほど育ってはいない。
友人と呼べる関係の好きでとどまっているかもしれない。
燐の心には、雪男を思う気持ちと志摩を思う気持ちがあった。
雪男は、誰よりもそばで燐を見ていたからこそ、それに気づいてしまった。
致死節にあたる好き、とは、燐の心の中のどの気持ちに該当するのか。
人の心は曖昧だ。自分でコントロールできるものではない。
燐の心が全て雪男だけに傾いていたのなら、最初の一言で燐は死んだはずだ。
だから志摩の発した言葉の欠片は、確かに燐をこちらに引き留める楔となったはずなのだ。
「俺は、まだまだこれからやっていうことやな」
志摩はほくそ笑んだ。燐の中に宿る成長途中の気持ちをどう育てるか。
志摩が雪男を出し抜くチャンスだ。
そうはさせまいと雪男も笑顔で答える。
「告白する覚悟もないのに、よく言いますね」
「告白するだけが全てやないですやろ先生。
俺は奥村君を死なせたないから、告白せぇへんかった。
だから告白できん分。それ以外の言葉で奥村君に振り向いてもろたらええんや。
気持ちを伝える言葉はひとつじゃあらへん。
奥村君世話焼きさんやから、弟っぽい子好きやろ?
俺、真ん中っ子やから甘え方も甘えさせ方も知っとるよ。ええ物件やでー」
「・・・俺はお前等を喧嘩させるために命賭けたわけじゃねー」
燐がぼやいたが、二人には聞こえていないようだ。
二人とも、譲るつもりは毛頭ない。
「これでようやくフェアな戦いになったわけですね」
メフィストは二人を見てニヤリと笑いながら、燐に問いかけた。
「そういえば、貴方青い炎は使えるんでしょう?」
「おう、人間の体だけど使えるぞ」
悪魔として死んだのに、人間として生きている。
しかし、持って生まれた青い炎は相変わらず健在のようだ。
「魔神が死んだとはいえ、青い炎は虚無界を照らす命の炎のようなもの。
そうそう簡単に尽きたりはしません。倶利伽羅は物質界と虚無界を繋ぐゲートも同然です。
悪魔の心臓がない今。心臓を介して炎を供給するのではなく。倶利伽羅を介した。
例えるなら、召還。今の貴方は、さしずめ『青い炎を倶利伽羅から召還する人間』といったところでしょうか。
こちらも私にとってはお得な物件です」
「なにが」
「おもちゃという面で」
「俺はお前に遊ばれる気はねーからな!!!」
「大丈夫、気づかないだけです」
「全然よくねーよ!」
燐は激高した。せっかく助かったのに、全然助かった気分になれない。
メフィストにかかれば日常生活も命がけになりかねない。
そんなほくそ笑むメフィストを警戒してか、雪男が燐を庇うように前に出た。
そして、雪男は背中ごしに燐に質問する。
「ねぇ兄さん、一つだけ聞きたい。あの時僕に答えようとしてくれた言葉には続きがあるの?」
俺も。と答えた言葉の続き。
燐が二人をどう思っているのかを確かめる為の言葉。
「ああ・・・」
雪男はそれを聞きたかった。しかし、止めたのは志摩だった。
「結論を出すのはまだ早いでー!俺が奥村君を口説いてからでもその言葉の続きは遅くないはずや!」
「志摩君は少し黙っててくれないかな・・・僕も兄さんに負担をかける気はない。
だから、いつかその言葉の続きを聞けるように僕もがんばるさ」
そこには、以前のように追いつめられた雰囲気はなかった。
メフィストは変わりましたね、三人とも。とつぶやいた。
「人間の君たちに質問です、告白とはなんのためにするのだと思いますか?」
志摩は思った。踏み切れない自分が覚悟を決めるためではないかと。
雪男は思った。相手に自分を見て欲しかったからではないかと。
悪魔からの問いに、燐は答えた。
「・・・うーん、新しい関係を築きたかったから。とかじゃねーの?」
志摩は、友達という関係から。雪男は弟という関係から。
一歩を踏み出したかったから言った。
燐はそう思っている。
志摩と雪男は一瞬きょとんとした顔をしたが。
少しだけ笑って、お互いに視線を合わせた。
思っていることは同じらしい。
だからいつだって前を向く、奥村燐が好きなのだ。
「怖いけど先生には負けへんで」
「僕も君に負ける気は更々ないね」
「いや、だから喧嘩すんなよ」
「なんだったら今ここで白黒はっきりつけてもいいんじゃありません?
奥村君は人間になったのですし、告白しても死にませんよ。たぶんね」
「たぶんなのか!?」
燐はメフィストにまた文句を言った。
悪魔が人間になって生き残ったケースは前例がない。
青い炎が操れる人間がいないように、
燐が青い炎が使えなくなって完全に人間になる時がくるのかもわからない。
志摩と雪男の心の中には、まだ燐が死にかけた姿が焼き付いている。
人は経験しなければ学ばない。なくしかけて学んだことがある。
でも。魔神はいなくなった。燐もきっと消えたりしない。
焦ることはないのだと二人は気づいている。
「これからこれから」
「ですね」
と、言いつつ、お互いの足を踏みそうになったのは余談だ。
戦いはすでに始まっている。
告白して、昨日までの関係にさよならをしよう。
そして、好きなんていう一言じゃ語れないくらいの戦争をするんだ。
「明日から学校始まるし、今のうちにリクエストや!
奥村君のお弁当おいしいんやもん。俺、肉がええわ!」
「残念。僕は魚がいい。久しぶりに兄さんのごはんが食べたいな」
「じゃあお前等じゃんけんしろ」
燐が笑って、二人に答えた。
長生きしないとなぁと思った。
昼休憩中に木陰でじゃれあう、そんな三人の関係とは当分さよならはできなさそうだ。
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