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CAPCOON7

青祓のネタ庫

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テロはひとりでに歩く

ごめん、兄さん。
僕がちゃんと気づいていればこんなことにはならなかっただろうに。

「兄はどこにいる。藤堂」

電話口から兄の声は聞こえてこない。
なにをされたのか、無事なのか。
自分がついていながら、なんて様だ。

「お兄さんのことが心配かい?奥村雪男君」
「・・・当たり前だ」

本当にそうかい?と藤堂は返す。
お兄さんのこと、大嫌いなくせに。
自分に素直になればいい。
そうすれば、俗世のしがらみから解放されて楽になれるよ。悪魔は囁く。

「僕は、お前とは違う」
「そうかなぁ、僕は自分の兄が死んだときは胸が軽くなったけどなぁ」
「どうかしている」
「君も、同じ状況になったらわかるんじゃないかな。試してみようか?」

なにかが裂ける音がした。
続けて聞こえてくる、悲鳴。
聞きなれた声だった。

「兄さん!!??藤堂、貴様いったい何を!!!」
「あははは、彼にはちょっと協力して貰ってるんだ。
死にはしないんじゃないかな。彼、悪魔だしね」
「くそ、今どこにいる!」

雪男は旧校舎に張られた立ち入り禁止のテープを飛び越えた。
瘴気を避けながら、階段を上がる。
渡り廊下に出た。ここは実験室など、特別教室がならぶ棟だ。
教室の前はふきざらしの廊下がある。
みれば、その廊下の奥から黒い固まりが渦を巻いて出てきている。
あれは、密集したコールタールだろう。

「げほっ、げほ・・・」

雪男はもう一度腕に瘴気の中和剤を打った。
あまり、長くここにいるのも人間である雪男には危険だろう。
コールタールの密集地を辿れば、大本にたどり着くはず。
雪男はそこに燐がいることを信じて駆けた。
今のところ、電話だけが唯一の情報源だ。
携帯を持ったまま、目の前のコールタールに聖水を散布した。
一瞬呼吸が楽になる。
瘴気が晴れたことを確認し、コールタールの発生源であろう教室のドアを見た。

『生物実験室』

そうかかれた表記にも胸くそ悪くなった。
学校特有のスライド式のドアを開ける。
中からは異様な空気が流れてきた。
不快な湿度、生ぬるい風。
そして、濃く香る血のにおい。
幸い、人はいなかった。
代わりに教室の中には教科書やペンが散乱していた。
この騒動が起こるまで、生徒がここで授業を受けていたことがわかる。

「関係のない一般人を巻き込むのがおまえのやり方か、藤堂」
「うーん僕も好き好んで巻き込んでるわけじゃないんだけどね」
「じゃあやり方を変えたらどうだ。これじゃあまるっきり、京都と同じような舞台じゃないか」

そうだ。最初からなにかおかしかった。
巻き込まれた一般人。
瘴気に包まれた学園。
テロにも等しいそのやり口を、一度知っていたのに。
京都事件をなぞるような出来事。
なぜそれに気がつかなかったのか。

「なにか勘違いしてないかい?
僕はね。なにも無差別テロが趣味なわけじゃない。病みつきにはなりそうだけど。
僕は、数ある選択肢の中で、一番代償が大きいと思ったものを選んでいるだけなんだ」

「代償―――?」

そうだよ。
という声が近くから聞こえた。
そこには、魔法陣に囲まれた藤堂がいた。
その足下は血にまみれている。
雪男はなにも言わず即座に撃った。
しかし、目の前にいた藤堂の姿は煙に包まれたかのように消えてしまう。
雪男の周囲が赤い炎で包まれた。

カルラの炎を使った幻影か。

雪男は再度、聖水を持った。
それを相手は予測していたのか、背後からはじかれる。

「くそっ・・・!」

雪男の手から離れたそれは。からん、と金属の音を響かせて床に転がった。
視線で辿ると、床には夥しい数の魔法陣を書いた紙が敷き詰められている。
床、壁、天井。窓にもドアにも。
そしてそのどれも、赤い血で染まっていた。
なにかを召還するための儀式場ができあがっている。
雪男は背後を振り返った。
見れば、藤堂が笑いながらこちらを見ている。
手には、赤い血の入った小瓶。
雪男は戸惑いなく藤堂を打ち抜いた。
姿はまた消失する。
藤堂が持っていた小瓶が床に落ち、割れて周囲に血が飛び散った。
赤い血に反応して魔法陣から、コールタールがふつふつと沸き上がってくる。


「・・・血を使って、コールタールを呼んでいるのか?」


そんなことをしていったい何を。
コールタールは悪魔の中でも最弱だ。数が一番多いだけ。
ここを潰せば、コールタールはこれ以上増えないだろう。
あとは、残ったコールタールを聖水で清めて祓えばいい。
かなり、広範囲な祓魔作業になるが。
雪男は気づいた。

「まさか・・・この魔法陣、他にも・・・」
「ははは、ここの結界は中級以上は入れないんだよね。
悪魔のレベルにだけこだわるから意外と気づかないものだよ」

姿を現した藤堂は、室内に設置されたドアの向こうにいた。
上に生物準備室。とかかれていたので、実験室と繋がった教員用の部屋だろう。
しかし、そのドアの隙間の向こう。
そこからのぞく光景は生物準備室とは似ても似つかない。
まるで、どこか別の部屋と繋がっているような。

「―――侵入経路は鍵か!」

藤堂自身は、騎士団に所属していた時代に持っていた鍵を使用して、学園に潜入する。
コールタール自身は、下級の為結界をすり抜けて学園外からでも中に侵入することができる。
あとは、儀式場を使って、内からも外からもコールタールを呼び寄せる。
雪男はドアと藤堂に向かって発砲した。
藤堂の腕に銃弾がめり込む。だが彼が腕を一振りすると傷は跡形もなく消えた。
雪男はそれでも、つづけて銃を撃とうとした。

「いいのかい?お兄さんに当たっちゃうよ?」

藤堂がよけた先。銃弾がかん、と金属にはじかれた音。

開け放たれたドアの向こうに横たわる人。

ストレッチャーからだらりとはみだした白い腕。
人工呼吸器のような機材をつけられて。
その全身が赤く染まっていた。
このむせ返るような血のにおい。
悪魔が好む血のにおい。

「まさか、この教室の・・・血は・・・」
「彼、血統書付きだからね。悪魔を惹きつけるにはいい材料だよね」

兄の血が抜かれて、それが藤堂の手によって学園中にばらまかれている。
魔法陣と血を依り代にコールタールは際限なく量産される。
きっと、ここ以外にも陣を張っているだろう。
藤堂は、鍵を使って移動するだけだ。
この学園のいたるところがコールタールの発生場所となり、
居所がつかめない敵は増殖を続け、瘴気をまき散らす。

京都と違う所は、不浄王といういわゆる『親玉』がいないところだ。
意志なき個。
個が集った腐の集団は、意図もなく人民を害す。
藤堂自身は悪魔なので、瘴気に害されることもない。
藤堂がお膳立てをすれば、後はコールタールの仕業。
藤堂がしたことといえば、お遊び程度にコールタールが人型になるように命じたそれだけだ。
以降は彼の意志は介在しない。
つまり彼を殺しても、コールタールや瘴気は収束しない。

「菌による無差別攻撃・・・これじゃあ、バイオテロと同じじゃないか」

気づいて腸が煮えくり返る。
それに、家族の血が使われたとなればなおさら許せない。
兄がこのことに気づけば、きっとすごく傷つくはずだ。

「兄さん!!」

力なく横たわる兄に、手をのばそうとした。
でも、それはカルラを取り込んだ男に阻まれる。
炎で壁を作られて、道をふさがれてしまった。
揺れる炎の向こうで、藤堂が扉に手をかけた。
からからと乾いた音を響かせて、生物準備室の扉が閉まっていく。

扉が閉まってしまえば、ここからむこうにはいけない。
わかっていても、どうしようもなかった。
炎で焼かれる熱で喉が焼ける。
瘴気も先ほどより増している。

「・・・げほ、げほ・・・・うっ」

雪男は人間だ。
だから、ここでは息ができない。
藤堂はそんな雪男をあざ笑うかのように、一言言った。

「兄思いの君に、これだけは返してあげよう」

血にまみれたカッターシャツを雪男に投げてよこした。
視界がシャツによってふさがれる。
新たに追加された血のにおいに興奮したのか、コールタールが雪男の周囲に集まってきた。
雪男は、それを払いのけながら、先ほど落とした聖水を拾った。威力、範囲ともに最大限。
ノズルをいじり、それを一気に教室中にばらまいた。
続けてもう一個、今度は投げて銃で打ち抜く。
教室中に雨のように聖水が降り注いだ。

カルラの炎が。
コールタールが。
魔法陣が。

いとも簡単に消えていく。
顔をあげた。
雪男は聖水と血で濡れた床を歩いて、生物準備室の扉を開けた。

「兄さん・・・」

そこには、ただの理科の機材があるだけだった。
兄も、藤堂もいない。手がかりは少ない。藤堂は学園に通じる鍵を持っている。
こちらから藤堂がいる場所など掴みようがなかった。

では、兄はこのまま死ぬ寸前まで血を抜かれるのだろうか。
藤堂に利用されて。

そんなこと許せない。

血塗れの、兄の着ていたカッターシャツ。
それを投げてよこしたのは、雪男を挑発する為だろう。
見れば、どこも刃物で傷つけられた痕と血がにじんでいる。
しかも、人体の太い血管を傷つける切り方をしていた。消えていく兄の姿。
すぐ近くまでいたのに。

「僕は、いつだって手が届かないのか・・・」

シャツを握りしめて、雪男はつぶやいた。

兄さん、どこ。

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